ペルラとシィだけでなく、レオンとビーラーまでがリーリス湖に沈んだので、フルートたちは青くなりました。
「やべぇぞ! 早く助けに行かねえと!」
「無理だよ! あたいたちも墜落しちゃうもん!」
あわてふためく彼らに、オリバンとセシルは怪訝な顔になりました。
「何をそんなにあわてているのだ?」
「二人は海の民や天空の魔法使いなんだから、溺れたりはしないだろう?」
彼らは激しく首を振りました。
「あれはだめなのよ! 渡れずの水なんだもの!」
「泳ぐことも水中で息することもできない魔法の水なんだよ! あたいたち、闇大陸のパルバンで溺れたことがあるんだ!」
「ワン、風の犬も飛べなくなって水に落ちるんです!」
それは二千年前の光と闇の戦いでもデビルドラゴンが使った魔法でした。渡れずの湖がパルバンに残されていたので、フルートたちは本当に苦労させられたのです。
ペルラもレオンもシィも沈んだまま水面に浮いてきませんでした。それだけではありません。湖から無数の手が飛び出し、空をつかむようなしぐさをしながら沈んでいくのです。湖の中で待機していた海の戦士たちも溺れているのでした。助けにいきたくても、湖の上に出るとフルートたちも落ちて溺れてしまうので、近づくことができません。
ところが、戦車で湖面に浮いていた渦王は水に沈むことがありませんでした。戦車をひく二匹のホオジロザメも湖面に背を出して浮いています。
怒りに充ちた渦王の声が響きました。
「海の民を水で殺そうというのか、闇の竜! 言語道断!」
とたんに湖から大勢が浮いてきました。見えない手につかまれたように、水中から空中に引き上げられていきます。それはウロコのような鎧を着けた海の民でした。水から出たとたん激しく咳き込み始めます。ペルラも犬に戻ったシィを抱いて宙に浮いています。
「父上の魔法だ!」
とメールはまた歓声を上げましたが、フルートが言いました。
「レオンたちが上がってきていない!」
「ワン、レオンとビーラーは海の民じゃないから、渦王の魔法が効かないんですよ!」
すると、湖面の一カ所が急に白く泡だって、中からすごい勢いで何かが飛び出してきました。空中で全身白銀の戦人形に変わります。
戦人形は両脇にレオンと犬になったビーラーを抱えていました。水混じりの風を噴射して空中に浮いています。戦人形は渡れずの水も平気だったのです。
戦人形はレオンたちを湖の岸へ運びました。
ペルラや海の戦士たちも渦王の魔法で岸へ運ばれて上陸します。
「大丈夫だったか?」
とレオンに訊かれてペルラはうなずきました。
「平気よ。レオンがとっさに溺れない魔法をかけてくれたから。泳げなかったけど息はできたわ。ありがとう」
そこへフルートたちが舞い降りてきました。湖から渦王の戦車もやってきます。
「これが伝説に聞く渡れずの水か。闇の竜め、よほど我々が恐ろしいらしい」
と渦王が言いました。怒りの声に遠くで雷が共鳴しています。
オリバンは深刻な顔になりました。
「これでは湖で敵を防げんな。敵が湖の防衛網を破ったら、この岸辺で敵を防ぐしかない」
とたんにすぐ近くで雷の音が響いたので、セシルは思わず飛び上がりました。
渦王が額に青筋をたてて言います。
「我々をあなどるな、人間の王子。海の民だけが海の戦士ではないのだぞ」
そのことばに応えるように、湖でたくさんの魚が飛び跳ねました。イワシやトビウオ、カジキやマグロ……すべて海に棲む魚たちです。
さらに水面から大勢が姿を現しました。全身銀のうろこにおおわれ、魚そっくりの頭部をした半魚人たちでした。ひれのある腕で矛(ほこ)や銛(もり)を湖上に掲げて声を上げます。
目を丸くしたオリバンとセシルに、メールが言いました。
「海の戦士ってのは海の民だけじゃないんだよ。魚も半魚人も立派な戦士なんだ」
「ワン、人や風の犬は渡れずの水の魔法に捕まるけれど、魚や半魚人は平気なんですね」
とポチが感心します。
実を言えば先ほども、溺れて湖底に沈んでいく海の民を魚や半魚人たちが捕まえて、上へ運んでいたのでした。湖面近くまで運ばれていたので、渦王の魔法で一気に水上に出ることができたのです。
魚部隊や半魚人部隊が湖で気炎を吐く一方で、湖岸では海の民が地団駄を踏んで悔しがっていました。彼らも水中で戦いたいのに、戻ることができないのです。
その様子を見て、ゼンが渦王に言いました。
「渡れずの水を魔法で打ち消すことはできねえのか? でなきゃ、あれに対抗できるような魔法はねえのかよ?」
渦王は青い瞳でじろりとフルートをにらみました。
「困難なことを簡単に言うな、ゼン──。わしは海の戦士たちが真水の湖でも戦えるように、常に魔力を使い続けている。渡れずの水の魔法を打ち消すのに大量の魔力を消費すれば、皆を守る力がなくなってしまう。魔法に対抗するのも同じことだ」
「全然かよ? さっきレオンはペルラに水ん中で息ができる魔法をかけたぞ。渦王だって、あいつらが湖ん中で息ができるようにしてやれるんじゃねえのか?」
ゼンに食い下がられて、渦王は渋い顔になりました。
「呼吸くらいはできるようにしてやれるだろう。だが、水中で移動できるようにすることは無理だ。渡れずの水は海の民の体から水の抵抗を奪っているからだ。抵抗のない水では泳ぐことも戦うこともできん」
渦王の話が難しくなってきたので、ゼンは理解できなくなってことばに詰まりましたが、代わりにフルートが言いました。
「息ができるようになれば、海の民も水中で戦えます。移動ができないというなら、魚たちに乗ったりひいてもらったりすればいいんです」
そのやりとりを海の民が聞いていました。たちまち渦王を取り囲んで訴えます。
「そうだ、それなら我々も戦えます! 水中で息ができるようにしてください!」」
「わしらは戦うためにここに来たんです!」
「陸で指をくわえて戦いを見ているなんて、まっぴらごめんだ!」
「魔法をかけてください! 今すぐに!」
渦王は彼らを見回し、すぐににやりと笑いました。
「よし、それでこそわしの戦士たちだ! 水中へ行け! 敵は湖を突破して侵入してくるぞ! 絶対に防御の内側に入れるな!」
おぉぉぉ!!!
いっせいに応えた海の民を青い魔法が包みました。その手の中に魔法の手綱が現れます。彼らはきびすを返すと、次々湖に飛び込んでいきました。泳ぎ寄ってきた魚たちに手綱をくわえてもらうと、水の中へ姿を消していきます。
海の戦士が全員湖に戻ったのを見届けて、渦王はフルートとゼンに言いました。
「またおまえたちが彼らを動かしたな。これで二度目だ。この戦いがすっかり終わったら、メールと一緒にわしの島に来い。次の渦王はやはりゼンだし、ゼンの参謀役はフルートだ。おまえたち二人なら、西の大海もしっかり治められるだろう。わしの下で見習いをするがいい」
フルートはちょっと面食らった顔になりました。
ゼンは、がしがしと頭をかきます。
「その話は後だと言ったはずだぞ、渦王。ったく、海の民はせっかちなんだからよ。今は目の前にいるあの親玉をぶっ倒すのが最優先だろうが」
「むろんだ。だが、楽しみにしているぞ」
渦王は笑いながら言い残して、サメの戦車でまた湖に出て行きました。海の戦士たちが集まり、渦王を先頭に湖の上や中を進み始めます。海の民も魚の背に乗ったりつかまったりしながら進んでいきます。
「負けるなよ!」
とゼンが声援を送ると、海の戦士たちが、おぉぉぉ!!! といっせいにまた応えました。海の民は腕を突き上げ、魚たちは尻尾やひれで水しぶきを立て、半魚人が掲げた武器は湖上できらめきます。どこからともなく海鳥部隊もやってきて、威勢よく鳴きながら彼らの頭上を飛び始めます。
湖の向こう、デセラール山の手前にはデビルドラゴンに乗ったセイロスと飛竜に乗ったギーが浮いていますが、その真下で赤くうごめくものがありました。後から後から、湧いてくるように四方八方へ広がっていきます。
「魔法攻撃かい!?」
と尋ねたメールにポポロが首を振りました。
「敵よ! ものすごい数の怪物だわ! とても数え切れない!」
赤い怪物の集団はあっという間に湖に到達すると、ためらうこともなく水の中へ飛び込んでいきました──。