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第28巻「闇の竜の戦い」

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第59章 離陸

167.濁流

 デビルドラゴンの咆吼はデセラール山のふもとに地割れを生み、リーリス湖を越えて対岸のハルマスの砦まで届きました。砦の防壁が破壊され、地割れにリーリス湖の水が勢いよく流れ込んできます。

 そこには湖で戦っていた海の軍勢や肉坊主が巻き込まれていました。敵味方入り交じった状態で、砦の中まで押し流されてきます。流れが激しすぎて戦いどころではありません。

 濁流(だくりゅう)はさらに地割れの両岸を崩していきました。地面がひび割れて崩れ、流れに落ちてしぶきを上げます。崩れた地面には建物が建っていましたが、それもたちまち流れに呑まれてしまいます。

 砦の中は大騒ぎになりました。兵士の半数以上は出撃していましたが、残って砦を守る部隊も、それを支援する人々も大勢いたのです。広がり続ける地割れから逃げようと必死で走りますが、足元が崩れて地割れに落ちる者もいました。地割れに落ちれば流れに呑まれて、あっという間に押し流されてしまいます。

 地割れはハルマスを完全に二つに引き裂き、砦を抜けた先で停まりました。濁流が行き止まりに突き当たって大きな波を立て、しぶきと共に空中に放り出された魚や半魚人、肉坊主が、濁流へまた落ちていきます──。

 

 紫の魔法使いが鳩羽の魔法使いにしがみついて叫んでいました。

「なによ、これ!? なによ、これ!? 突然どうしちゃったっていうの!?」

 彼らがいた病院は無事でしたが、地震のような激しい揺れに部屋の中はめちゃくちゃになっていました。ベッドに寝せられていた怪我人は、床に放り出されてうめいています。

「デビルドラゴンのしわざだ! ハルマスを引き裂いたんだ!」

「引き裂いた!? じゃあ、ここはどうなるの!? あたしたちは──」

 叫びながら泣きそうになっていた少女が、急に目を見張って声を呑みました。魔法使いの青年も聞き耳を立てるような表情になって黙り込み、やがて二人同時に、はい! と言いました。

「了解しました、隊長! すぐに患者を避難させます!」

「あたしも手伝います!」

 彼らの隊長の白の魔法使いが、患者を連れてそこから避難するように、と心話で命令を伝えてきたのでした。パニックになりかけていた二人をたちまち正気に引き戻します。

「驚いた。隊長たちもハルマスに来てたのね」

「ああ、勇者殿たちの応援に駆けつけたんだ。さあ急ぐぞ。患者を安全なところへ連れていかないと、怪物が襲ってくる」

 話しながら、彼らは患者を助け起こして回りました。怪我が悪化して起き上がれない患者には鳩羽が応急手当の魔法をかけます。

「外へ!」

 鳩羽の魔法使いに言われて、患者たちは病院の外に出ましたが、瓦や壁土が散乱する道に出て、ぎょっと立ちすくみました。彼らがいた病院からほんの数メートルのところに巨大な裂け目ができていて、石畳の道を分断していたのです。

 幅が十数メートルもある裂け目には濁った水が波打ち渦巻いていましたが、そこからたくさんの怪物が現れるところでした。肉がむき出しになったような赤い体の肉坊主たちです。渦巻く水から抜け出し、裂け目の岩壁をよじ登ってきます。

「地割れが聖なる防壁を崩したんだ! 早く! 地割れから離れろ!」

 鳩羽の魔法使いが患者を逃がしながら言いました。肉坊主の前に障壁を張ります。

 肉坊主は障壁に触れると吹き飛ばされて黒焦げになりましたが、その分、障壁が薄くなりました。肉坊主が次々現れては取りついてくるので、鳩羽は障壁が消えないようにするので手一杯になってしまいました。他の魔法が使えません。

 すると、彼の左足がいきなり地面に沈みました。地中から現れた赤い手に引きずり込まれたのです。膝まで土に埋まって体勢を崩すと、すぐ横の地面から肉坊主たちが姿を現しました。鳩羽の障壁を避けるために、地中を掘り進んでやってきたのです。身動きがとれない鳩羽に襲いかかってきます。

「鳩羽!」

 と紫の魔法使いが飛び出しました。危ない、逃げろ! と鳩羽が言うより早く、手にした白い柳の杖を怪物へ突きつけます。

「この世界は生きているものたちのための場所よ! 人だろうが怪物だろうが、自分の行くべき場所に行きなさい!」

 杖から紫の星がほとばしって怪物たちに命中すると、肉坊主は一体残らず消滅しました。鳩羽に襲いかかろうとしていた肉坊主も、煙のように消えてしまいます。

 青年は地面から脚を引き抜くと、ほっとしている少女に言いました。

「あれは幽霊の怪物だったのか。気がつかなかったよ、助かった」

「幽霊とは違うけど、死体の怪物よ。死者ならあたしの専門だもの。ただ、ものすごい数。早く他のもあの世に送りましょう」

「よし、わかった」

 青年はいつものように少女を抱えて肩に乗せましたが、とたんに意外そうな顔になりました。

「最近重くなってきたね、紫」

 少女はたちまち真っ赤になりました。

「なによ、鳩羽! あたしが太ってきたって言いたいの!?」

「大きくなってきたと言いたいんだよ。背も伸びてきただろう? こんなふうに担げるのも、もう少しかもしれないな」

 しみじみとする青年に、少女は、つん、と口を尖らせました。

「そしたら、あたしもがんばって転移の魔法を覚えるわよ。空中浮遊だって覚えるわ。戦いが終わったら、隊長に教えてもらうことにしてるんだから。鳩羽が行くところにはどこにでも行くわよ」

「それは頼もしいな」

 青年は笑いながら、過ぎていくひとときを愛おしむように、少女を肩に乗せ直しました。そのまま二人で姿を消して、怪物の大群が這い上がってくる場所へ移動していきます──。

 

 地割れに面した砦の中では救助と戦いが続いていました。

 割れ目に落ちた人を助ける者、割れ目から現れる怪物を撃退しようとする者、様々な状況が入り乱れています。

 水面から顔を出した人は、意外そうに自分の周囲を見ていました。水は激しく波立っていますが、魚が群がって体を支えてくれていたからです。深い場所に沈んでしまった人も、魚たちが水面まで押し上げてくれます。海の軍勢の魚たちでした。岸辺にいた人たちが浮いてきた人へロープを投げて引っ張りあげています。

 割れ目の中にいる肉坊主には、半魚人が矛(ほこ)や銛(もり)で攻撃をしていました。まだ荒れる水の中を巧みに泳ぎ回って、怪物を倒していきます。

 そこへ魚にひかれた海の軍勢が湖の方向からやってきました。海の民の戦士たちです。湖が渡れずの水になっているので、自力で泳ぐことはできませんが、その代わりに、割れ目へ流れ込む濁流に巻き込まれることもなかったのです。流されそうになった魚たちを引き留め、流れが落ち着いたところで駆けつけてきたのでした。半魚人たちと一緒に肉坊主を倒していきます。

 湖と地割れの境目では、戦車に乗った渦王が声を張り上げていました。

「ここを死守するのだ! これ以上砦へ敵を侵入させるな!」

 湖に残った海の戦士や海鳥部隊が、押し寄せてくる肉坊主と激しく戦っています──。

 

 けれども、地割れと共に入り込んだ肉坊主は数が多すぎました。どんなに海の軍勢が阻止しても防ぎきれなくて、肉坊主が割れ目から砦へ這い上がってきます。

 逃げ惑う人々をかばって飛び出してきたのは、妖怪たちと一緒にやってきたヒムカシの武士たちでした。長槍や刀で肉坊主を突き刺し、切り捨てていきます。

 が、武士たちの武器には魔力がなかったので、肉坊主は死にませんでした。首を切り落とされても、すぐにそこから肉の塊が盛り上がってきて、元と同じ頭になってしまいます。肉坊主を完全に倒すには火をかけるしかないのですが、混乱の中で火を準備するのは至難の業でした。肉坊主にかみつかれた武士が、毒を食らって叫びながら倒れます。

 すると、地割れの水の中から、しぶきを上げて飛び出してきたものがありました。白銀の戦人形です。少年の声が響きます。

「レターキヨリカヒー!」

 呪文と共に空中に目もくらむような光が湧き上がって、あたり一帯を照らしました。闇の眷属(けんぞく)の肉坊主が体を焼かれて悲鳴を上げ、みるみる蒸発していきます。

「すごい! やったわ、レオン!」

 と戦人形につかまっていたペルラが歓声をあげました。

 人形の反対側にしがみついていたレオンは、伸ばしていた手を戻して眼鏡を押し上げました。

「この付近の奴らだけだ。まだまだたくさんいる。味方の武器を強化しなくては」

「どう強化するんだ?」

 と戦人形に抱かれていたビーラーが尋ねました。

「渦王の真似をしよう。人間たちの武器に聖なる力を付与して、肉坊主を倒せるようにするんだ」

 言うが早いか、レオンはまた呪文を唱えました。銀の星が空中から地上に降り注ぎます。

「人間の武器をみんな聖なる武器にしたんですか?」

 と今度は小犬のシィがペルラの腕の中から尋ねました。

「さすがにそれは範囲が広すぎるな。このあたりにいる人間の武器だけだよ。でも、それでもかなり戦えるはずだ」

 レオンのことばを証明するように、武士たちの武器が敵を倒し始めました。武士たちにやられた肉坊主が倒れて蒸発していったのです。それを見た武士たちは勢いづき、這い上がってくる怪物に駆けつけては攻撃するようになりました。徐々にですが怪物が砦から減っていきます。

 

 そのとき、湖がある砦の南側から飛竜がいっせいに空へ飛び立ちました。何百頭という大群でした。無数の羽音が空気を震わせます。

「ユラサイの飛竜部隊だ」

 と見送っていたレオンが、うん? と目を凝らしました。

 ペルラも声を上げました。

「ロムドの四大魔法使いよ! いつの間に来ていたのかしら!」

 飛竜部隊の最後尾に、三頭の飛竜に分乗する四人の魔法使いがいたのです。飛竜部隊と共に向かっていく先には、セイロスとデビルドラゴンがいます。

 レオンはうなずきました。

「フルートの作戦だな。ユラサイの術師たちと一緒に攻撃するつもりらしい」

 すると、ビーラーも東寄りの空を見て言いました。

「あっちでは宙船が二隻合流しているぞ。貴族たちも一緒だ。いよいよ突撃するんだな」

「ねえ、あたしたちはどうするの!?」

 とペルラがレオンへ身を乗り出しました。海色の瞳をきらきらさせています。

 レオンは思わず苦笑しました。

「本当に海の民は血の気が多いな──。もちろん、ぼくたちも行く。フルートは敵の総大将と一騎討ちするつもりだ。ぼくたちも手伝うぞ」

「そうこなくちゃ! さすが未来の天空王様ね! 素敵!」

 ペルラは歓声を上げてレオンの首に抱きつきました。レオンは真っ赤になりましたが、にやにやするビーラーと目が合うと、しかめっ面になって戦人形に命じました。

「行け! 彼らを追いかけるぞ!」

 シュゥゥ……

 白銀の人形は体のあちこちから風を吹き出すと、レオンたちをしがみつかせたまま、飛竜部隊の後を追って飛び始めました──。

2022年11月17日
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