おどろに変わったサータマン王は、ふくれあがった体の中にフルートとオリバンを呑み込みました。二人の姿が闇の泥の中に消えてしまいます。
「フルート!」
「オリバン!」
「勇者殿! 殿下!」
部屋の人々は真っ青になりました。
ゼンが光の矢を立て続けに発射しますが、矢は一部を消しただけでした。すぐに闇が湧き上がってきて穴をふさいでしまいます。サータマン王が変化したものでも、おどろはやっぱりしぶといのです。
「ワン、フルート、オリバン!」
「二人とも無事!?」
ポチとルルが呼びかけると、おどろの中からかすかに返事が聞こえてきました。
「……だ……だよ……」
フルートの声ですが、分厚い闇の泥にさえぎられて、内容が聞き取れません。
すると、ポポロが言いました。
「フルートもオリバンも無事よ。金の石が光で守ってくれているんですって」
一同は、ほっとして、すぐにまた緊張しました。おどろがサータマン王の声で話し出したのです。
「どこ──ドコだ、ロムド王。貴様を食ってヤル──」
同時におどろが体の一部を黒い触手のように伸ばし始めました。枯葉色の魔法使いが魔法を繰り出すと触手は消滅しますが、すぐにまた伸びてきてロムド王を捕らえようとします。
「陛下、メノア様、宰相殿、こちらへ!」
ユギルが不規則に見える触手の動きを先読みして、王たちを出口へ誘導しました。親衛隊員とトウガリが後ろを守り、さらに枯葉色の魔法使いが追ってくる触手を撃退します。
ついに出口にたどり着くと、ユギルは呼びかけました。
「キース殿、陛下たちをお願いいたします!」
とたんに出口の外の景色にさっと縦の切れ目が走って開き、キースが姿を現しました。景色のカーテンを押さえたまま言います。
「早く! 外に出てくれ!」
その足元から小猿のゾとヨが室内をのぞいて騒ぎました。
「あああ、あれはおどろなんだゾ!」
「ままま、まずいヨ! おどろはメチャクチャしつこいヨ! 食われるヨ!」
部屋の出口でロムド王は抵抗しました。オリバンたちが呑み込まれた状況を放って避難したくなかったのですが、死に物狂いの親衛隊員に引っ張られ、ユギルにも押されて、通路に飛び出しました。メノア王妃もトウガリと宰相に引かれて後に続きます。
「逃がすカ、ロムド王!」
おどろが後を追って触手を伸ばしてきたので、キースが切り払いました。キースが使っているのは普通のロングソードですが、闇の触手が切れて消滅します。
とたんに景色のカーテンがキースたちの前に下がってきました。キースが通路へ退いたのです。出口から見えるのは、また何事もないような通路の景色になってしまいます。
王たちを避難させられたので、部屋に残った人々は少しほっとしました。後に残ったユギルと枯葉色の魔法使いが出口から飛び退きます。
おどろになったサータマン王は、まだ仇敵の後を追っていました。
「待て、マテ、待テ、ロムド王──!!!」
調子外れな声でわめきながら触手を飛ばし、通路をふさぐ結界に激突して押し戻されます。
「さて、今度はこいつからフルートとオリバンを助け出す番だな」
とゼンが弓矢を構えて言いました。光の矢はおどろに有効ですが、一部分しか消せないので悩んでしまいます。
メールも花虎の唸り声を聞きながら考えてしまいました。おどろはほんの少し残っているだけでも、そこから再生してきます。星の花を全部使っておどろを攻撃しても、完全に消滅させることができなかったら、こちらの負けになってしまうのです。
「ワン、風で散らしてもすぐまた戻るしなぁ」
「風の刃で切り裂いても、すぐに元通りよ」
と犬たちも攻めあぐねています。
「白の隊長や青の隊長であれば消滅させられるのでしょうが……」
枯葉色の魔法使いが悔しそうに唇をかみました。彼は光の魔法使いですが、白の魔法使いや青の魔法使いのような聖職者ではなかったので、闇のものを消し去る力があまり強くなかったのです。
それを聞いてポポロが口を開こうとすると、とたんにユギルに制されました。
「なりません、ポポロ様。あなたの魔法はあとひとつだけです。それを使ってしまえば、敵が襲ってまいります」
ポポロは顔色を変え、メールがポポロの手を押さえました。
部屋に残った親衛隊員たちも、おどろへ剣を向けたまま攻められずにいます。
本当に、この状況を打開する方法が見つかりません──。
すると、おどろがまたサータマン王の声で話し出しました。
「許サんぞ、ロムド王……貴様のモノはすベテわしが食らってヤル。家来モ城もナニもかモ……!!」
それと同時におどろの体が急激にふくれ始めました。黒い泥があっというまに天井に達してシャンデリアを溶かし、さらに横にもふくれあがって部屋の人々に迫ってきます。
「皆様方、こちらへ!」
枯葉色の魔法使いが障壁を張って呼びました。ゼンが光の矢を放って闇の泥を消し、人々の避難路を確保します。全員が障壁の陰に入りましたが、おどろがどんどんふくれ続けるので、部屋の一角へと押し込められていきました。魔法使いの障壁でも止められない勢いです。
彼らの背後には隣の部屋に続く扉がありました。セシルが押したり引いたりしますが、扉はまったく開きませんでした。親衛隊員たちが数人がかりで体当たりしますが、やはり扉は開きません。通路への出口が結界でふさがれているように、隣の部屋へ続く扉も魔法で閉じられていたのです。
その間も障壁に貼り付いたおどろがぐんぐん迫っていました。彼らを押し潰そうとします。
「替われ!」
とゼンが言って親衛隊員を追い払いました。閉じたままびくともしない扉ではなく、その横の壁に思い切り回し蹴りを食らわします。
とたんに壁が音を立てて壊れて、向こうの部屋へ倒れていきました。開かない扉も一緒です。執務室と奥の部屋がひとつにつながります。
彼らは奥の部屋へと待避しましたが、おどろはふくれるのをやめませんでした。壊れた壁を乗り越えて、さらに押し寄せてきます。おどろが触れたものはなにもかも溶けていきました。倒れた壁も机やテーブルも絨毯やタペストリーも、おどろが呑み込んでいきます。
「ちくしょう。もうすぐ床も抜いちまいそうだぞ」
とゼンが唸りました。そうなればおどろは下の階へ落ちて、さらにそこで周囲を巻き込みながらふくれあがるに違いありません。
ポポロが泣きそうになりながら呼びかけました。
「フルート、このままじゃロムド城がおどろに呑み込まれちゃうわ! どうしたらいいの!?」
巨大なおどろの中からもうフルートの声は聞こえてきませんでしたが、ポポロにだけは返事が聞こえていました。えっ? と驚いた声をあげてから、仲間たちへ言います。
「もう少しだけがんばれって、フルートが……! 中でオリバンと一緒にサータマン王と戦っているからって」
「サータマン王と?」
意味がよくわからなくて、一同は思わず聞き返してしまいました──。