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第28巻「闇の竜の戦い」

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148.砂時計

 「うふっ、うふっ、うっふふふぅ」

 ハルマスの砦の防壁のすぐ外側で、ランジュールはとびきり上機嫌でした。大蜘蛛の幽霊のアーラを肩に乗せたまま、空中でスキップまで踏んでいます。

 そこからは砦の中の様子がよく見えていました。様々な種類の怪物たちが砦に侵入して戦っています。それはすべて彼が送り込んだものでした。砦の人間を皆殺しにするように命令してあったので、彼が新たに何かを命じなくても、みんな敵へ襲いかかっていきます。何度やられても、復活するとまた敵に向かっていくのです。

「うふふ、いいね、いいねぇ。今までボクが使ってきた魔獣が勢揃いぃ。敵さんには強ぉい魔法使いがいっぱいいるんだけど、こっちは数で勝負だし、なんてったって、ぜぇったいやられないからねぇ。うふふ、ボクの魔獣ちゃんたち、最強!」

 ランジュールが足どり軽くスキップを踏み続けるので、肩の上のアーラも八本脚を伸ばしたり縮めたりして、踊るように体を揺すっていました。興に乗ったランジュールは空中でくるくるとスピンをすると、踊り子のように脚と手を伸ばして停まりました。そんなランジュールの頭にアーラが飛び乗って、こちらも片側の脚を伸ばしてポーズを決めます。

 

 けれども、そんな彼らに拍手を送る観客はいませんでした。代わりに空中に現れたのは、薄紫の長衣の青年に担がれた小さな少女と、風の犬に乗った眼鏡の少年です。

 ランジュールは飛び上がりました。

「キミは幽霊専門のお嬢ちゃん! と、お嬢ちゃんの護衛のお兄さんと、天空の国の眼鏡くん! どぉしてここに来たのさぁ!?」

 少女はそれには答えずに、ぐるっとあたりを見回し、眉間にしわを寄せました。

「やっぱりあたしの張った障壁がなくなってる。念には念を入れて作った、これまでで最強の障壁だったのに。どうやって消したのよ!?」

「うふふん、そんなの教えなぁい」

 とランジュールは機嫌を直して言うと、自分の前にいる面々を眺めてうなずきました。

「うん、護衛のお兄さんはお医者さんなのに攻撃魔法が得意だし、そっちの眼鏡くんに至っては、次の天空王とか言われてるすごぉい魔法使いだしねぇ。こんなところに長居は無用。アーラちゃん、さっさとここを離れるよぉ──」

 ランジュールと大蜘蛛のアーラの姿が薄れて消え始めましたが、レオンがさっと手を振ると、すぐに姿がまたはっきりしてきました。

 ランジュールが口を尖らせます。

「そぉなんだよねぇ。キミたちって、すぐにボクの行く先を閉じちゃうんだからさぁ。逃げるなって言いたいんだろぉ。ホント、しつこいよねぇ」

 しつこさから言えば、ずっとフルートやオリバンの命をつけ狙っているランジュールのほうが、よほど執念深いのですが、自分のことは棚に上げています。

 

 少女は白い柳の杖を取り出しました。ランジュールに突きつけて言います。

「さあ、今度こそ黄泉の門に下りなさい! 死者は死者の国に行くべきなのよ!」

 杖の先から紫の星がほとばしりました。ランジュールとアーラを直撃しようとします。

「やぁだぁよぉ」

 ランジュールが歌うように言ったとたん、彼らの前で紫の星が消えました。ランジュールたちには届きません。

 少女たちは目を見張りました。

「魔法を一瞬で消した──! 無効化したんじゃない、時間を巻き戻して消滅させてる!」

 とレオンが言います。

 へぇ、とランジュールは感心した顔になりました。

「よくわかったねぇ。ほんの一秒間戻しただけなのにさぁ」

「時間を戻した! ということは、やっぱりこいつがさっきから敵を復活させていた犯人か!」

 とビーラーが言うと、ランジュールはまたにやにや笑いました。

「そのとぉり。うふふ、困ってるだろぉ? 魔獣をいくらやっつけても、すぐにまた時間が戻って生き返ってきちゃうんだからさぁ。ふふふふ」

「範囲を──いや、対象を絞って時間を巻き戻しているのか。どうやってそんなことができるんだ!?」

 レオンは驚きっぱなしでした。

 例えば、落として壊してしまったものを元の状態に戻す復元の魔法なら、レオンたちも使えます。怪我を癒やして治す魔法もよく使います。けれども、時間そのものを巻き戻す魔法というのは、この世には存在しないと言われていました。理(ことわり)に合わない魔法だから、存在することができないのです。そんな幻の魔法をランジュールが使っていることが信じられません。

 けれども紫の少女はランジュールをにらみ続けていました。

「時間を戻せる? 勝手にやってなさいよ! そんなのには絶対に負けないんだから!」

 少女の杖からまた紫の星が飛びました。間断なくほとばしって次々ランジュールに向かいます。大量の魔法を繰り出すことで、時間を戻す魔法をすり抜けようとしたのです。

 けれども、彼女の魔法はひとつ残らず消滅してしまいました。やっぱりランジュールには届きません。

 うふふっ、とランジュールはまた笑いました。

「ざぁんねんでした、お嬢ちゃん。キミにはもぉボクを追っ払うことができないんだよぉ」

 勝ち誇った顔でするすると首を伸ばし、身を乗り出して少女をのぞき込みます。少女は手出しできない悔しさに半べそをかいていたのです。それでもろくろっ首のように首だけを伸ばしてきたのは、ランジュールなりの用心でした。

「なによ……なによ!」

 少女は泣きながら怒って腕を振り回しました。幼い少女の短い腕です。ランジュールには届きません。

 すると、また紫の星が散りました。少女は癇癪(かんしゃく)を起こしたふりをして手を振り回し、握っていた杖からまた魔法を撃ち出したのです。目の前にあったランジュールの頭へ飛びます。

「うひゃぁぁ」

 ランジュールは素っ頓狂な声を上げてのけぞりました。首を蛇のようにくねらせてかわします。その隙に少女がまた魔法を撃ち出しました。今度は星がランジュールの肩の大蜘蛛に命中します。

「アーラちゃん!!」

 ランジュールはあわてて手を伸ばしましたが、そのときにはもう大蜘蛛の幽霊は姿を消してしまっていました。少女の魔法で黄泉の門へ、さらにその向こうの死者の国へ送られてしまったのです。

「もう一度!」

 少女は泣き真似をやめて杖を握り直しました。今度こそランジュールに魔法を命中させようとします──。

 

 すると、ランジュールも少女をにらみ返しました。普段はへらへら笑っている顔が、笑いを消して鋭く少女を見つめます。そのまなざしは、ぞっとするほど冷ややかでした。剣呑な声が言います。

「ボクのアーラちゃんを殺したねぇ? ボクの大事な大事なアーラちゃんなのに」

 けれども少女は躊躇(ちゅうちょ)しませんでした。また杖を振って星を飛ばします。

 ところが、星は途中で消えてしまいました。また時間が巻き戻されたのです。

 ランジュールが細い目を背後に向けて言いました。

「クロちゃん、アーラちゃんも戻して」

 その場所に大きな砂時計が現れたので、一同はぎょっとしました。黒と赤の縁取りの砂時計で、高さが一メートルほどもあります。中ではガラスの粉のような黒い砂が上から下へ音も立てずに落ちています。

 と、その砂時計が空中でくるりと回転しました。上下が逆さまになって、また砂が落ち始めます。

 すると、ランジュールの肩の上に虹色の光が湧いて、アーラが現れました。八本の脚を曲げたり伸ばしたりしながら、シシシ、とランジュールに話しかけます。時間が巻き戻されて復活してきたのです。

 うんうん、とランジュールは大蜘蛛にうなずき返しました。

「やっぱり危ないよねぇ、あのお嬢ちゃん。まずはあの子から片付けないとダメだよねぇ」

 鳩羽の魔法使いは少女をかばいながら杖を構え、その前にはレオンが飛んできました。二人がかりで少女を守ろうとしますが、彼らが繰り出した魔法はランジュールに届く前に消えてしまいました。砂時計がくるりと上下を変えたのです。

「あれが時間を巻き戻してるんだ!」

 とレオンは言いました。

「てことは、あれを使わせないようにすればいいんだな?」

 とビーラーも言って身構えました。砂時計へ飛んでいく隙を狙い始めます。

 ところが、彼らが動くより先にランジュールが言いました。

「お嬢ちゃんをやっちゃってぇ、クロちゃん」

 すると、鳩羽の魔法使いの肩に光が現れました。虹色の光がいきなり湧き上がって少女を包み込んだのです。

「紫!!」

 鳩羽はあわてて少女を抱き下ろしました。レオンもとっさに防御魔法を使いますが、光は少女を包んだままでした。

「なにこれ!? やだ、やだ──やら──あぁぁあん!」

 少女の声が大きな泣き声に変わっていきました。子どもの泣き声ではありません。声を張り上げて泣く赤ん坊の声です。

「紫……」

 鳩羽の魔法使いは呆然としました。レオンやビーラーも絶句します。

 魔法使いの青年の腕の中で、少女は赤ん坊に変わっていたのでした──。

2022年8月18日
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