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第28巻「闇の竜の戦い」

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第45章 通路と執務室

132.通路

 壁に空いた大穴からロムド城の通路に飛び込んだ勇者の一行は、フルートの指示でいっせいに動き出しました。

 メールは花鳥を花に戻して、さっと手を横に動かしました。深手を負って動けないキースたちの前に花の壁を展開させます。

 ポポロはうずくまるトウガリに駆け寄りました。サータマン王に切られた傷を、鞄から取り出した布で押さえます。

「しっかり、トウガリ……! もう少しだけ我慢して……!」

 必死で話しかけるポポロに、トウガリは痛みをこらえて尋ねました。

「ここが襲撃されていると、どうしてわかった……? 敵が大がかりに妨害していたはずだぞ」

「ユギルさんに教えられました。障壁は深緑さんが通してくれたし、近くまで来たらお城で爆発が起きたから……」

 話しながらポポロは泣きそうになっていました。サータマン王の刀はトウガリの道化の服を肩から胸にかけて切り裂いて、その下に深い傷を負わせていたのです。押さえている布があっという間に真っ赤になります。

 フルートはゼンとポチとルルと、サータマン王に向かって走っていました。王のはだけた胸元にぽっかり空いた穴を見て、仲間たちへ言います。

「あれが隧道(すいどう)の魔法だ! 気をつけろ!」

「馬鹿野郎! 一番気をつけるのはおまえだろうが!」

 とゼンは言い返して、フルートの腕を後ろからつかみました。そのままぐっと引き寄せて、入れ替わりに自分が前に出ます。

 すると、サータマン王の胸の穴から黒い攻撃魔法が飛び出してきました。ゼンに激突して黒い火花を散らします。

 が、ゼンは平気でした。青い胸当てが魔法を跳ね返したのです。フルートや犬たちもゼンの背後で無事でいます。

 フルートはまた前に飛び出しながら言いました。

「ポチ、ルル、サータマン王を引き倒せ! ゼン、光の矢だ!」

 そこで犬たちは速度を上げてサータマン王に飛びかかりました。脚にかみつこうとしましたが、防具で守られていたので、背後から飛びかかって肩や背中に牙を立てます。ゼンは立ち止まって弓に銀の矢をつがえます。

 すると、サータマン王は床に四つん這いになって、また毛むくじゃらな黒蜘蛛の姿になりました。犬たちを振り飛ばし、切りつけてきたフルートの剣をかわして天井に駆け上がります。

「姿まで化け物になりやがって!」

 とゼンは光の矢を放ちましたが、黒蜘蛛が素早く動いたので外れてしまいました。何本射てもすべてかわされてしまいます。

「卑怯ね! 降りてきなさいよ!」

 ルルは怒って風の犬に変身しました。風の刃でサータマン王に切りつけようとします。

 ところが、黒蜘蛛の王の体から黒い光が飛び出してきました。ギャン、とルルが弾き飛ばされます。

「危ない」

 ポチもとっさに変身すると、吹き飛ばされてきたルルを風の体で受け止めました。そのまま通路の隅に降りて犬に戻ります。

 サータマン王は蜘蛛の姿でまだ天井にいました。フルートたちとにらみ合います。

 

 そのときポポロが言いました。

「みんな急いで! トウガリの血が止まらないの!」

 フルートたちは、はっと振り向き、トウガリがポポロの膝に力なく頭を置いているのを見ました。ポポロが傷を押さえた布は床に血を滴らせています。

 フルートはさらにメールを振り向きました。

「花の壁は!? まだできないのか!?」

「やってるよ! ただ、グーリーのところまでなかなか届かないんだよ! グーリーは動けないしさ!」

 青と白の星の花はキースやゾとヨの前に高い壁を作っていましたが、グーリーだけは彼らから離れた場所に倒れていたので、壁がそこまで届かなかったのです。メールは花の壁の厚さを調節して、なんとかグーリーのところまで届かせようと苦心していました。

 すると、フルートがグーリーに言いました。

「怪我して動くことができないんだな!? 変身はできるか!? できるなら鷹(たか)になれ!」

 グェン、とグーリーは答えました。できる、と言ったのです。

 グーリーは翼が両方ともだらりと垂れ下がっているし、下半身もまったく動きませんでしたが、前脚で床をひっかいて頭を起こすと、急に縮み始めました。あっという間にライオンの下半身が消え、上半身も小さくなって、黒い鷹の姿に戻ります。ただ、鷹になっても相変わらず翼は折れたままで、飛び立つことはできませんでした。

 それを見てメールが飛び出しました。鷹のグーリーを抱きかかえると、きびすを返して花の壁の陰に飛び込みます。

「よし!」

 フルートは鎧の胸当てからペンダントを引き出しました。金の石を突き出して言います。

「光れ! 通路中を照らすんだ!」

 金の石はまぶしく光り出しました。倒れているトウガリだけでなく、天井にいるサータマン王も、通路の端まで吹き飛ばされていた親衛隊員たちも、金の光で鮮やかに照らします──。

 

 光が収まると、トウガリがポポロの膝から勢いよく起き上がりました。道化の服は切り裂かれて血に染まっていますが、その下の傷は綺麗に消えていました。

「よかった……」

 とポポロは涙ぐみました。デビルドラゴンと対決するために、金の石は極力使わないように、とフルートに言っていたポポロですが、さすがにこの状況では金の石に頼るしかなかったのです。

 通路の外れでも親衛隊員たちが起き上がっていました。全員が負傷したのですが、サータマン王に殺されたひとりを除いて回復したのです。

 フルートは花の壁の後ろに呼びかけました。

「大丈夫だったか!?」

「ああ。おかげさまでね」

 とキースが答えました。

 金の石の光は生き物の傷や病気を癒やしてくれますが、闇のものにとっては致命傷の毒です。キースたちが巻き込まれてしまわないように、フルートはメールに花で防壁を作らせたのでした。

 キースは自分で自分の怪我をあらかた治すと、すぐにゾとヨやグーリーを治していきました。ついでにゾとヨを小猿に変身させ、自分自身も人間の姿になります。

 そこへ親衛隊員が駆け戻ってきました。全員が剣を構えてキースたちを取り囲んだので、ゾとヨは悲鳴を上げてキースに飛びつきました。

「貴様らは何者だ!? 先ほどの姿や能力はなんだ!? まるで闇の怪物ではないか!」

 厳しく問いただす親衛隊員に、キースは顔を歪めました。鷹になったグーリーは翼を小さくたたんでキースの後ろに隠れます。

 すると、花の壁からするすると蔓が伸びてきて、親衛隊員の剣に絡みつきました。剣を奪われそうになってあわてる親衛隊員に、メールが言います。

「なに仲間割れしてんのさ? キースたちがあんたたちになんかしたって言うのかい? 敵は別なところにいるだろ!」

「いや、グーリーが彼らに怪我をさせちゃったんだよ。サータマン王に操られてね」

 とキースは言って頬をかきました。グーリーはなおさら小さくなっています。

 あれま、とメールはちょっと呆れましたが、腰に手を当てると、改めて親衛隊員たちに言いました。

「まあ、良くないことも少しはあったかもしれないけどさ、誰が味方で誰が敵か、あんたたちならちゃんと見分けられるはずだろ!? キースたちが敵かどうか、よぉく考えてごらんよ!」

「そうだゾ、そうだゾ! オレたちはただの猿なんだゾ!」

「それにオレたちはサータマン王の毛をむしったりかみついたりしたヨ! オレたちは敵じゃないんだヨ!」

 ゾとヨはキースの両腕にしがみついた格好で言い張りました。そうやって人のことばを話すことで、普通の猿ではないと知らせてしまっているのですが、そこまでは頭が回りません。

 親衛隊員たちは顔を見合わせました。気色ばんでいた顔がとまどう表情になり、次第に険しさをなくしていきます。

「そういえばそうかもしれん」

「ああ、陛下をお守りして一緒にサータマン王と戦ってくれた──」

 

 そのとき、彼らはようやく大変なことに気がつきました。

「そういえばサータマン王は!?」

「どこだ!?」

 すると、天井を見回していたフルートが言いました。

「金の光が消えたら、姿が見えなくなっていたんです」

「あのあたりにいたはずなんだけどな」

 とゼンが何もいない天井の一角を指さします。

 トウガリが立ち上がって言いました。

「奴は闇魔法の影響で闇の怪物に変わりかけていた。フルートの金の石の光で溶けてしまったんじゃないのか?」

 すると、続いて立ち上がってきたポポロが首を振りました。

「ううん、サータマン王は死んでいないわ。金の石が光った瞬間、障壁を張って自分を守るのが見えたの。きっと、どこかで生きているわ……」

 そこで犬たちはまた変身して天井を嗅ぎ回りましたが、やっぱりサータマン王の行方はわかりませんでした。

「ワン、這い回った匂いは残っているんですけどね」

「城の外へ転移して逃げていったんじゃないの?」

 とポチやルルが言うと、キースが花の壁の陰から出てきて言いました。

「それはどうかな。ロムド城は今、以前の魔法戦争の影響で転移が難しくなってる。それに、あの男は陛下の命を奪うことに異常にこだわっていたからな。これぐらいのことで諦めるとは思えないな」

「とすると、まだこの近くに隠れているってことか」

 とフルートが言ったので、勇者の一行もキースやトウガリたちも、親衛隊員も、緊張しながら周囲を見回しました──。

2022年6月23日
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