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第28巻「闇の竜の戦い」

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151.目的

 「あぁあ、もぉ──反則だぁ!」

 ランジュールは空の中で地団駄(じだんだ)を踏みました。時の翁と紫の魔法使いによって吹き飛ばされてしまったのです。とても遠くまで飛ばされたようで、そこからハルマスの砦を見ることはできません。

 ランジュールの肩には大蜘蛛のアーラがしがみついていましたが、砂時計の形をしたクロノスはもうどこにもいませんでした。

 ランジュールはぷりぷりしながらアーラに言い続けました。

「クロちゃんは最強の魔獣だったんだよぉ! 殺されたんならボクがまた黄泉の門まで迎えに行ったのに、存在そのものを消滅させられたら、もぉ絶対に捕まえられないじゃないかぁ! あのおじいちゃん、なんてコトするんだろぉ、もぉ!!」

 

 すると、すぐそばの空に黒と赤のドレスに大きな黒い翼の女性が現れました。頭にはねじれた二本の角があります。闇王のイベンセです。

「ここにいたか、ランジュール。首尾はどうだった」

 と言われて、ランジュールは飛びつくように話し出しました。

「聞いてよぉ、闇王サマぁ! いい線までいったんだよぉ! ボクがこれまで使ってきた怪物をぜぇんぶクロちゃんに復活させてもらって、やられたらまたクロちゃんに戻してもらって、あともぉ少しでハルマスが落とせるってところまできたのにさぁ! 突然変な汚いおじいさんが現れて、クロちゃんを消滅させちゃったんだよぉ! 闇王サマにもらったクロちゃんだったのにさぁ! あんな素晴らしい魔獣はこれまでなかったってのにぃぃ!!」

 話している間に悔しさがますます募ったのでしょう。ランジュールはどこからか取り出したハンカチをかんで、キーッとわめきます。

 一方のイベンセのほうはあまり驚きませんでした。

「それは時の翁だな。やはり現れたか」

「なぁにぃ? 闇王サマはあのおじいちゃんを知ってるのぉ!?」

「会ったことがあるわけではない。ただ、時の怪物のクロノスをこの世に呼び出すと、必ず時の翁が現れてクロノスを消滅させると言われている。時の翁は時間の番人だ」

「あのおじいちゃん、そんな偉い人だったわけぇ? そぉは見えなかったけどなぁ! ねぇねぇ、闇王サマ、もぉ一度クロちゃんを呼び出せない? クロちゃんさえいれば、敵はひとり残らずやっつけられるよぉ。天空の国の眼鏡くんだって、手も足も出なかったんだからさ。勇者くんや皇太子くんだって、ぜぇったい殺せるよぉ」

「時の翁が消滅させたのなら、それは不可能だな。クロノスは今はどこにも存在していない。いずれはまた世界のどこかに生まれてくるのだろうが、それははるか先のことだろう」

 

 イベンセが淡々としているので、ランジュールは不満顔になりました。

「なぁんでそんなに落ち着いてるのさぁ? ハルマスが落とせなくていいのぉ? それとも、あそこを包囲しろって命令したのがセイロスくんだから、別にどぉでもいいや、って思ってるわけぇ?」

 すると、イベンセは、ふん、と笑いました。口の端から牙の先がのぞきます。

「セイロスはハルマスの砦を攻めようとサータマン王を繰り出したが、サータマン王はセイロスに力を借りたのを良いことに、ハルマスではなく王都へ攻め込んでいった。その結果、金の石の勇者たちが援軍と駆けつけてきたし、サータマン王は闇に食われて死んだ。セイロスの作戦は失敗していたのだ」

「へぇ、サータマンの太っちょ王様は死んだのかぁ。でも、王都ってコトはディーラを攻めに行ったわけ? なぁんでハルマスに来なかったんだろ。そんな勝手なコトするから死んじゃうんだよぉ」

「奴はロムド王に恨みがあった。力を手にすれば、きっとこうするだろうと思っていたのだ。おかげで私は狙っていたものをいただくことができた」

 はぁん、とランジュールはうなずきました。

「それで闇王サマは自分じゃなくボクにハルマスを攻めさせたんだねぇ? で? 闇王サマが狙ってたモノってなにさぁ?」

 質問されて、イベンセはまた笑いました。答える代わりにほっそりした右腕を横へ伸ばします。

 すると指先から空へ霧のようなものが流れだし、寄り集まって人の姿になりました。

 ランジュールは目をまん丸にしました。

「えええ! これ、これって──お嬢ちゃん!?」

 空中に現れたのは、長衣を着て髪をお下げにしたポポロだったのです。ただ、そのポポロには色がありませんでした。幽霊のランジュールと同じように、白くて半ば透き通っています。

 驚いているランジュールに、イベンセは話し続けました。

「ポポロの魔法の回数が尽きたところで、力の大半をいただいた。すさまじい量の力だったからな。こうして取り出せば、ひとりでに元の姿を取る」

 へぇぇ……とランジュールはポポロのまわりをぐるぐる飛び回りました。顔を近づけてしげしげと眺めたりもしますが、白いポポロは人形のように立ちつくしたままで、表情もまったく変えませんでした。

 ランジュールはまたうなずきました。

「ふぅん。つまりこれはお嬢ちゃんの『中身』なんだねぇ。闇王サマはお嬢ちゃんの中身を手に入れたわけなんだ。で? 闇王サマはこれをどぉするつもりなのかなぁ?」

 細い目を鋭く光らせて伺うランジュールに、彼女は笑ったまま言いました。

「もちろん、あの男の元へ行く。これは交渉の大切な材料だ」

 闇王としてセイロスに従っているように見えるイベンセですが、実際には傲慢なセイロスの態度に怒り、彼が闇の国まで破壊することを警戒しているのです。

 白いポポロはまたイベンセの中へ吸い込まれて戻っていきました。空にいるのはイベンセとランジュール、それに大蜘蛛のアーラだけになります。

「では行くぞ」

 とイベンセは言うと、ランジュールたちと共に姿を消していきました──。

2022年8月26日
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