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第28巻「闇の竜の戦い」

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第47章 トンネル

136.トンネル・1

 サータマン王の痩せた胸にぽっかりと口を開けるトンネル。

 その向こうにセイロスの顔が見えました。トンネルの中が暗いので白い顔だけが闇に浮かんでいます。セイロスの瞳は鮮やかな血の色です。

 フルートが、はっと身構えると、そこへサータマン王が手を振り下ろしてきました。サータマン王の右腕は黒い蜘蛛の脚に変わっていました。刃のように鋭い先端をフルートに突き刺そうとします。

「させるか!」

 ゼンが光の矢を放ちました。銀の矢が蜘蛛の脚を霧散させ、サータマン王が悲鳴を上げます。

 けれども、トンネルの向こうのセイロスは表情をまったく変えませんでした。フルートから後ろの仲間たちへ目を移し、ポポロに目を留めて言います。

「そこにいたな」

 無表情だった顔が急にどす黒い笑いに彩られたので、フルートは剣を強く握りました。

「来るぞ! ポポロを守れ!」

 と仲間たちへ言って剣を突き出しますが、切っ先はサータマン王の胸の穴を貫いただけでした。彼方にいるセイロスには届きません。

 すると、フルートの両肩が二つの手にがっしりとつかまれました。サータマン王がフルートを捕まえたのです。王の右腕は復活して人間に戻っていました。老人とは思えない怪力でフルートを押さえ込んで言います。

「さあやれ、セイロス! 小僧を骨も残さず消し去るのだ!」

 セイロスが片手を挙げたのが闇の中に見えました。トンネルの奥から黒い光の柱が飛び出してきます──。

 

 ドォン!!!

 黒い光と金の光が火花を散らして激突しました。

 部屋中が激しく揺れ、爆風が広がって調度品が倒れたり落ちたりします。

 サータマン王も吹き飛ばされて壁にたたきつけられていました。フルートは片腕を上げ、顔をそむけて爆風をやり過ごします。その傍らと背後には金の石と願い石の二人の精霊がいました。願い石の精霊はフルートの肩をつかんでいます。

 それを見てゼンがどなりました。

「だめだろうが、願い石! 力を貸すんじゃねえ!」

 願い石はフルートを通じて金の石に力を貸すので、そのたびにフルートの体には負担がかかります。だから、決め手のとき以外は願い石の力は使ってはいけない、とポポロが言っていたのです。

 すると、燃えるような髪とドレスの女性は、つん、と顔をそらしました。

「私の力なしで今の攻撃を防げたと思うのか。セイロスの破壊魔法だぞ」

 いつもなら「ぼくの力だけで充分だ!」と言い張って願い石と口喧嘩になる金の石も、このときは何も言いませんでした。緊張した表情で両手を突き出して身構えています。願い石が言うとおり、彼ひとりの力ではフルートを守り切れなかったのです。

 メールはとっさに花を繭(まゆ)に変えて爆風を防いでいました。繭をほどいてロムド王たちに尋ねます。

「みんな、大丈夫だったかい!?」

「大丈夫だ。わしたちを下ろせ、メール。そなたたちはフルートを援護するのだ」

 とロムド王が言いました。リーンズ宰相もやきもきしながらフルートを見ています。フルートにはこの戦いで死ぬという予言が出ているのです。

 すると、フルートが背中を向けたままどなりました。

「だめだ! 奴の狙いはポポロだ! 下りてくるな!」

 フルートがサータマン王へ走り出したので、仲間たちは、はっとしました。精霊たちが並んで飛び、ゼンとポチとルルは後を追います。

 フルートは走りながら首のペンダントを外していました。壁ぎわに倒れているサータマン王に駆け寄ると、ペンダントを腕ごと胸の穴に突っ込んで言います。

「光れ!」

 とたんに金の石が爆発的に光りました。願い石の精霊はフルートの肩をつかんでいます。

「あの野郎……!」

 とゼンは歯ぎしりしました。フルートが金の石を限界以上に光らせて願い石を動かしているのだと察したのです。ポチやルルも走りながらはらはらします。金の光に照らされたフルートの顔は、力に体の中を焼かれて苦痛に歪んでいます。

 ところがサータマン王にも、その胸の穴にも、何も変化は起きませんでした。金の光は呑み込まれるように穴の中に消えていって、それっきりになります。

 フルートはペンダントを穴から引き抜いて飛び退きました。胸のトンネルは思った以上に深くて、金の光は彼方にいるセイロスに届く前に消えてしまったのです。

 駆けつけたゼンがフルートをどなりつけました。

「馬鹿野郎、無茶するんじゃねえ! バラバラになりてえのか!?」

 そんなゼンにフルートは言い返しました。

「光の矢だ! セイロスを撃て!」

 有無を言わせない声でした。ゼンは一瞬怒った顔になると、すぐに弓を引き絞って矢を放ちました。まだ動けずにいたサータマン王の胸の穴を、狙い違わず射貫きます。

 ところが、光の矢もトンネルの中で光って砕けてしまいました。セイロスまで届きません。

「どこか遠い場所にいて、途中に障壁を張ってるんだわ」

 とルルが言いました。

「ワン、そこから魔力だけを送ってきてるのか」

 とポチも言って、セイロスはどこにいるんだろう、と考えました。そこをたたいてセイロスを撤退させられれば、サータマン王も力をなくすはずなのですが、今から隠れ家を見つけるのは困難です。

 

 サータマン王がよろよろと立ち上がってきました。

 倒れた拍子に口の中を切ったのでしょう。血が混じった唾(つば)を吐き出すと、花の絨毯で宙に浮いている人々を見上げました。ロムド王が自分を見下ろしているのに気づいて怒りに顔を染め、次に隣にいるポポロを見て言います。

「知っているぞ。おまえはセイロスの昔の愛人の生まれ変わりだ。セイロスの力の一部を持っているから、とんでもない魔法が使えるのだ。おまえをセイロスの元へ戻せば、セイロスは世界最強の魔法使いになる。おまえたちなど一瞬で消滅だ」

 ポポロは青ざめて、花の絨毯の上で思わず後ずさりました。

 サータマン王がよろめきながら歩み寄ってきます。

 フルートはまたサータマン王の前に飛び出しました。ゼンは後ろからサータマン王を捕まえます。

 また動けなくなったサータマン王に、フルートは剣を向けました。胸の穴の奥に今はセイロスは見えませんが、確かにサータマン王とセイロスはつながり合っているのです。顔を歪め、大きく息をしてから剣を振り上げ、思い切って振り下ろします──。

 ところが、その瞬間またサータマン王は大蜘蛛に変身しました。ゼンの手をすり抜けて床に伏せ、たちまち壁を這い上がっていきます。

「うぉっとっとぉ!」

 危なくフルートの剣に切られそうになって、ゼンは声を上げました。言ってから、フルートが光炎の剣をロングソードに持ち替えていたことに気がつきます。

 フルートはきびすを返して大蜘蛛を追いました。素早くまた光炎の剣に持ち替え、大蜘蛛が花の絨毯に迫っていくのを見て言います。

「ポチ!」

「ワン!」

 ポチが風の犬になって飛んできました。フルートを背に乗せてサータマン王へ飛びます。

 けれども、それより早くサータマン王は花の絨毯の真上へ行きました。巨大になった前脚を振り下ろしてきます。前脚が人間の手に戻ってポポロへ伸びます。

「ポポロ!」

 メールはとっさに星の花を飛ばしました。サータマン王からポポロを守ろうとします。トウガリも短剣でサータマン王の腕に切りつけます。

 とたんにフルートの声がしました。

「違う、そっちじゃない!」

 大蜘蛛になったサータマン王のもう一本の前脚が、ロムド王めがけて振り下ろされていました。刃のような前脚がロムド王に迫ります。メールもトウガリも他の者も、ポポロに集中していたのでとっさに反応ができません。

 そこへフルートが飛び込んできました。ポチから絨毯の上に飛び降り、背後にロムド王をかばいます。

 すると、蜘蛛の前脚がフルートの胸を貫きました。背中から鋭い爪先が飛び出しますが、フルートが突き飛ばしていたので、ロムド王には届きません。

「フルート!!!」

 全員が恐怖の叫びを上げる中、フルートは血を流して串刺しになっていました──。

2022年7月6日
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