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第28巻「闇の竜の戦い」

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143.緊急

 勇者の一行は、ぎょっとしました。

 レオンの声と一緒に聞こえてきたのは、紛れもなく戦闘の音です。

「ハルマスが襲われてるのか!?」

「誰にだよ!?」

「大丈夫かい!?」

 フルートたちが口々に尋ねたことばで、他の人々も緊急事態を知りました。

「何故ハルマスが!? 私たちはこちらにいるのに!」

「我々が不在だからだ! その隙に我々の基地をたたこうとしているのだ!」

 とセシルとオリバンも顔色を変えます。

 フルートたちが尋ね続けていると、ようやくまたレオンから返事がありました。

「闇の怪物だ──すごい数──いくら倒しても──」

 レオン自身が激しく戦っているようで、ことばは相変わらず切れ切れでした。と、レオンの叫び声が一行の耳を打ちました。

「マロ先生!!」

 それきりレオンの声は聞こえなくなってしまいます。

 一行は青ざめた顔を見合わせました。

「やべぇぞ。ハルマスがやられてる!」

「あっちには天空軍も妖怪軍団も、竜子帝の飛竜部隊もいるのよ! 湖には渦王の軍勢もいるわ! それでもやられてるって、どういうことよ!?」

「闇の怪物の大軍だって言ってたよね。ってことは──」

「ワン、きっとイベンセですよ! イベンセだけはこっちにいなかったんだから!」

 それを聞いてキースが言いました。

「イベンセがハルマスを襲撃しているなら、光の軍勢も苦戦しているぞ。なにしろイベンセは相手の魔力を吸い取って自分の力にできるからな。闇の力でも光の力でも関係なしなんだ」

「わかるわ。レオンもそれに一度やられたんだもの……!」

 とポポロが応えます。

 するとフルートが言いました。

「ポチ、ルル、変身だ! ハルマスに行くぞ!」

「そなたたちは激戦を終えたばかりだ。城の魔法軍団を連れていきなさい」

 とロムド王が心配して言いましたが、フルートは首を振りました。

「それじゃ間に合いません。一刻も早く駆けつけないと──。行くぞ、みんな!」

 おう! と一行は応えると、風の犬と花鳥に飛び乗って通路の大穴から外へ出ていきました。南のハルマスへまっしぐらに飛んでいきます。

 

 オリバンもセシルに言いました。

「我々も行くぞ! 部隊を再編する! あなたも女騎士団を率いていけ!」

「わかった!」

 二人が通路の階段を駆け下りていきます。

 ところが、ユギルがその後を追いかけようとすると、ロムド王に引き留められました。

「少し待て、ユギル──。城から魔法軍団をハルマスに派遣するのは、是か非か?」

 ユギルは一瞬で占者の顔になると、遠いまなざしで答えました。

「占盤がないので詳しくは占えませんが、その必要はないと存じます。城の魔法使いを送り込んでも、事態は変わりません」

「陛下、敵はディーラから撤退しましたが、城も城下も敵にひどくやられております。こちらにも魔法使いの支援は必要です」

 とトウガリが現実的な提言をします。

 ロムド王は口惜しそうな表情になると、ユギルへまた尋ねました。

「もうひとつだけ聞かせよ。死の影は──オリバンとフルートに出ていた死の予兆はどうなった?」

 占者は一瞬とまどい、すぐにまた冷静な占者の顔に変わって言いました。

「死の影は殿下からは離れました。戦の予兆はまだ続いておりますが、殿下が命を落とすような事態はまぬがれたと存じます。ただ、勇者殿にはまだ死の影がつきまとい続けております」

「それに対して、我々にできることは何もないのか?」

 とロムド王が食い下がると、ユギルはふわりとその前にひざまずきました。胸に片手を当てて言います。

「そのためにわたくしが参ります、陛下。全力で勇者殿を運命からお守りいたします」

「わかった。頼むぞ」

 とロムド王はうなずきました。ユギルは一礼してオリバンたちの後を追っていきました。後にはロムド王とメノア王妃、トウガリ、キースとゾとヨが残されます。そのまわりには親衛隊員もいます。

 

 すると、ゾとヨがキースの服や髪を引っ張って言いました。

「キース、オレたちは行かないのかヨ?」

「闇の怪物がいっぱいいるって言ってたゾ。キースなら一発で倒せるんだゾ」

 キースは顔をしかめました。

「無茶言うな。闇王が送り込んでいる怪物なんだぞ。こっちが向こうに取り込まれたらどうするつもりだ。それより、おまえたちは猿なんだから、人のことばでしゃべるんじゃない──って、もう遅いか」

 通路の人々は、王妃も親衛隊員も、まじまじと彼らを見ていました。キースやゾやヨは闇の姿も見られています。彼らから記憶を消そうにも人数が多すぎました。キースは弱って、人差し指で頬をかきました。この状況をどうすればいいのかわかりません。

 すると、ロムド王が穏やかに言いました。

「案ずることはない、キース。そなたが我々を守るために活躍してくれたことは、全員が知っている。そなたたちは我々の友だ。友をそしるような薄情者は、わしの家臣ではない」

 それは彼らの正体を知らなかった親衛隊員たちに言っていることばでした。親衛隊員はたちまちぴりっと緊張すると、居ずまいを正して応えました。

「もちろんです、陛下。我々は陛下が信頼なさる方を心から信頼いたします」

 そこへ黒い鷹のグーリーが壁の穴から飛び戻ってきました。グーリーは再び敵に支配されることを恐れて、自分から城の外の偵察に出ていたのでした。キースの腕にとまると、ピィピィと鳴いて報告をします。

「そうか。敵はみんな都の外へ逃げ出したり、こちらの捕虜になったりしたんだね。それならディーラはもう大丈夫だ」

 とキースがうなずきます。

 親衛隊員はグーリーが黒いグリフィンに変身したところも、通路で暴れて彼らを襲ったことも覚えていたので、思わず後ずさりかけましたが、ロムド王が動じることなく立っているのを見て、すぐにまた姿勢を正しました。自分たちの王が信じる相手は自分たちも信頼することを、態度で示します。

「私たちを守ってくださってありがとう、キース」

 とメノア王妃が笑顔で感謝したので、安心感はさらに広がりました。事情もキースたちの正体も知らなかったのに、絶対の信頼で笑顔を向けることができる王妃は、やはり天使のような女性でした。キースは照れてまた頬をかきます。

 都での戦闘は終了しようとしていました。残る戦場はハルマスです。

「無事でおれよ」

 ロムド王は勇者の一行を案じて、そっとつぶやきました──。

2022年7月26日
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