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第28巻「闇の竜の戦い」

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141.拒絶

 サータマン王が消滅しても、全員はしばらく息を詰めて見守っていました。サータマン王がしぶとくまた復活してくるのではないかと用心したのです。

 けれども、サータマン王は二度と姿を現しませんでした。全員がほっと肩の力を抜きます。

 すると、フルートが倒れそうになりました。そばにいたオリバンがとっさに腕をつかんで支えます。

「大丈夫か!?」

 フルートは顔を歪めて脂汗を流していました。声も出せない状態でしたが、身振りで座らせてくれ、とオリバンに頼み、その場に座り込むと自分の体を抱いて膝に突っ伏しました。願い石の力に体の中を焼かれた痛みは、まだ続いていたのです。

「ったく、無茶しやがって」

 駆け寄ろうとしていたゼンが、立ち止まってつぶやきました。この状態のフルートには何もできることがなかったのです。時間がたって苦痛が過ぎるのを待つしかありません。

 フルートに触れればそれだけ痛みが増すので、メールやポチやルルも心配しながら見守るしかありませんでした。ポポロは顔をおおって泣き出しています。

 オリバンはうずくまっているフルートの前に膝をつき、身をかがめて言いました。

「感謝するぞ、フルート。おかげで私もセシルも助かった」

 そんなこと、とフルートは応えたようでしたが、ことばは声にはなりませんでした。激しい痛みはまだ続いているようです。

 

「それにしても、ひどい有様になっちゃったね」

 とメールは部屋を見回して言いました。

 ゼンが壁をぶち抜いたので、執務室は隣の部屋とひとつながりになり、壁はあちこち溶かされ、床も板が溶かされて土台の材木がむき出しになっていました。家具や調度品は嵐が通り過ぎた後のようにすべてひっくり返って壊れています。

 ゼンが肩をすくめました。

「部屋なんて直しゃいいんだから問題ねえだろう。ロムド王もフルートもオリバンも無事だったんだから、それでいいんだよ」

 確かに、それが一番重要なことでした。部屋の中の全員が、ようやく本当に安心し始めます。

 床に落ちたサータマン王の服や防具を眺めて、ポチが言いました。

「ワン、あのトンネルはどこまで続いていたのかなぁ。セイロスはそこに潜伏していたんだろうけど」

「サータマン王の体を通じて魔力を使うだなんて、考えたわよね。おかげで天空の貴族たちも妖怪軍団も手出しできなかったんですもの」

 とルルも言いました。決してセイロスを褒めているわけではありません。

 ずっと何かを確かめるように周囲を見回していたユギルが、やっと少し安心した様子になりました。

「陛下たちが通路で心配していらっしゃいます。扉を開けてください」

 と親衛隊員に言います。執務室の扉は激戦の間にいつのまにか閉じてしまっていたのです。

 ひとりの親衛隊員がさっそく出口へ向かいました。他の親衛隊員も素早く走っていって扉の両脇に整列します。部屋の中が惨憺(さんたん)たる有様でも、国王を出迎える礼儀を尽くそうとしたのです。最初の隊員が扉の取っ手に手をかけます。

 が。

 扉が開きませんでした。押しても引いても、扉はびくともしません。

「鍵がかかっちまったのか?」

 とゼンが尋ねると、親衛隊員たちはいっせいに首を振りました。

「そんなはずはありません」

「これは鍵のない扉です──」

 

 とたんにルルが全身の毛を逆立て、ポポロが泣き顔を上げました。

 二人の声が響きます。

「あそこ!」

「みんな離れて!」

 いきなりすさまじい闇の気配が湧き上がってきたのです。

 ルルが毛を逆立てて見ていたのは、床に落ちたサータマン王の服でした。きらびやかな布が渦巻きながらねじれ、下へ吸い込まれていきます──。

 吸い込まれて消えた服の後に現れたのは、床にぽっかり空いた穴でした。サータマン王の上着の胸があったあたりの場所です。

「隧道(すいどう)の魔法!」

 とフルートとオリバンは叫びました。サータマン王は消滅しても、セイロスに続くトンネルはまだ残っていたのです。穴の中からせり上がるようにセイロスが姿を現し、部屋の中に踏み出してきます。

 すると、全員が急に動けなくなってしまいました。

 部屋の中を禍々しい空気が充たしていきます。その邪悪さが黒い影のように漂って人々に絡みつき、動きを封じてしまったのです。親衛隊員はもちろん、オリバンとセシルも、ゼンやメールたちも、枯葉色の魔法使いやユギルさえも動くことができなくなります。

 そんな中、フルートだけは邪悪な影に囚われていませんでした。今まで痛みに苦しんでいたことも忘れたように跳ね起き、首からペンダントを外してセイロスへ走ります。金の石をセイロスへ押し当てようとしたのです。

 セイロスは手に闇の大剣を持っていました。迫ってくるフルートへ振り下ろします。

 フルートはよけずに左腕を上げました。籠手に取り付けられた細い盾で大剣を受け止め、受け流してさらに走ります。セイロスはもう目の前でした。鎧の赤い血管のような模様を避けて、うろこにおおわれた部分へペンダントを押し当てます。

「光れ、金の石!!!」

 聖なる石が金色の光を黒い鎧へ流します──。

 けれども、それはほんの一瞬でした。たちまち金の石は光るのをやめ、フルートもその場に膝をついてしまいました。フルートはもう限界だったのです。願い石も現れなかったので、デビルドラゴンを消し去るほどの光を発することができません。

 フルートはペンダントを握った手を床について激しくあえぎました。立ち上がろうとしますが、体が言うことをききません。

 ふん、とセイロスが笑いました。

「サータマン王をけしかければ、貴様が仲間を守ろうとして力を使い果たすのはわかっていた。これで決まりだ。さっさと黄泉の門へ下れ」

 黒い刃が振り上げられ、フルートへ振り下ろされます──。

 

「レドモセエカ!!」

 呪文の声が響いて、セイロスの手から剣が吹き飛びました。同時に部屋中に激しい風が巻き起こって穴へ吸い込まれていきます。

 魔法を使ったのはポポロでした。赤いお下げ髪と黒い星空の衣を風にはためかせ、まっすぐ伸ばした手をセイロスに突きつけています。緑の宝石の瞳は燃えるように輝きながらセイロスを見据えていました。全身から湧き上がる緑の魔法が奔流になって手の先から飛び、セイロスに絡みついていきます。

 魔法はセイロスを穴へ押し戻そうとしていました。セイロスが全身に力を込めると緑の魔法ははじけ飛びますが、すぐまた戻ってきて絡みつき、先よりもっと強力に穴へと引っ張ります。

 すると、セイロスの兜が急に上へ伸びて、鎌首を伸ばすドラゴンになりました。赤い瞳を光らせて牙をむき、黄色い毒の息を吐き出します。

 けれども、息はすぐにセイロスのほうへ戻って行きました。セイロスに毒は効きませんが、視界を奪われたセイロスが一瞬よろめきました。穴の寸前で踏みとどまると、頭を振って毒の霧を払い、ポポロをにらみつけます。

「あくまでも私に逆らうというか、エリーテ──」

 怒りに歪んだ口元から牙がのぞきます。

 そのとたん、うずくまっていたフルートが横なぎに剣を振りました。

「彼女はポポロだ! エリーテじゃない!」

 光炎の剣はセイロスの脚を切り払いました。黒い防具が火を噴き、反射的に飛び退いたセイロスがバランスを崩します。

 ポポロの魔法はまだ続いていました。セイロスを絡め取って穴へと押し倒し、さらに部屋中に巻き起こった風で押し戻していきます。

 やがて風は部屋の中の物を巻き込んで穴へ流れ込むようになりました。壊れた家具や調度品が次々吸い込まれていきます。ポチやルルも風に巻き込まれて吸い込まれそうになったので、メールがあわてて抱きかかえました。そんな彼女をゼンが抱いて抑えます。

 ポポロは魔法を使いながら泣き出していました。

「行って、行って──行ってしまって──!」

 それはもう呪文ではありませんでした。強い拒絶と嫌悪のことばです。

 ポポロの想いに応えるように、セイロスは穴の奥深くへ吸い込まれていきました。風の音が遠ざかり、穴が音もなく閉じていきます。

 

 部屋を漂っていた緑色の星と光が薄れていきました。ポポロの魔法が時間切れになったのです。床の穴はもう跡形もありませんでした。セイロスも押し戻されて消えました。

 その場にへたり込んだポポロに、フルートが体を引きずりながら近寄りました。震えている彼女を抱きしめます。

 すると、ポポロはまた泣き出しました。フルートにしがみつき、声を上げて泣きます。

 そんな彼女を強く抱きしめて、フルートは言いました。

「大丈夫、大丈夫だよ、ポポロ……ありがとう。怖い想いをさせてごめん」

 何を言っても、どんなときにも、最後にはやっぱり謝ってしまうフルートでした──。

2022年7月15日
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