勇者の一行がイベンセに襲撃される三十分ほど前のこと──
「マロ先生!!」
とレオンは叫びました。
ロムド城にいるフルートたちから話しかけられて状況報告をしていたのですが、その目の前でマロ先生が怪物に襲われたのです。巨大な鎌を持つ大カマキリでした。血しぶきが空中に散り、マロ先生が風の犬の背から墜落します。鎌には魔力があるようで、後を追いかけようとした風の犬が、大カマキリに捕まります──。
そこはハルマスの砦の上空でした。砦の周囲は土塁と柵で囲まれているのですが、柵に流れているはずの光の防御魔法がとぎれていました。敵に柵を破られた箇所があるのです。
防御魔法がなくなった砦の中に、数え切れないほどの怪物が侵入していました。空を飛ぶ怪物、地上を走る怪物、巨大な怪物、小さいけれど非常に数が多い怪物、影から影へ幽霊のように渡り歩いていく形のない怪物もいます。
砦は地上も上空も大混戦でした。妖怪軍団や残留していた各国の援軍は地上で、レオンたち天空軍団やユラサイの飛竜部隊は空で、怪物と激しく戦っています。砦の背後のリーリス湖にも水棲の怪物が現れて、渦王が率いる海の軍勢と戦っていました。戦闘は味方のほうが少し優勢に見えます。
墜落していくマロ先生を、赤い光が流星のように追いかけていました。追いついたとたん赤い人形に変わり、マロ先生を抱きかかえて空中に浮かびます。戦人形が主人を守ったのです。
マロ先生が自分で治療魔法を使い始めたのを見て、レオンはほっとしました。大カマキリの腹を魔法で撃ち抜き、押し寄せてくるガーゴイルの群れを撃退してから、自分を乗せているビーラーと話します。
「敵の怪物はものすごい数だけれど、どうしようもなく強いというわけじゃない。ぼくたちの力なら充分倒せる敵なんだ。だけど──」
ビーラーはうなずきました。
「とんでもなく苦戦させられてるよな。レオンたちだけじゃない。妖怪軍団も飛竜部隊も、ペルラたち海の戦士も苦戦させられているんだ。それっていうのも──」
二人が話している間に砦が急に光り出しました。さまざまな色が入り混じった虹色の光が、ぼうっと湧き上がって砦を包みます。
「まただ!!」
とレオンとビーラーは同時に叫びました。
彼らの下では、戦人形から風の犬に戻っていたマロ先生が「またか!」と同じように叫んでいました。光に包まれた砦を悔しそうに見下ろしています。
虹色の光が消えると、つい先ほどレオンが倒した大カマキリが復活していました。魔法で撃ち抜いた穴は跡形もなく消えていて、また大鎌で襲いかかってきます。
ガーゴイルの群れも復活していました。背後からレオンたちに迫って、大カマキリと挟み撃ちにしようとします。
砦の他の場所でも、光の軍勢が倒したはずの怪物が、すべてよみがえっていました。地上では人狼やミノタウロスの群れ、地中魚や禍霧(かむ)が妖怪軍団に襲いかかり、空ではロック鳥や人面鳥が集団で飛竜部隊を攻撃します。湖では巨大な黒い海蛇が鎌首を持ち上げ、牙をむいて海の軍勢の中へ飛び込んでいきます。
「いくら倒しても、あの光が湧き起こると、怪物がみんな復活してくるんだ!」
とレオンはどなって、また大カマキリとガーゴイルを魔法で吹き飛ばしました。この敵を倒すのはもう四回目です。
「どうして連中は復活してくるんだ? あの光は何なんだ?」
とビーラーに尋ねられて、レオンはますます不機嫌になりました。
「わからない。あんなものはこれまで見たことがない」
虹色の光は魔法のようでしたが、彼が知る魔法とは構造がまったく違っていて、正体がわからなかったのです。正体がわからないのですから、対応することもできません。
「厄介なことはまだある。連中は何度でも元通りの体と力で復活してくるのに、こっちはダメージがそのまま蓄積されるんだ。いくらたいしたことがない連中でも、それと延々戦わされるのはきつい」
戦闘はすでに半日近く続いていました。レオンたち砦を守る部隊は相当疲れていたし、魔法が使える者たちは魔力も残り少なくなってきています。必死に力を振り絞って敵を倒しても、虹色の光が湧き起こると、敵が全部また元通り復活してくるのですから、戦意も失われてくるのです。
「せめて防壁が修理できたら、敵を追い出して休息が取れるんだが」
とレオンは言い続けました。
どこかで防壁の柵が壊されているのですが、その場所がよくわからないのです。混戦だけが延々と繰り返されて、じりじりとレオンたちの力を削り取っていきます。味方の疲労の色が濃くなっています──。
そこへ自力で怪我を治したマロ先生が風の犬でやってきました。
「レオン、敵の復活をなんとかしないと我々に勝ち目はない。あれを連れて原因を探し出すんだ」
と指さした空中に赤い戦人形がいたので、レオンはとまどいました。
「でも、あれは先生の人形です。ぼくの命令は聞きません」
レオンが連れていた戦人形は、先の戦闘でイベンセに破壊されてしまったのです。
「もちろんだ。あの人形を私から解放するから、君の人形にしなさい。敵は数が多いうえに何度でも復活してくる。あれがなければ捜索できないだろう」
言いながら先生は戦人形を引き寄せ、誰にも聞こえない呪文を唱えました。とたんに人形は六つある目を閉じ、赤い色が消えて全身真っ白になります。
レオンはすぐに後を引き継いでまた聞こえない呪文を唱え、人形に手を触れました。触れた場所から銀の光が湧き起こり、人形の全身を白銀に染めていきます。
「前と色が違う。前にレオンが使った人形は白かったのに」
とビーラーが言うと、マロ先生が答えました。
「前の人形も銀色は帯びていた。今回はもっと銀が強くなったな。レオンの人形遣いの魔法が上達したからだろう──。レオン、人形をうまく使って敵が復活する原因を見つけなさい。可能であるなら阻止するんだ」
「わかりました」
とレオンは言って、足元の砦を見下ろしました。ちょうどそのときまた虹色の光が砦を包んだのです。せっかく倒した怪物がすべて復活してきますが、味方の疲労や怪我はそのままです。
「どこか近くにこれを起こしている奴がいるはずだ。それを見つけ出すぞ」
とレオンは言って、ビーラーと空を飛び始めました。銀色の戦人形が後を追いかけて飛んでいきます。
さらにその後を復活した大カマキリやガーゴイルが追いかけようとしたので、マロ先生は魔法で撃退しました。さらにロック鳥も飛んできたので、それも撃ち落とします。
「頼むぞ」
マロ先生が砦の外へ向かうレオンたちを見送っていると、突然砦の中に怪物が現れました。
それは砦の防壁より巨大な緑色の毛虫でした──。