ハルマスの砦へ風の犬や花鳥で急行しながら、勇者の一行は話し続けました。
「ったく、このタイミングでハルマスが襲われるなんて思ってなかったぜ」
「そうよ、ポポロもフルートもディーラにいたんだもの」
「サータマン王だけでなく、セイロスまでディーラに来てたのにさ」
口々に意外がる仲間たちに、フルートは言いました。
「可能性はあったんだよ。だってハルマスはぼくたちの重要な拠点だからな。でも、ハルマスには天空軍も妖怪軍団も渦王の海の軍勢もいたし、万が一人間の敵が攻めてきても守れるように、竜子帝の飛竜部隊にも残留してもらった。念には念を入れておいたつもりだったんだ──」
「ワン、レオンは闇の怪物が襲ってきたって言ってましたよね。闇の怪物ならハルマスの残留部隊も得意なはずなのに、どうして苦戦してるんだろう」
「イベンセがまた誰かの力を吸い取って使っているのかもしれないわ……」
「誰かって誰さ? またレオン?」
「馬鹿野郎、レオンは俺たちとしゃべってただろうが。襲われたんなら別の誰かだ」
「もしかして、今度はマロ先生?」
「ワン、天狗さんや渦王が襲われて力を奪われても、大変なことになりますよ」
いくら話し合っても、正確なところはわかりませんでした。あれ以来どんなに呼びかけてもレオンから返事はありません。実際にハルマスに行って、自分たちの目で確かめてみるしかないのです。
ハルマスはリーリス湖の畔にあります。砦や湖はまだ見えてきませんでしたが、湖の向こうにそびえるデセラール山ははっきり見えていました。日が大きく西に傾いたので、茜色(あかねいろ)の夕映えが山肌を照らしています。もうじき日没ですが、戦闘はまだ終わっていないのでした。
一行は話すのをやめて先を急ぎましたが、やがてフルートがまた口を開きました。
「ポポロは今日の魔法を使い切っているし、ぼくもしばらくは金の石が使えない。作戦を立てなくちゃいけないぞ」
作戦、と仲間たちはフルートの話に集中しました。
フルートは深く考えるときの癖で、曲げた人差し指を口元に押し当てました。
「いくつかパターンを考えなくちゃいけないんだけど、作戦の基本は『朝まで持ちこたえる』ってことだ。明日の朝になればポポロの魔法は復活するし、ぼくだってきっとまた金の石が使えるはずだからな」
「フルートはもうちょっと回復を待ったほうがいいんじゃないの?」
とルルは心配しました。
「具体的にはどうするのさ?」
とメールが尋ねます。
「誰の力がイベンセに奪われているかによるんだ。いや、誰が無事でいるかによる、と言うほうがいいか。無事でいる人の守りの中で、ポポロは魔法の回復を待つ。もし渦王が無事でいたらリーリス湖の中、妖怪軍団が無事でいたら妖怪たちがいる宙船(そらふね)の中、レオンが無事でいたら彼が作る異空間の中だ。その間、ぼくたちは全力で敵と戦う」
それを聞いてポポロは青ざめ、すぐに顔を真っ赤にしました。今にも泣きそうになるのをこらえて反論します。
「あたしだけ安全なところにいるなんて嫌よ、フルート! みんな戦うのに──!」
ところが、フルートはきっぱり首を振りました。
「君をかばってるわけじゃないよ。君はぼくたちの切り札だ。ぼくたちが時間稼ぎをする間に、君はその切り札を使えるようにしなくちゃいけない。それは君の役目だ」
ポポロは目を見張りました。でも──と反論を続けようとしますが、フルートの真剣な顔にことばが出なくなります。
涙ぐんでしまった彼女を慰めるように、メールが言いました。
「魔力の回復はポポロにしかできないことなんだからさ、フルートの言うとおりにしなよ。大丈夫。あたいたちはみんな強いんだから、朝までしっかり戦い続けるさ」
「ゼン、敵の怪物はかなり数が多そうだ。いい戦い方はあるかな?」
とフルートに訊かれて、ゼンはちょっと考え込みました。
「闇の怪物なら光の矢で倒せるが、一匹ずつだと効率悪いよな──。連中を一カ所に集めて一列にできるか? そうすりゃ一本の矢でまとめて倒せると思うぞ」
とたんにメールが目を輝かせました。
「それいいね。追い込むのはあたいがやるよ! 花鳥の星の花を網にして囲んで、一カ所だけ開ければ、怪物はみんなそこから逃げようとして、自然と並ぶことになるだろ?」
「よし、ぼくもそこに一緒に待ち構えて倒そう」
とフルートも言いました。彼が背負っているのは闇に絶大な効果を発揮する光炎の剣です。
「ほらね、ポポロ、大丈夫そうでしょう?」
「ワン、ぼくたちがついているんだから、フルートたちが敵に襲われるようなことにはしませんよ」
とルルとポチもポポロを慰めますが、彼女は涙ぐんだままでした。闇の怪物はそれで倒せても、イベンセ自身が襲ってきたらどうするの? と言いたかったのですが、やっぱり言うことができませんでした。
フルートは何を言われても考えを変えない、あの表情になっていました。イベンセ自身に襲撃されることも、それに対抗する手段がないことも、覚悟の上なのです。それでもポポロの魔力が回復するのを待つ──それまで持ちこたえる。彼らにはそんなぎりぎりの作戦しかないのでした。
ポポロが涙の溜まった目でフルートを見つめていると、ふと二人の目が合いました。とたんにフルートの頑固な表情が緩みます。
「大丈夫だよ」
といつもの優しい声が言います──。
そのとき、ポチとルルがいきなり急停止しました。少し後ろを飛んでいた花鳥も進むのをやめてしまいます。
「なんだよ、急に?」
「どうしたのさ?」
驚く仲間たちに犬たちが言いました。
「ワン、前に行けなくなったんですよ!」
「行く手に何かあるわよ!」
すると、ポポロが一瞬遠い目になって言いました。
「闇の障壁よ! 行く手を壁みたいにふさいで──」
そのことばが終わらないうちに、何もなかった空から二本の腕が伸びてきました。ほっそりした女性の手ですが、指の先には黒くて鋭い爪が伸びています。
あっと一同が思ったときには、腕はポポロを捕まえていました。そのまま花鳥の上からさらって空高く持ち上げていきます。
「ポポロ!!」
フルートたちはあわてて後を追いましたが、すぐにまた進めなくなりました。そこにも見えない障壁があったのです。
彼らが見上げる上空で、二本の腕はポポロを抱きかかえたイベンセに変わっていきました──。