デビルドラゴンとセイロスは、飛竜に乗ったギーを従えて、デセラール山から出現しました。
山のふもとからは怪物の大群が涌き出るように現れ、赤い波になって四方八方へ広がっていました。リーリス湖に到達すると、ためらうことなく水に飛び込んでいきます。
勇者の一行はまた空に飛び上がりました。目をこらしていたゼンが声を上げます。
「ありゃ肉坊主だぞ! なんであんなにいやがるんだ!?」
肉坊主──とフルートたちは繰り返しました。四年前、ルルを助けにデセラール山の地下迷宮に入ったとき、迷宮の壁から現れた怪物です。赤い肉の塊でできた赤ん坊のような姿で、肉坊主と呼ばれていました。顔に目鼻はありませんが、裂けたような口があって、かまれると猛毒を流し込まれてしまいます。
ゼンの下ではルルがぶるぶる震えていました。地下迷宮でフルートやゼンたちに肉坊主を差し向けたのは、魔王になっていたルルでした。青い霧の涙がまた風の目からあふれ出します。
すると、ゼンがばん、とルルの体をたたきました。
「しっかりしろ! あれはおまえが繰り出した奴じゃねえ! もっとでかくなってやがる! 赤ん坊じゃなくて大人だ! ──その分、厄介そうだけどな」
最後のひとことをいまいましそうに言って、ゼンは成り行きを見守りました。湖に入り込んだ肉坊主は、溺れることもなく泳ぎだしていました。集団で対岸のハルマスに向かってきます。
一方、レオンとペルラは自分の犬たちと湖の岸からその様子を見ていました。ペルラは海の戦士たちに置いてきぼりにされたので悔しがっています。
「どうして叔父上はあたしに魔法をかけてくれなかったのよ!? あたしだって海の戦士よ! 一緒に戦えるのに!」
「渦王は君に魔法をかけなかったんじゃない。同じ魔法をぼくがもうかけていたから、新たにかからなかっただけだ」
とレオンが呆れて言うと、ペルラは食ってかかりました。
「あたしは叔父上に手綱をもらえなかったのよ! これじゃ魚に運んでもらえないじゃない!」
八つ当たりです。
「ごめんなさい、ペルラ。あたしが渡れずの水を泳げないから」
とシィはべそをかいています。
ペルラの怒りが収まらないので、レオンは溜息をつきました。
「しかたないな──」
ぱちん、と指を鳴らすようなしぐさをすると、白銀の戦人形が姿を現しました。頭も体もつるりとした人形ですが、その胴の両脇に輪っかのようなものが飛び出しています。
「君はそっち側につかまれ。湖の中央まで運んでやるよ」
とレオンに言われて、ペルラとビーラーとシィは同時に声を上げました。
「え、本当!?」
「おい、天空部隊はどうするつもりだ?」
「あたしはどうなるんでしょう……?」
レオンはまた溜息をつくと、まとめて答えました。
「もちろん本当だ。貴族たちが勢揃いしているんだから、ぼくひとりが抜けたって天空部隊は大丈夫さ。シィやビーラーも連れていくよ」
「ありがとう、レオン! 大好きよ!」
とペルラが飛びつきました。プロポーションの良い体にぎゅっと抱きつかれて、レオンは思わず真っ赤になりました。
「い、いいから人形につかまれって。出発するぞ」
「あら、なによ。せっかく告白したのに返事はなしなの?」
とペルラが急にむくれてにらんできたので、レオンは驚きました。
「告白?」
「大好きだって言ってるじゃない。好きよ、レオン。あなたってけっこうぶっきらぼうだし時々お高くとまるけど、本当は優しくて面倒見もいいのよね。そんなあなたが大好きだわ」
海の民らしい率直な告白に、レオンはますます赤くなりました。ビーラーがひゅうとひやかしたので、こら! と叱りつけます。
「返事は? レオン」
とペルラがまた言いました。彼の腕をしっかり抱いていて逃がそうとしません。
レオンはうろたえ、彼を真剣に見つめる青い瞳に出くわして、三度目の溜息をついてしまいました。
「ああもう、君はどうしてそう──。本当はぼくのほうから言うつもりだったんだぞ。この戦いが終わったら。いつだって、ぼくの準備ができる前に君が飛び出してしまうんだからな」
ペルラはたちまち顔を輝かせました。
「それ、あなたもあたしに告白するつもりだったってこと!? そうなのね!? 嬉しい!」
ペルラはまたレオンに抱きつきました。レオンはさらに赤くなります。
「で、でも、レオンは将来天空王になるかもしれないんでしょう? 海の王女のペルラと恋人になったりして大丈夫なの?」
とシィが心配すると、レオンより先にビーラーが答えました。
「そんなのはたいした問題じゃないさ。天空の民は天空の民としか結婚できない、なんて法律はないんだし。それより、あのレオンが女の子を好きになって、その子から好きだと告白されたってことのほうが、ずっとすごいことだよ。奇跡と言ってもいいな」
「なんだと!?」
愛犬に茶化されて、レオンがまたどなります。
すると、ペルラがぱっとレオンから離れて戦人形に向かいました。人形の胴の輪につかまって手招きします。
「いらっしゃい、シィ! 抱いてあげるわ! レオンは何してるのよ!? 早く行かないと戦闘が始まっちゃうじゃない!」
気持ちの切り替えが早いのは海の民の特徴です。告白の余韻にひたることもなく戦闘モードに切り替わってしまったペルラに、レオンとビーラーは唖然としました。早く早く、とペルラは手招きを繰り返します。
「なんと言うか……まぁ、がんばれよ、レオン」
ビーラーの励ましにレオンは肩をすくめ返すと、ペルラがいる戦人形へと走っていきました──。
渦王に率いられた海の戦士たちは、リーリス湖の中央の防御網にたどり着きました。海の民と半魚人、魚と海鳥からなる海の軍勢です。海の民は泳ぐことができないので、手綱をつけた魚に乗ったりひいてもらったりしています。
肉坊主の集団は防御網のすぐ近くまで迫っていました。ゼンが言ったとおり、赤ん坊ではなく大人の人間ほどの大きさと姿をしていて、抜き手を切って泳いできます。体は肉がむき出しになっていて、顔には目や鼻がありません。それが数え切れないほど押し寄せてくるので、湖の上は赤く染まって見えます。
ホオジロザメの戦車に乗った渦王は、戦士たちに命じました。
「連中は防御網を越えてこようとするぞ! 絶対に越えさせるな!」
おぉぉ!!!
軍勢は鬨(とき)の声で応えると、水中へ潜っていきました。海鳥部隊は防御網の上にそそり立つ光の防壁を飛び越えて、さらに先へ進みます。
そこへ肉坊主の集団がやってきました。防御を高めるために湖面から数センチ浮きあがっている網に取りつきます。潜って水中から網にかじりつく肉坊主もいます。
とたんにバチバチと青い火花が散って、肉坊主が吹き飛びました。肉坊主は闇の怪物なので、聖なる光を流した防御網に触れると消滅するのです。黒焦げになった体が水の中に散っていきます。
けれども、肉坊主たちはひるみませんでした。仲間が目の前で吹き飛んだのに、防御網に殺到して取りついたりかみついたりします。その肉坊主が黒焦げで吹き飛ばされても、後ろから来た肉坊主がまた取りつきます。
そうするうちに、防御網のあちこちに黒い焦げのようなものがこびりつき始めました。吹き飛んだ肉坊主の体の一部が網に残っているのです。そこには光の魔力が流れないようで、ところどころに光のほころびができ始めました。肉坊主が触れても消滅しなくなります。
「ほころびを破って来るぞ! 防げ!」
渦王の命令に海の戦士たちは光のほころびへ急ぎました。そこへ本当に防御網を食い破って肉坊主が飛び込んで来たので、激しい戦闘が始まります。
肉坊主は突いても切られても死にませんでした。海の戦士に首を切り落とされても、そこからまた新しい肉の塊が盛り上がってきて、頭が復活してしまいます。
肉坊主に毒の牙でかまれて、海の戦士側に負傷者が出始めました。懸命に防ごうとするのですが、不死身の敵では倒すことができません。肉坊主が防御網を突破してどんどん入り込んでくるので、負傷者は増えていく一方でした。毒で命を落とす戦士も出てきます。防衛線を突破した肉坊主が対岸のハルマスへ泳ぎ出します──。
「イー・ラーイ・リィー!」
少女の声が水中に響くと、湖の中に突然渦巻きが発生しました。泳ぎだした肉坊主を巻き込んで引き戻し、防御網へたたきつけて消滅させます。
白銀の戦人形に抱かれたペルラが、水中で両手を前に突き出していました。
「やったわ、ペルラ!」
とシィが歓声を上げます。彼女はペルラが肩から下げた袋の中に小犬の姿で入っていました。
「全然よ。クリスもザフもいないから大渦巻きが作れなかったんだもの。でも、敵を押し返すことはできたわね」
とペルラは答えました。渦巻きの余波で揺れる水の中、長い青い髪とドレスが流れにのって揺らめいています。
「連中は恐怖を感じないらしいな。いくら仲間がやられても押し寄せてくる。防御網の穴をふさぐぞ」
とレオンが言って、戦人形の胴の輪から片方の手を離しました。先ほどまでレオンが抱いていたビーラーは、今はペルラと一緒に戦人形に抱かれています。
「レガサフヨナーアノミアノリモーマ」
呪文と共に銀の星が水中を飛び、防御網と一緒になりました。肉坊主たちが食い破った穴がみるみるふさがっていきます。
そこへ戦車に乗った渦王がやってきました。
「よくやった、二人とも。おかげで全軍に魔力を与える余裕ができたぞ」
湖の中に緑がかった青い光が広がっていったので、ペルラは目を丸くしました。
「今のは何の魔法? 叔父上」
「聖なる魔力を付与する魔法だ。戦士たちが聖なる力で攻撃できるようにしたのだ」
そのことばどおり、海の戦士たちの攻撃が肉坊主に効き始めました。武器で突き刺したり切りつけたりすると、青い光が湧き上がって肉坊主が消滅します。魚たちが肉坊主に食いついくと、そこからも光が湧いて肉坊主が消えていきます。
「よし、ぼくたちは網の穴をふさいでいくぞ」
とレオンが言ったので、ペルラはすぐに人形の腕をすり抜けて胴の輪につかまりました。ビーラーはまたレオンに抱かれます。
戦人形は両手を前に伸ばすと、彼らをしがみつかせたまま猛スピードで泳ぎ出しました。あっという間に防御網の別の場所へ行ってしまいます。
「さすがは未来の天空王。なかなか頼もしい」
と渦王は微笑すると、すぐに笑いを消して全軍に呼びかけました。
「おまえたちの攻撃は敵に効くようになったぞ! 存分に戦え、海の戦士たち!」
おぉぉぉ!!!
鬨の声が海鳴りのようにとどろく中、海の軍勢と肉坊主の戦いはますます激しさを増していきました──。