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第28巻「闇の竜の戦い」

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135.すべる影

 執務室を金の光が満たしました。

 部屋の隅々まで照らして、やがて光を収めていきます。

 すると、サータマン王に負傷させられた人々が、元気になって起き上がってきました。親衛隊員もリーンズ宰相も、枯葉色の魔法使いまでが復活して立ち上がります。魔法使いはほとんど死にかけていましたが、まだかすかに命が残っていたのです。

 ところが、サータマン王だけがまた姿を消してしまっていました。部屋のどこにも見当たりません。

「陛下!」

 と駆け寄ってきた宰相を、ロムド王は安堵の顔で迎えました。

 枯葉色の魔法使いはすぐに杖を握って身構え、フルートへ頭を下げました。

「助けてくださってありがとうございます、勇者殿。命拾いいたしました」

 几帳面に礼を言う魔法使いは、枯葉色という名前に反して、まだ若い男性でした。これといって目立った特徴もない、平凡な容姿ですが、魔法軍団のなかでも強力な魔法の使い手なので、こうして王の護衛役を任されています。

 フルートは、いえ、と短く答えてから言いました。

「ポポロが言うには、サータマン王は周囲のものに同化することができるらしいです。その力で壁を抜けて部屋に入り込んだんです。今もどこかの壁か床に隠れていると思います」

 それを聞いて、親衛隊員は周囲を見回しました。サータマン王を探して目を皿のようにします。

 すると、水中を大きな魚が泳いでいくように、黒っぽい影が床をすべっていました。音もなくロムド王に近づいていきます。

「そこだ!!」

 親衛隊員はいっせいに駆け寄って剣を突き立てましたが、切っ先は木の床を突き刺しただけでした。影は剣の下をすり抜けて絨毯の下に隠れてしまいます。

 ちっ、とゼンが舌打ちしました。光の矢をお見舞いしようと思ったのに、影が見えなくなってしまったのです。

 フルートにも影の居場所がわからなくなってしまいました。しかも、影が隠れた絨毯はロムド王たちの足元まで続いているのです。

「メール、陛下たちを守れ! 床から離すんだ!」

 とフルートに言われて、えっ? とメールは一瞬とまどい、すぐに承知した顔になりました。傍らにいた花虎に、さっとロムド王たちを示します。

 花虎は飛ぶように駆け出し、すぐに崩れて星の花に戻っていきました。ロムド王とメノア王妃とリーンズ宰相の足元へ押し寄せると、床の上で布のように広がって三人をすくい上げました。さらに、そばにいたトウガリも拾い上げると、宙に浮き上がっていきます。

「ワン、花の絨毯だ!」

「銀鼠さんたちの空飛ぶ絨毯みたいね」

 と犬たちが感心します。

「これでサータマン王は外に出てくるしかなくなった。みんな、注意しろ。どこに出るかわからないぞ」

 とフルートは言って、自分自身はロムド王の元へ走りました。案の定、花の絨毯の真下から毛むくじゃらの黒い脚が伸びてきたので、光炎の剣で切り払います。

 脚はすぐにまた縮んで床に消えました。絨毯の下になって見えなくなってしまいます。親衛隊員がそれぞれに足元へ剣を突き刺しますが、手応えはありません。

 すると、枯葉色の魔法使いが進み出てきました。

「陛下、宰相殿、申し訳ありません。後ほど元に戻しますので」

 と謝ってから、イチイの杖で床を突きます。

 とたんに杖のまわりから床の絨毯が消え始めました。糸がほどけていくように絨毯がほつれて糸が消え、穴が広がっていきます。その下から木の床が現れました。水中の魚のような影が動き回るのが見えます。

「いた!」

 フルートたちが声を上げるのと同時に、ゼンが銀の矢を放ちました。矢は床に突き刺さって消えてしまいますが、かまわず連射していきます。

 ゼンは影が動いていく方向を予測して撃っていました。影は素早く動き回りますが、やがて矢の一本が影に命中しました。大きな悲鳴が響いて、影が床から飛び出してきます。

 

 影は毛むくじゃらな黒蜘蛛になり、すぐにまたサータマン王に戻りました。王は右手で左腕を抱いていました。左の肩が服ごと溶けたように消えてなくなっています。

 へっ、とゼンは笑いました。

「やっぱり光の矢が効いたな。てめえが闇の怪物になった証拠だぞ」

 サータマン王は痩せ細った顔を真っ赤にして怒りました。

「ドワーフごときが偉大なる王へ何を言う! 無礼者め、成敗してくれるわ!」

 黒い光が次々ゼンへ飛びましたが、ゼンへ平気な顔でした。青い胸当てが魔法攻撃を砕いたのです。

「てめえが闇の怪物だって、もう一度思い知らせてやるぜ。そら」

 ゼンがまたサータマン王へ光の矢を放ちました。続けてもう一本。

 サータマン王はまた蜘蛛になって逃げようとしていましたが、動き出したところを二本目の矢に貫かれました。猟師のゼンにまた行動を読まれたのです。

 再び人間に戻ったサータマン王は、右脚の膝から下が消滅していました。立っていられなくて床の上に座り込みます。

 そこへどっと親衛隊員が殺到しました。サータマン王めがけて剣を突き出し振り下ろしますが、それより早く王は姿を消しました。また影が床を走ります。

 と、その影も消えていきました。床のどこを見回しても影が見つからなくなります。

「深いところに潜りやがったな」

 とゼンは舌打ちしました。

 フルートはまた花の絨毯の下へ走りました。サータマン王はロムド王の命を狙っています。どこに隠れたとしても、やっぱりここへ現れるはずだと思ったのです。

 ゼンやメール、ポポロや犬たちも同じことを考えて駆けつけてきますが、フルートに耳打ちされて、ゼンが女の子たちを花の絨毯へ放り上げました。

「フルートの命令だ。おまえらはそこにいろ!」

「ちょっと、なんでさ!? あたいたちだって戦うよ!」

「あたしたちに避難してろって言うの……!?」

 メールは怒って、ポポロは泣きそうになって言うと、フルートが答えました。

「違う、君たちは上を用心してくれ。サータマン王はそっちから来るかもしれない──」

 フルートが言い終わらないうちに、本当に天井から黒いものが飛び出してきました。毛むくじゃらな長い脚です。剣のように尖った先端が、花の絨毯にいたロムド王を突き刺そうとします。

 とたんに絨毯にいたトウガリが飛び出して、持っていた短剣で脚を払いました。

「花たち!」

 メールの声で絨毯から花が飛び出し、黒い脚に絡みつきます。

 星の花は青白い光を出して脚の先端を消しましたが、全体を消滅させることはできませんでした。脚がまた天井に消えていったので、メールは頭上を見回しました。

「あいつはどこさ!?」

「あそこよ!」

 ポポロがしみのようになった影を見つけて指さすと、とたんに下から光の矢が飛んできました。ゼンが射たのです。影の場所に命中しますが、影はまた奥深い場所に潜って見えなくなってしまいました。

「なるほどね。確かに上も用心しなくちゃだ」

 とメールは言って天井を見つめました。ポポロも絨毯に膝をついて天井へ目をこらします。

 二人の少女の間にはロムド王とメノア王妃、リーンズ宰相とトウガリがいました。トウガリも短剣を構えて頭上を警戒しています。

 

 一方フルートとゼンと犬たちは床を見張り続けました。親衛隊員は主に周囲を見回しています。サータマン王は天井、壁、床、どこから現れるかわかりません。張り詰めた時間が流れていきます。

 すると、今度は横の壁から脚が飛び出してきました。けっこうな距離があったのに、驚くほど長く伸びてロムド王を狙います。

 フルートは駆け出して脚に切りつけました。フルートが握っているのは闇のものを焼き尽くす光炎の剣です。今度こそ手応えがあった、と感じます──。

 が、刃の先で黒い脚は霧のように消えていってしまいました。フルートが眉をひそめていると、ポポロの声がしました。

「それは幻影よ、フルート!」

「フルート、後ろだ!」

 とゼンの声が重なります。

 フルートは、はっと振り向き、とたんにサータマン王と出くわしました。いつの間にかすぐ後ろに現れていたのです。

 フルートは反射的に飛び退いて剣を振り上げ──そのまま停まってしまいました。サータマン王は人間の姿に戻っていました。痩せてやつれた体と顔の老人です。光の矢で消されたはずの肩や脚も元通りになっています。

 絶好のチャンスにフルートが攻撃してこなかったので、サータマン王は嘲笑いました。

「勇者の小僧は人間を攻撃できないと聞いていたが、その通りだったな。大甘の腰抜けが。おまえが会いたがっている奴に会わせてやろう。そら!」

 サータマン王が服の胸元を開きました。骨が浮き出た胸板にまた大きな穴が現れます。

 フルートは穴に真っ正面から向き合う格好になりました。穴はサータマンの体の厚みよりずっと向こうまで、トンネルのように暗く深く続いています。

 そして、その先に人の顔がありました。無表情に、じっとこちらを見ています。

 それは、セイロスの顔でした──。

2022年6月30日
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