サータマン王は前脚にフルートを突き刺したまま床に落ちてきました。後脚で立ちあがって、これ見よがしにフルートをロムド王へ差し上げます。
「見たか!! 貴様の子飼いの小僧をついに殺してやったぞ!!」
あまりのことに人々は何も言うことができません。
けれども、ゼンと犬たちだけは違いました。
「フルートを取り返せ!」
とゼンが走り出し、ルルが風の犬になって舞い上がりました。風の刃でサータマン王の前脚を切ったので、脚がフルートごと落ちてきます。
ポチがフルートを風に巻き込んで軟着陸させ、ゼンはその前に立ちました。その瞬間サータマン王から黒い攻撃魔法が飛んできますが、ゼンの前で砕けて散ります。
とたんに、ぴしっと音を立ててゼンの胸当てにひびが走りました。
ゼンは、一瞬ぎょっとしましたが、ポチの声で我に返りました。
「ワン、しっかり! しっかりしてください、フルート!」
「まさか本当にやられてなんていないわよね!? 目を開けてよ、フルート!」
とルルも犬に戻って呼んでいます。
ゼンは二匹を押しのけました。
「ちょっとどいてろ──そら!」
ゼンがフルートの胸に刺さったままの前脚を引き抜くと、傷口から鮮血が噴き出しました。血の雨がゼンや犬たちの上に降りかかったので、メールやポポロやメノア王妃が悲鳴を上げます。
けれども、惨状は一瞬でした。血はたちまち止まって傷がふさがり、フルートは目を開けて立ち上がりました。その首には金の石のペンダントが下がっています。
「ありがとう、ゼン。抜けなくて困ってたんだ」
「急所は外れてたからな」
とゼンは言ってから、ぐっとフルートに近づいて胸をこづきました。
「気をつけろ。鎧の防御力が落ちてきてるぞ」
とささやきます。
フルートは真顔で言い返しました。
「君もだ。胸当てが魔法を防ぎきれなくなってきてる」
ゼンは渋い顔になりました。自分が大怪我をしていたのに、どうしてこっちの状態まで気がつくんだ、と思ったのです。
そのとき、ポチとルルが叫びました。
「ワン、サータマン王がまた!」
「ロムド王を狙ってるわよ!」
黒蜘蛛のようなサータマン王が前脚を復活させて壁を駆け上がっていたのです。ロムド王が乗る花の絨毯へ迫ります。
「しつこいぞ、サータマン王!」
ゼンが弓を構えて射ましたが、飛んでいったのは光の矢ではなく白い矢羽根のエルフの矢でした。素早くかわしたサータマン王の後を追いかけ、背中から突き刺さってサータマン王を床に落とします。
そこへフルートが駆けつけました。
「あなたは身も心も闇の怪物になってしまった! もう人間じゃない!」
と剣を振り上げます。フルートが握っていたのは、闇のものを焼き尽くす光炎の剣でした。今度こそためらいなくサータマン王へ振り下ろします──。
けれども、サータマン王の前に黒い障壁が広がって、フルートの剣をはじき返しました。黒と金の火花が散って、フルートが押し返されます。
サータマン王はまた人間の姿に戻って立ち上がりました。
「わしを闇の怪物だと? 無礼者め! わしは偉大なるサータマンの国王だぞ! 世界の覇者となる男なのだ──!」
幾度切られても吹き飛ばされても、尊大な口調だけは健在でした。また服の前を開いて貧相な胸をあらわにすると、深い穴へ呼びかけます。
「早くこの連中を仕留めろ、セイロス! 何をぐずぐずしている!?」
すると、トンネルになった穴の向こうに、またセイロスの顔が現れました。相変わらず何の表情も浮かべないまま、当然のことのように言います。
「そちらへ行く。待っていろ」
それはサータマン王ではなく、穴ごしに向き合っているフルートへ言ったことばでした。フルートは大きく飛び退き、光炎の剣を握って身構えました。その傍らへゼンが走ってきて光の矢をつがえ、ポチとルルも風の犬の姿で飛んできます。
サータマン王の胸の穴がゆっくり広がり始めます──。
ところが。
すぐにサータマン王が苦しみ出しました。
顔を歪めて脂汗を流し、胸を押さえるようなしぐさをしながら唸っています。
何事かとフルートたちが見ていると、サータマン王自身も同じことを言いました。
「なんだ!? 何をしているのだ、セイロス──!?」
その間にも、王の胸の穴はじりじりと広がっていきました。やがて痩せ細った胸全体が穴になってしまいますが、それでも穴は広がり続けます。
サータマン王は穴を押し縮めるように胸を押さえてわめきました。
「よせ! 何をする!? それ以上やればわしは──!」
すると、穴の奥からセイロスが言いました。
「私はそちらへ行くと言ったぞ、サータマン王。静かにしていろ」
穴がますます広がっていきました。穴につられてサータマン王の胸も広がりますが、体はそれについていけないようでした。めりめりと王の体の中で骨がきしんで折れる音が響き、王が絶叫します。
「黙っていろ」
セイロスの命令にサータマン王は黙りました。声が出せなくなったのです。それでも穴が体を壊しながら広がっていくので、目をむき、悶絶の表情でじたばたします。サータマン王はその場所から移動することもできなくなっていたのです。
目の前で壊れていくサータマン王に、部屋の人々は思わず後ずさりました。
「セイロスなんかに味方してるといつか自分が食われるわよ、って言ったのよ──。案の定じゃない」
とルルが鼻にしわを寄せて言いましたが、サータマン王は何も答えませんでした。悶絶の表情であえぐ頭が広がった穴の向こう側に押しやられ、手足も穴の後ろへ行ってしまいます。
フルートたちの前にあるのは、人の背丈ほどにも広がった穴でした。暗いトンネルの奥から、ゆっくりセイロスが近づいてくるのが見えます──。
すると、フルートが隣のゼンにささやきました。
「チャンスだ。セイロスが出てきたら金の石を押し当てる」
近づくにつれて、セイロスの防具が見えるようになっていました。黒い鎧には赤い血管のような筋模様が走り、さらに漆黒のうろこがおおっています。兜は竜の頭部そっくりの形です。
セイロスの防具にはデビルドラゴンが同化しているし、さらに赤いフノラスドも取り込んでいるので、願い石で強化された金の石の光も効きません。けれども、セイロス自身が鎧兜と同化してしまっているので、セイロスに金の石を押し当てて聖なる光を流し込めば、セイロスを通じてデビルドラゴンも撃退できる──。それがフルートが考えた作戦だったのです。
フルートは低く身構え、セイロスから口元が見えないようにしながら、ごく低い声でポポロに話しかけました。
「これから例の作戦を実行する。いいね?」
セイロスに金の石を押し当てるためには、セイロスの動きを停める必要があります。それをポポロの魔法に頼む計画でした。
花の絨毯に乗ったポポロから、すぐに返事がありました。
「ええ、大丈夫。ロムド王をサータマン王から守るのに魔法をひとつ使ったけど、もうひとつ残ってるわ」
こちらも口の中でつぶやくようなごく低い声なので、周囲の人はポポロがしゃべっていることに気がつきませんでした。それでも、フルートには彼女の声がはっきり聞こえます。
穴はもう人の背丈より大きくなっていました。サータマン王の体は穴の向こう側に行ってしまって見えません。
セイロスが穴の出口のすぐ近くまでやってきました。全身黒ずくめの竜の装備が見えます。兜からのぞく顔は整っていますが、相変わらず無表情です。
フルートは剣を握り直して身構えました。ゼンは弓を引き絞り、犬たちは風の犬の姿でウゥゥーッと唸り声を上げます。
すると、セイロスが足を止めました。戦闘態勢をとるフルートたちを冷ややかに眺めます。
「出てこい、セイロス! ここで決着をつけてやる!」
光炎の剣を構えてフルートは言いました──。