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第28巻「闇の竜の戦い」

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138.トンネル・3

 セイロスはサータマン王の体に広がったトンネルの中に立っていました。

 フルートの呼びかけにも動こうとはしません。剣を手に身構えるフルートと、距離を置いて向き合っています。

「なんだ、怖じ気づいたのかよ、セイロス!」

 ゼンが挑発のことばと一緒に光の矢を放ちました。

 矢はトンネルの中をまっすぐセイロスへ飛びますが、途中でいきなり砕けて消えてしまいました。見えない壁があったのです。

「あそこが障壁か」

 とフルートはつぶやきました。なんとかしてセイロスを障壁のこちら側に引っ張り出さなければ、金の石を押し当てることができません。

 すると、セイロスはフルートからポポロに目を移して言いました。

「私の元へ来い、エリーテ」

 強烈な命令でした。ポポロが花の絨毯の上でびくりと身をすくませ、それを守るようにメールが前に出ます。

「彼女はエリーテじゃない! ポポロだ!」

 とフルートは叫んでトンネルに駆け込みました。セイロスの前の障壁を光炎の剣で切り裂こうとします──。

 

 とたんにフルートは強い力で引き戻されました。トンネルから後ろ向きで引っ張り出されます。

 バクン!

 巨大な口を閉じるような音を立てて、トンネルがいきなり潰れました。

「馬鹿者! 挑発にのってどうする!? 頭を冷やせ!」

 とフルートを引き戻した人物がどなりました。いぶし銀の防具のオリバンです。その横には白い防具のセシルや灰色の長衣のユギルもいます。全員が息を切らしています。

 彼らの前にはサータマン王の体が戻ってきていました。貧相な胸から腹にかけては服が裂け、伸びきった皮膚が折り重なった布のように垂れ下がっているのに、手足の防具や兜はきらびやかなままなのが違和感です。

 サータマン王自身は口から泡を吹いて白目をむいていました。伸びた皮膚に支えられて、座り込むような格好で失神しています。

「オリバン……」

 とフルートは言って、やっと我に返りました。セイロスにポポロをエリーテと呼ばれて、頭に血が上ってしまったのです。危なくサータマン王のトンネルに押し潰されるところでした。

 振り向くと、ポポロは花の絨毯の上で震えていました。メールがそれを抱きしめて守り、周囲では戦闘態勢になった花たちがざわめいています。

「城下に敵がいたから、ここにたどり着くのに時間がかかったんだ。間に合って良かった──」

 とセシルが肩で息をしながら言いました。

 フルートたちとオリバンたちは一緒に王都にたどり着いたのですが、風の犬で一気に城へ飛んだフルートたちと違って、オリバンたちは城下町を駆け抜けるしかなく、敵に襲われている住人を見殺しにすることもできなかったので、手間取ってしまったのです。

「サータマン王を取り押さえてください」

 とユギルが言ったので、親衛隊員はサータマン王へ殺到して縛り上げました。また大蜘蛛に変身して逃げられては大変なので、枯葉色の魔法使いが魔法でさらに拘束します。

 

 やっと全員が少しほっとしたところで、ロムド王がメールに言いました。

「もう大丈夫だろう。わしたちを下ろしてくれ」

 そこで、メールは花の絨毯を床に下ろしました。絨毯は床に触れたとたん青と白の星の花になってメールの後ろへ飛び、花虎に戻って腰を下ろします。

 床に降り立ったとたん、メノア王妃がよろめきました。部屋で繰り広げられた激戦に、何度も気を失いそうになっていたのです。道化姿のトウガリが、あわててそれを支えます。

 ロムド王はフルートたちのところへ歩いてきました。

「我々を助けてくれたことを感謝する、勇者たち。オリバンも、よくぞ勇者を守った。──ユギル!」

 王の声がいきなり厳しくなったので、部屋の人々は驚きました。滅多に聞くことがない、ロムド王の怒りの声です。全員が注目する中、銀髪の占者は王の前に進み出てひざまずき、頭を下げました。王の怒りの理由を承知しているのです。

「何故ここへ来た!? そなたは──そなたたちはハルマスを守らねばならないのだぞ!」

「陛下」

 とユギルは顔を上げて呼びかけました。

「ことばを選ぶ必要はございません。勇者殿も殿下もすでに、わたくしの占いの結果をご承知でございます」

 なに!? とロムド王は驚き、リーンズ宰相も顔色を変えました。思わずフルートやオリバンを見てしまいます。

 フルートは静かに言いました。

「はい、陛下に死兆が出ていることも、陛下を助けに来ようとすると、ぼくやオリバンが死ぬという予言が出ていることも、わかっています。でも、予言は必ずそのとおりになるわけじゃありません。今までだって、ぼくには何度も死ぬ予言が出ましたが、こうしてまだ生きていますから。ぼくたちは陛下やディーラを助けに来たかったんです。自分たちの命を大事にして陛下や王都を見殺しにすることはできませんでした」

 すると、オリバンも言いました。

「父上、父上は以前、占者は起きてはならない事態を回避して、物事を健やかな方向へ導くために存在してるのだ、とおっしゃいました。ユギルはそのとおりのことをしたのです。悪しき予言が出た場合には、それを回避する手段を探して努力するだけのことです。私もフルートも死ぬことはありませんし、父上やディーラも守られます。ユギルは一番占者の務めを果たしているのです」

 だからユギルを叱らないでください、と言外に訴えているフルートとオリバンを、ロムド王は見つめてしまいました。ユギルはただ王の足元にひざまずいて頭を垂れています。

 王がことばに迷っていると、宰相が進み出てきました。フルートとオリバン、そしてユギルへ深々と頭を下げて言います。

「陛下をお守りくださったこと、私からも感謝いたします。陛下はこれからも世界に必要なお方です。今ここで亡くなってはいけないのです」

「何を今さら。当然のことではないか」

 とオリバンが応えて言ったときでした。

 うなだれていたユギルがいきなり顔を上げて叫びました。

「お避けください、陛下!」

 言うのと同時に跳ね起きてロムド王をかばいます。

 その背後に黒いものがどさりと落ちました。はためいたユギルの長衣をかすめてフードを一瞬で溶かします。

 

 黒いものは縛られたサータマン王まで続いていました。伸びきった腹の皮が黒く溶け出して周囲に広がっています。

 思わずぎょっとした一同の前で、サータマン王が顔を上げました。いつの間にか目を覚ましていたのです。

「許さん。貴様が世界に必要な男だと? それはこのわしのことだ。貴様など、わしが食らってやる──!」

 呪詛(じゅそ)のことばと共にサータマン王の体が一気に崩れ落ちました。どろりとした黒い液体のようになって、縛っていた縄を溶かし、魔法の戒めをすり抜けます。

「おどろ!!」

 とフルートたちは叫びました。サータマン王の体は人の姿を完全に失って、闇の泥になってしまったのです。

「ワン、とうとう闇に食われたんだ!」

「だから言ったじゃない! 馬鹿な人!」

「こんちくしょう!」

 ポチとルルが唸りながら飛びかかり、ゼンが光の矢を放ちましたが、おどろになったサータマン王はかわして天井に飛びつきました。大蜘蛛だったときよりさらに速く移動して、ユギルにかばわれているロムド王に飛びかかります。あまり素早いので、二人は避けることができません──。

 そこへフルートとオリバンが飛び込みました。光炎の剣と聖なる剣でおどろに切りつけます。

 おどろは一瞬で飛び退き、床に落ちて不規則に揺らめきました。黒い泥になった体の奥から、サータマン王の声がします。

「食う──食う──食ってやル。あの男のモノは、国も城モ家来もイノチも、何もカモわしが食らイ尽くスのだ──!!」

 すでに正気を失っている声でした。部屋の真ん中で黒い泥が大きくふくれあがっていきます。

「させん!」

 オリバンが剣を構えて駆け出しました。フルートも続きます。

「いけません、殿下! 勇者殿!」

 ユギルがまた叫びました。

「フルート!!」

 と仲間たちも叫びます。

 全員が見ている目の前で、ふくれあがったおどろの体がどっと崩れて、オリバンとフルートを呑み込んでしまいました──。

2022年7月9日
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