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第28巻「闇の竜の戦い」

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133.執務室

 一方、王の執務室では、ロムド王とメノア王妃とリーンズ宰相が、枯葉の魔法使いや数名の親衛隊員に守られていました。

 通路で繰り広げられる戦闘の音や声は扉を通じて伝わってきます。他ならないサータマン王がここまで攻めてきたことや、味方が非常に苦戦していることは気配でわかるので、親衛隊員は緊張していました。魔法使いも杖を握って身構えています。

 ロムド王は部屋の奥に立ってメノア王妃を抱き寄せていました。王妃は震えながら通路から聞こえる音に耳を澄ましています。キースがトウガリの名前を叫んだので、自分の道化に何かあったのではないか、と心配していたのです。

 すると、急に通路で風の音がして気配が変わりました。複数の人が駆けつけた音や声が聞こえてきます。

 親衛隊員が扉に耳を当てて様子をうかがい、振り向いて言いました。

「陛下、金の石の勇者たちです──!」

 部屋の中の全員はたちまち安堵しました。

「勇者殿たちがハルマスから助けに来て下さったのですね!」

 とリーンズ宰相が喜びますが、ロムド王は厳しい顔でした。

「何故勇者を来させた、ユギル」

 と、この場にいない占者をとがめるようにつぶやきます。

 

 やがて戦闘の音がやみました。何かを呼びかけるような少年の声が響き、静かになってしまいます。

 扉に聞き耳を立て続けていた親衛隊員が、また言いました。

「どうやら戦闘が終わったようです。勇者殿が敵を追い払ったのです」

 おお、と部屋の人々はまた安堵しました。

 メノア王妃が通路に出ようとしたので、ロムド王は引き留めました。

「まだ出てはいかん。完全に戦闘が終わって安全が確認できるまでは、ここにいなさい」

「は、はい……」

 と王妃は答えると、食い入るように扉を見つめました。ロムド王はそんな王妃を見ていましたが、口に出しては何も言いませんでした。親衛隊員や魔法使いは外の様子をうかがい続けています。

 すると、扉が外からそっとたたかれました。

「ぼくです、陛下。金の石の勇者です。ここを開けていただけますか?」

 フルートの声でした。

 部屋の一同はまた、おお、と声を上げ、ロムド王の許可を得て扉を開けました。金の鎧兜を着たフルートが足早に部屋に入ってきます。

 入れ替わりに親衛隊員が二人通路に飛び出しましたが、そこには誰もいませんでした。床や壁に戦闘の痕がわずかに残っているだけです。

 フルートが部屋の人々に説明しました。

「サータマン王がここまで迫ってきたんです。闇の力を手に入れたようで、すごく強力だったんですが、ぼくが追い払いました。ただ、逃げたのではなく、姿を隠しただけだろうと思います。他の者たちは周囲でサータマン王を探していますが、まだ見つかりません。ここは危険です。ぼくが護衛するので、安全な場所に避難しましょう」

 話しながらフルートは周囲を気にしていました。近くにサータマン王が潜んでいることを心配しているのです。

「安全な場所とはどこですか?」

 とリーンズ宰相が尋ねると、フルートは首を振りました。

「サータマン王が聞いているかもしれないので言えません。でも、ちゃんとご案内しますから、心配しないでください」

 フルートがあまり用心するので、宰相も心配になってあたりを見回しました。執務室も入り口から見える通路も、普段と変わりないようなのですが──。

 

 するとメノア王妃がロムド王から離れてフルートに駆け寄りました。

「トウガリは? トウガリはどうしたのですか?」

 とたんにフルートはとまどい、目をそらしました。低い声で言います。

「彼は運ばれました……。ぼくの金の石の力で一度は治ったように見えたんですが、サータマン王が使っていた刀に毒が仕込まれていたんです」

 王妃は息を呑みました。真っ青になってそれ以上話せなくなります。代わりにロムド王が尋ねました。

「トウガリはどこへ運ばれたのだ?」

 フルートはさらに低い声になりました。

「死者が行く場所です。彼は道化だけど、立派に戦って陛下と王妃様を守り抜きました」

 部屋の中が沈黙になりました。

 と、王妃の体が急に力をなくしました。気を失ったのです。その場に崩れるように倒れていきます。

 危ない! と誰もが声を上げた瞬間、枯葉の魔法使いが杖を振りました。王妃の体が静かに床に横たわります。

 フルートは困惑したように兜の上から頭をかきました。

「時間がないのに──。王妃様を魔法で運べますか? けっこう。それじゃ行きましょう、陛下。こっちです」

 と先に立って部屋の人々を避難させようとします。魔法使いは王妃を魔法で浮き上がらせました。宰相も親衛隊員もフルートに続いて歩き出そうとします。

 ところが、ロムド王だけは部屋の奥に立ったまま、動こうとしませんでした。振り向いたフルートに言います。

「わしはここから動かぬ。ここには護衛の兵士も魔法使いもいるから心配はないのだ。そなたこそ、早くハルマスに戻りなさい。そなたが守るべき場所はここではなくハルマスだ」

 親衛隊員や魔法使いは驚きました。王から信頼されるのは光栄でしたが、敵は間近で激戦を繰り広げて、今もすぐ近くに身を潜めているのです。この場所が安心だと彼らには言い切れませんでした。

 ただ、宰相だけは王の意図を察しました。フルートには、ロムド王を助けようとすると命を落とす、という予言が出ています。金の石の勇者のフルートが死ぬということは、闇の竜を倒す者がいなくなるということであり、その先にあるのは世界の破滅です。王はフルートに一刻も早くこの場を離れさせて、フルートを守ろうとしているのでした。

 けれども、フルートにはそんなことはわかりませんでした。提案に従ってくれないロムド王に、次第にいらいらし始めました。

「陛下、早くしないとサータマン王がまた現れます! サータマン王が使う闇の力には、外にいた親衛隊員たちも全然かなわなかったんですよ! 一刻も早く離れるべきなのは陛下です! さあ、行きましょう!」

 それでもロムド王は動きませんでした。

「ハルマスへ戻れ、勇者。そして、オリバンと共にロムドと世界を守るのだ」

 と命じるように言ったので、フルートは怒りに、かっと顔を赤くします──。

 

 そのとき、枯葉色の魔法使いは妙な気配に気がつきました。開け放たれた入り口の向こうに見える通路が、なんだかゆらゆら動きだしたように感じたのです。凝視すると動きは止まります。けれども目を離すと、また通路の壁や床が揺らぎ出しました。まるで蜃気楼(しんきろう)でも見ているようです。

 魔法使いは身構えました。まだ気を失っている王妃をそっと背後に下ろすと、違和感のある通路に杖を向けて魔法を発します。

 ドン!

 たちまち入り口の外で爆発が起きて、煙と爆風が押し寄せてきました。魔法使いが障壁を張って人々を守ります。

 枯葉色に染まった光の壁の向こう、風にちぎれる煙の合間に、通路の景色が見えました。つい先ほどまでなんでもなく見えていた壁は崩れて大穴が空き、床にも壁にも魔法が炸裂した痕跡が黒い焼け焦げになって残っています──。

「目くらましです! 我々は結界に閉じ込められています!」

 と魔法使いは叫びました。気づかないうちに執務室全体が闇の結界に取り込まれていたのです。入り口に見える通路は煙が消えるとまた元に戻りました。漆喰が綺麗に塗られた壁に、分厚い絨毯を敷き詰めた床、傷もなければ穴もない普段通りの景色ですが、そこに人の姿はまったくありませんでした。近くを捜索に行ったという勇者の仲間や親衛隊員たちも、いっこうに戻ってきません。

 魔法使いは人々を背後に守って立ちました。爆発の音でメノア王妃が正気に返ったので、親衛隊員が駆けつけてロムド王の元へ連れていきます。

 魔法使いが対峙(たいじ)していたのはフルートでした。イチイの杖を構えて言います。

「陛下をどこへお連れするつもりです!? 事と次第によっては、勇者殿であってもただではおきませんぞ!」

 フルートは不満そうな顔になりました。どうして自分を疑うんだ、という表情ですが、そのまま何かを考える顔になり、やがて、ふん、と笑いました。

「やめた。言い訳など考えるのも面倒だ」

 なに!? と魔法使いだけでなく、親衛隊員や国王、宰相も驚きました。あまりにもフルートらしくない言い草です。

 すると、フルートの背後からざわざわと何かが伸びてきました。壁に影が伸びるように、黒く長く立ち上がっていきますが、そこに壁はありません。よく見れば、それは黒く長い毛の塊でした。兜からのぞくフルートの顔も、一面黒い毛でおおわれていきます。

 ガシャン

 フルートが音を立てて前のめりに倒れました。四つん這いになった体を長い黒い毛が包んでいきます。

 フルートは黒蜘蛛のような怪物の姿に変わっていました──。

2022年6月26日
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