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第28巻「闇の竜の戦い」

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第53章 邂逅

152.邂逅(かいこう)・1

 のっぺりした灰色の床に椅子を置いて、黒い服を着たセイロスが座っていました。

 そこは現実の世界ではありません。世界の裏側にある異空間です。どこまでも広がる薄暗い空間に、彼以外の姿はありません。

 すると、どこからともなく女性の声が響いてきました。

「我が君! どこにおいでですか、我が君!? あなたのお望みのものをついに捕まえました!」

 イベンセの声でした。

 黙って座り続けていたセイロスの顔に、薄い笑みが浮かびました。

「ようやくか。思いのほか時間がかかった」

 その声は相手には聞こえていないようでした。イベンセは彼を呼び続けています。

 セイロスは誰もいない空間へ言いました。

「我が元へ来い、闇王」

 とたんに周囲の景色が一変しました。薄暗いだけの何もない空間が、白い漆喰の壁で囲まれた広間になったのです。

 広間の壁には黒曜石が横に長くはめ込まれていて、その上に金の線が描かれていました。床も磨き上げられた黒曜石で、一段高くなった場所に金と黒檀でできた豪華な玉座があります。セイロスはその玉座に座っていました。後ろには側近のギーが大剣を抱いて座り込んでいます。

 セイロスが顔を上げると、ギーが気配に気づいて尋ねました。

「考え事は終わったのか、セイロス?」

 この世界から異空間へ精神を飛ばしていたセイロスを、ギーは熟考をしているものと思って、傍らで警護を続けていたのです。来る日も来る日も、もう半月以上になります。

 けれども、セイロスはそんな忠臣をねぎらうことはしませんでした。当然のことのように言います。

「間もなくイベンセがここに来る。出迎えに行け」

「イベンセが!?」

 とギーは顔を輝かせました。すぐに跳ね起きて部屋の出口へ向かいます。

「よくここがわかったなぁ。でも、この広間に来るまでが迷路だからな。案内がなければイベンセだって迷うに決まってる……」

 と嬉しそうにひとりごとを言いながら、兜からはみ出した前髪やあごひげを撫でつけて、部屋を出て行きます。

 

 その足音が通路を遠ざかると、セイロスは空中へ言いました。

「入ってこい」

 呼びかけに応じて姿を現したのは、赤と黒のドレスに黒い翼のイベンセでした。頭には二本の角が生えた闇の姿です。

 彼女は周囲を見回しながらセイロスの前に降り立ちました。

「こんな場所に潜んでおいでだったのか──。これは光の連中にも予想外だっただろう」

 けれども、セイロスは彼女の話に応えようとはしませんでした。ただ、当たり前のようにこう言います。

「ポポロを捕らえたな。引き渡せ」

 イベンセは一瞬憤慨する表情になり、すぐにそれを消しました。内心を顔に出さないようにしながら言います。

「連中が追ってこないように、器(うつわ)は残してきました。捕らえてきたのはポポロの力だけです」

「充分だ。よこせ」

 とセイロスはまた言いました。イベンセの手柄を褒めることも、苦労をねぎらうこともありません。

 イベンセは口元を歪めました。唇に皮肉な笑みが浮かびます。

「私は我が君の命令に従って、ポポロを奪うことに成功しました。そんな私に褒美はないのですか?」

 けれども、それでもセイロスが心動かされる様子はありませんでした。

「私がおまえに命令してからどれほど時間がたったと思う。遂行に時間がかかったことを詫びるならまだしも、厚かましくも褒美をねだるか、闇王」

 けれども、その声にも怒りの響きはありませんでした。セイロスは当然のことを当然と言っているだけで、相手の気持ちなどまったく顧みていないのです。

 イベンセは、はっきりと顔色を変えました。握った拳を震わせて言い返します。

「あなたは私の兵を取り上げ、その状態で命令を遂行しろと言われた。それがどれほど困難なことだったか、ご想像にはなれないのですか? サータマン王はあなたの命令に従わずに王都を攻めて、敗れて消えていったが、私はこうしてあなたが望むものを手に入れてきた。私には褒美をいただく権利があるはずです──!」

「おまえが望むものはわかっている」

 とセイロスはイベンセの反論を冷ややかにさえぎりました。

「おまえが望んでいるのは闇の国の支配の継続だ。おまえは自分の国を私に奪われることを恐れている。闇の国に手出ししない契約を、私から引き出そうとしているのだ」

 企みをあっけなく見破られて、イベンセはますます顔色を変えました。それでも拳を握って言い続けます。

「その通りです、我が君。だが、悪い契約ではないはずです。いかに万能なあなたであっても、世界のすべてを統べることは困難なのですから」

 けれども、やはりセイロスは少しも心を動かされませんでした。ただ淡々と言います。

「世界は私のものだ。ポポロを渡せ。そして去れ、闇王」

 イベンセは怒りに顔を染めました。憤慨したように背を向けて立ち去ろうとしますが、すぐに立ち止まりました。その場から動けなくなってしまったのです。

「ポポロを渡せ」

 とセイロスが繰り返しました。その声は地の底から響いてくるようです。

 イベンセは振り向きました。意思に反して体が勝手に動いていました。すんなりした腕を上げると、その指先から白いものがあふれ出します。白いものは床までこぼれ、ポポロになっていきます──。

 ポポロが完全に姿を現し、イベンセの指先から白いつながりが離れると、イベンセは大きくよろめきました。セイロスの呪縛から解放されたのです。

「去れ」

 セイロスの命令にイベンセは顔を怒りに歪め、黒い翼を広げて飛び立ちました。次の瞬間には広間から姿を消していきます──。

 

 セイロスは玉座に座ったまま、後に残されたポポロを眺めました。

 ポポロは髪をお下げに編んで長衣を着ていましたが、色がありませんでした。半ば透き通った幽霊のような姿です。

 そんな彼女へセイロスは呼びかけました。

「こちらへ来い」

 けれども、ポポロは反応しませんでした。黙って立っているだけです。

 セイロスは先より少し強く繰り返しました。

「ここへ来るのだ、エリーテ」

 すると。

 人形のように無表情だったポポロが、突然嫌悪の表情に変わりました。激しく首を振り返します。

「嫌よ! あたし……あたしはエリーテなんかじゃないもの!」

 とポポロは叫びました──。

2022年9月5日
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