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第28巻「闇の竜の戦い」

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第49章 撤退

142.撤退

 サータマン王が死に、セイロスも撃退されて、ようやく執務室での戦闘は終了しました。

 結界が消えると扉が開き、通路からキースとトウガリが飛び込んできました。その後ろから親衛隊員に守られながら、ロムド王とリーンズ宰相とメノア王妃も入ってきます。

 キースの肩に乗っていたゾとヨが床に飛び降りて言いました。

「おどろがいなくなってるゾ。闇の気配も消えたんだゾ」

「でも、王様の部屋がすごいことになってるヨ。壁も壊れてるし床も抜けそうなんだヨ」

 と部屋の惨状に目を丸くします。

 キースはオリバンたちに駆け寄りました。

「大丈夫だったかい? おどろだけじゃなく、部屋にセイロスが現れていたんだろう? 扉越しにものすごい気配が伝わってきて、ぼくもゾとヨも一時変身が解けてしまったんだ。よく無事だったな」

「彼らのおかげでな」

 とオリバンはフルートとポポロを示しました。大泣きしていたポポロは、フルートの腕の中でようやく泣きやみかけていました。そんな二人を勇者の仲間たちが囲んでいます。

 すると、ユギルがロムド王の前に進み出て膝をつきました。金と青の色違いの目でまっすぐ王を見上げて言います。

「陛下、サータマン王が死亡したことをただちにお知らせください。城下ではまだ戦闘が続いております。敵の総大将のサータマン王が敗れたことを知らしめて、一刻も早く敵から都を守らねばなりません」

 うむ、とロムド王がうなずくと、リーンズ宰相が床に落ちている防具を見つけて言いました。

「あれはサータマン王のものでしょうか? サータマン王が死んだと口で言っても、敵はなかなか信用しないかもしれません。あれを示して見せてはいかがでしょう?」

「それは名案だな。よし、私がやろう」

 とオリバンは言って、さっそく落ちていた籠手やすね当てを拾い上げました。残念ながら兜はフルートの剣に切られて燃えてしまいましたが、残った防具も金に宝石をちりばめたきらびやかなものだったので、掲げてみせればサータマン王の物と信用してもらえそうでした。

「ごめん、オリバン……本当はぼくがやる仕事なんだろうけど」

 とフルートが言いました。こちら側の総大将はフルートですが、消耗が激しすぎて身動きできません。

「なに、私だって皇太子だ。私が言ってもそれなりに皆から信用してもらえるだろう」

 とオリバンは言いました。冗談ではなく本気のことばです。

 セシルは思わず肩をすくめると、謙虚すぎる婚約者へ言いました。

「皆に呼びかけるなら城の正門の上からがいい。管狐に運んでもらおう」

 と小狐を三匹だけ呼び出して、普段よりひとまわり小さな狐に合体させると、サータマン王の防具を載せ、自分たちも背中に飛び乗ります。

 すると、何やらひとりごとのように話していた枯葉色の魔法使いが言いました。

「深緑の隊長とようやく連絡がつきました。赤の隊長も今、正門に向かったそうです」

 サータマン王やセイロスがいなくなったので、やっと魔法使い同士の心話も通じるようになったのです。

「赤の魔法使いが私の声を広げてくれるのだな。よし、行こう」

 とオリバンは言い、管狐は走り出しました。オリバンとセシルを乗せたまま、執務室の出口をすり抜け、通路の壁に空いた大穴から外へ飛び出していきます。

「後のことは殿下たちにお任せして大丈夫でございます。まもなく敵は城下から撤退して、戦闘は終了いたします」

 とユギルが厳かに予言したので、部屋の全員が安心します──。

 

 そこへ大勢の足音が近づいてきて、兵士の集団が部屋に飛び込んできました。ゴーリスに率いられたロムド正規軍の兵士でした。防衛のために西の街道に出動したのですが、敵が街道を避けてディーラへ向かったと知り、さらに空飛ぶ象が都を襲撃していると聞いて、大急ぎで引き返してきたのです。

 ゴーリスは兜の面おおいを押し上げて執務室を見回し、主君たちが親衛隊に守られているのを見つけて駆けつけました。ひざまずいて言います。

「ご無事でなによりでした、陛下、王妃様、宰相殿──! 都が襲撃されていると知って大至急戻ってまいりましたが、間に合わないのではないかと生きた心地がいたしませんでした。本当に良かった──」

 ゴーリスは話しながらぜいぜいと息を切らしていました。本当に全速力で王都まで駆け戻り、さらに城下を襲っている敵も蹴散らして駆けつけてきたのです。

「大義だった、ゴーラントス卿。サータマン王が闇の力を得て城を襲撃してきたが、彼らが駆けつけて守ってくれたのだ」

 とロムド王は勇者の一行を示しました。ゼンやメール、犬たちは立っていますが、フルートはまだ座り込んでポポロを抱いていたので、ゴーリスは顔色を変えました。

「大丈夫か? 怪我をしたのか?」

 と駆け寄ります。

「大丈夫だよ……ちょっと力を使い過ぎただけだから」

 とフルートは答えましたが、やっぱりまだ立ち上がることはできませんでした。そんなフルートを、今はもう泣きやんだポポロが心配そうに見上げています。平気そうに見せていても、フルートは時々顔をしかめていました。体の中の痛みが、まだ断続的に続いているのです。仲間たちも心配そうに見守り続けています。

 ユギルがまた言いました。

「潮が引くように、城下から戦いの気配が引いております。殿下がサータマン王の死去を知らしめたために、敵が撤退を始めております。皆様方はしばし休養をとるのがよろしいかと存じます。陛下も王妃様も、勇者殿たちも──。後の始末は頼んで、どうぞお休みくださいませ」

「執務室はすぐに修理いたしますので、ご安心ください」

 とリーンズ宰相が言って、本当にすぐに修理の手配に走っていったので、ユギルは首をかしげました。

「宰相殿も大変な目に遭われたのですからお休みください、と申し上げようとしたのですが……」

「城をこの状態にしたままで休めと言われるほうが、リーンズには負担なのだ。好きにさせておけ」

 とロムド王は言って、ようやく笑顔になりました。サータマン王の襲撃から命がけで自分を守ろうとした王妃を、そっと優しく抱き寄せます。

 そんな二人の姿をトウガリがひざまずいて見守っていました。姿形は道化でも、忠実な騎士のようなトウガリです。

 

 すると、フルートが座り込んだままでまた言いました。

「ゴーリス、ジュリアさんたちは城下の屋敷にいるんだろう? 行かなくて大丈夫なの?」

 ゴーリスはたちまち顔をしかめました。

「馬鹿もん。それはこんなところでする話じゃない」

 王の御前だぞ、という意味だったのですが、仲間たちも口々に言い始めました。

「え、なにさ。ゴーリスったらジュリアさんたちの無事も確かめないで、お城に駆けつけてきたわけ!?」

「どうしてだよ。ゴーリスの屋敷なら城に来る途中なんだから、ちょっと立ち寄ればすぐ確かめられたじゃねえか!」

「屋敷にはジュリアさんだけじゃなく、ミーナも赤ちゃんもいるんでしょう!?」

「ワン、そうですよ。赤ちゃんは先月生まれたばかりですよね。ゴーリスだって、本当はすごく心配してるのに」

 勇者の一行がゴーリスを責め立てるので、キースが苦笑しながら割って入りました。

「大人には大人の責任ってのがあるんだよ。どんなに心配でも、優先しなくちゃいけない人や場所があったりするんだからね──。大丈夫。今、アリアンに確認してもらったら、ゴーラントス卿の屋敷には鍛冶屋の長のピランさんたちが駆けつけているらしい。ゴーラントス卿のご家族も、屋敷に避難した人も、みんな無事でいるようだよ」

「それはよかった」

 とゴーリスより先に安堵したのはロムド王でした。家臣思いの王に、ゴーリスが改めてひざまずいて頭を下げます──。

 

 宰相に命じられた下男たちが駆けつけて、執務室の後片付けを始めたので、一同は通路に出ました。フルートもようやく体の痛みが治まったので、立ち上がって一緒に外に出ます。通路も壁が大きく壊れて戦いの痕があちこちに残っていましたが、こちらにも間もなく職人が来るはずでした。

 ロムド王は一同に言いました。

「ユギルの言うとおり、各々ひと休みすることとしよう。その後、夕方から会議室で今回の件の報告と話し合いをする。勇者たちにもぜひ参加してもらいたい」

 それは、勇者の一行にもこのままロムド城で休んでほしい、という意味でしたが、フルートは首を振りました。

「申し訳ありませんが、ぼくたちはハルマスに戻ります。明日にならお城での会議にも参加できますが、今日は──。ポポロが魔法を使い切ってしまったんです」

 敵からメノア王妃やフルートを守るために、ポポロは今日の魔法を二回とも使ってしまったのです。

「もしここにまたセイロスが襲ってきたら、防ぐ方法がありません。でも、ハルマスなら天空の国の魔法軍団もヒムカシの妖怪軍団も、ミコンの大司祭長や武僧軍団もいます。いくらセイロスでも簡単には手出しできないんです。明日の朝ポポロの魔法が回復したら、また来ますから」

 すると、通路の大穴から管狐に乗ったオリバンとセシルが戻ってきました。オリバンが管狐から降りて言います。

「父上、サータマン王が敗れたことを宣言したところ、敵が城下から撤退し始めたので、追撃を命じてまいりました。空飛ぶ戦象はユラサイからの飛竜に追い落とされて、ほぼ全滅。敵は都の包囲を解いて西方へ退却を始めております」

「では、私もそちらに加わりましょう」

 とゴーリスが言ったので、ゼンたちは呆れました。

「なんだよ。やっぱりジュリアさんたちのところには行かねえのか?」

「いくら仕事だからって、薄情じゃないのさ!」

「ジュリアさんに恨まれて後で喧嘩になっても知らないから」

 ところがゴーリスは平然としていました。

「ジュリアはそんなことでは怒らん。俺にはできすぎな女房だからな。心配はいらん」

 と言うと、正規軍を率いてまた出発していきます。西へ逃げる敵を追撃するのです。

 すると、オリバンがフルートに言いました。

「先ほどの話、聞こえていたぞ。ハルマスに戻るつもりなのか? だが、今言ったとおり、状況は刻一刻と変化している。会議は今日中に開いたほうがいいだろう」

 でも……とフルートは渋りました。ロムド城には今、四大魔法使いをはじめとする魔法軍団がいるし、大勢の兵士もディーラを守っているのですが、その全員が力を合わせても、セイロスにはかなわないとわかっていたからです。せめてフルートが金の石の力を発揮できれば良いのですが、彼自身もかなり疲弊しているので、金の石を使うのはしばらく休まなくてはいけません。この状況でポポロをロムド城に置くのは、やはり心配でした。

 すると、そんなフルートの気持ちを察して、セシルが言いました。

「それならば、ハルマスからレオンに来てもらうのはどうだろう? 彼は天空の国の魔法使いだけれど、フルートたちが呼べばすぐ助けに来てくれるんだろう?」

「あ、それいいかも!」

 とメールが言うと、ルルもうなずきました。

「そうね。他の貴族は契約があるから、勝手にロムド城を守りには来れないけど、レオンなら大丈夫だわ」

「ワン、レオンの魔力は相当強いですしね」

 とポチも尻尾を振ります。

「俺もいい考えだと思うぞ。ハルマスに行く途中でセイロスに襲われたら、どうしようもねえもんな」

 とゼンも言ったので、フルートもとうとう納得しました。

「じゃあ、レオンに来てもらおう。えぇと、彼を呼ぶには……」

「どうやってもいいのよ。あたしを呼ぶときと同じ。呼びかければ、必ずレオンに聞こえるわ」

 とポポロに言われて、フルートは通路の穴に向かって呼ぶことにしました。レオンがビーラーに乗ってやってきたときに、そこからなら入りやすいと考えたのです。

「レオン、聞こえるかい? 君にロムド城に来てほしいんだけど──」

 ところが、いくら待っても返事がありませんでした。何度呼んでも、フルートの代わりにゼンやメールやポポロが呼んでも、答えがありません。

 一行は顔を見合わせてしまいました。

「どうしちゃったんだろ?」

「寝てて気がつかねえんじゃねえのか?」

「レオンくらいの魔法使いにそれはありえないわよ」

「ワン、じゃあどうしたんだろう……」

 フルートはとまどいながら、もう一度呼んでみました。前より声を張り上げます。

「レオン! レオン、聞こえるか!? 聞こえたら返事をしてくれ!」

 すると、本当にようやく返事がありました。勇者の一行の耳にレオンの声が聞こえてきます。

「──てる──! 今、手が離せない──!」

 切れ切れのことばと一緒に聞こえてきたのは、爆風のような魔法の音と、激しくぶつかり合う剣の音でした──。

2022年7月25日
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