デセラール山から湧き上がる霧がデビルドラゴンに変わる様子を、フルートやポチは既視感に襲われながら見ていました。四年前の闇の声の戦いのときにも、ルルから離れたデビルドラゴンは、こんなふうに山から姿を現したのです。
黒い霧が山の中腹に寄り集まって、みるみる竜の形になっていきます。長い蛇のような首と頭、太い体に短い四本の脚、空をおおわんばかりの大きな四枚の翼──。ただ四年前のデビルドラゴンは影の竜でしたが、今回は実体になっていました。全身をおおうウロコが濡れたように黒々と光っています。
ポチは風の毛を逆立てました。
「ワン、デビルドラゴンだけですか? セイロスが消えたんですか?」
フルートは唇をかんで目をこらし続けました。セイロスが完全に闇の竜に変わってしまったら対抗手段はもうありません。たったひとつの究極の方法を除いては──。
そこへ上空からゼンとルルが、地上からは花鳥に乗ったメールとポポロが飛んできました。花鳥にはオリバンとセシルも乗っています。状況を見極めるために乗り込んできたのです。
「セイロスはどこだ!? 竜の力をポポロから取り戻して、完全にデビルドラゴンになったのか!?」
とオリバンもポチと同じようなことを言いました。花鳥の前のほうで、ポポロがびくりと身をすくませます。
すると、ゼンが言いました。
「いいや、奴はいるぞ。デビルドラゴンの背中の上だ」
おかげで仲間たちもセイロスの姿を見つけられるようになりました。黒い防具を着たセイロスが、巨大なデビルドラゴンの背中にいました。竜仙境の住人が飛竜に乗るように、鞍も手綱もなしで無造作に立ち乗りしています。
「あれは立ってるんじゃねえ。脚の下でデビルドラゴンとつながってるんだ。奴の中からデビルドラゴンが現れたんだぞ」
とゼンは話し続けて、ルルの様子をそっと確かめました。
デビルドラゴンを目前にして、ルルは小刻みに震えていました。黒い翼に変わってしまうような兆候はまだありません。
このままルルでいろよ──。ゼンは祈るように心でつぶやきます。
すると、湧き上がる霧が止まって、デビルドラゴンの体が縮み始めました。山をおおうほど大きかったものが、ちぎれ雲程度の大きさになっていきます。それでも充分巨大なのですが、おかげでセイロスの姿はさっきより見つけやすくなりました。デビルドラゴンの後ろに腹心のギーが従っているのも見えるようになります。ギーは飛竜に鞍を置いて乗っています。
「奴らは二人だけだ。闇王や闇の軍勢はいないんだな」
とセシルは思わず安堵して、たちまちオリバンに叱られました。
「奴が援軍を連れていないのは、自分だけで我々を倒す自信があるからだ! それだけの力を取り戻したということだ!」
フルートは何も言いませんでした。ただじっとデビルドラゴンとセイロスを見つめ続けます。
一方、砦の外にいた味方の兵士は、デビルドラゴンを見て大あわてで砦の中に逃げ込んでいました。彼らは決して臆病者ではありませんが、デビルドラゴンは巨大すぎて、どう見ても通常の攻撃が不可能だったのです。
出撃体制に入っていたユラサイの飛竜部隊も、飛び立つのをやめて、砦の中で様子を見ています。
それを見ていたデビルドラゴンが、おもむろに蛇のような首を持ち上げました。首を伸ばすのと同時に、真っ黒い霧のような息を吐き出します。
「闇の息!」
とルルが叫びました。生きているものから命を奪う毒の息です。山を駆け下る煙のように、山のふもとからリーリス湖を越えて、対岸へ押し寄せてきます。
「まずい!」
とフルートも言いました。ハルマスの南側はリーリス湖に面して拓けていて、湖との間をさえぎるものがなかったのです。闇の息がリーリス湖を渡り切ったら、直接ハルマスへ流れ込んでしまいます。
すると、ポポロが湖を指さしました。
「大丈夫よ! 見て!」
湖の真ん中あたりに光の筋が発生していました。湖を東西に横切り、弧を描いてハルマスの防壁まで続いています。
防壁の柵も光り輝いているのを見て、彼らは声を上げました。
「ワン、光の防壁だ!」
「湖の中のは防御網だぜ!」
リーリス湖の中には、闇の敵の侵入を防ぐために、網状の防壁が張り渡されているのです。
防壁や防御網が緑がかった青い光を放っていたので、ひゃっほう! とメールが歓声を上げました。
「この色は父上だ! 父上が魔力を送り込んで防御を強くしてるんだよ!」
湖面では防御網から空に向かって光が立ちのぼり始めていました。湖の真ん中に青緑の光の壁ができあがります。
黒い霧のような闇の息が光の防壁に到達しました。防壁に激突して押し返され、後続の霧とぶつかり合って激しく波打ちます。巨大な霧のうねりが生まれますが、光の防壁を越えてくることはできません。
防壁の内側の湖面には渦王が現れていました。ホオジロザメがひく戦車に乗って、壁越しに波打つ闇の息を見据えています。
その隣にシードッグのシィも浮いてきました。大きな頭の上にはペルラが乗っていて、空にいる勇者の一行へ手を振ってきます。
「ここは任せろって言ってるよ」
とメールが仲間たちへ言いました。
一同もひとまずほっとします──。
そのとき、湖の上に突然ビーラーに乗ったレオンが現れました。ペルラにどなるように言います。
「気をつけろ! 湖が渡れずの水に──」
言い終わらないうちにペルラがいきなり水に沈みました。湖面に浮いていたシィが急に水に潜ってしまったのです。続いてビーラーとレオンも湖に墜落します。
あっ、とフルートたちは声を上げました。
泳ぐことも飛んで越えることもできない魔法の水が、リーリス湖に出現したのでした──。