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第28巻「闇の竜の戦い」

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131.支配

 グリフィンに戻ったグーリーは、サータマン王に命じられるままに襲いかかってきました。親衛隊員を鋭い爪で次々切り裂き、その先にいたトウガリに向かいます。

 キースはグーリーの前に飛び出しました。

「よせ! やめるんだ、グーリー! 目を覚ませ!」

 呼びかけますが、グーリーは停まりませんでした。前脚の爪で襲いかかってきたので、キースはとっさに両手を突き出しました。障壁に跳ね返されて、グーリーが通路の壁に激突します。

「ごめん、グーリー」

 と謝りながらキースは走りました。人前で魔法は使わないようにしてきたのですが、今はそんなことは言っていられません。魔法で太い鎖を繰り出してグーリーの体を縛りあげると、鎖の両端を巨大な鉄の鋲(びょう)で通路の壁に留めつけて動きを封じます。

 ところが、天井から黒蜘蛛のようなサータマン王がまた言いました。

「振り切れ、怪物! そんなものは壁ごと引きちぎれ!」

 するとグーリーは大きな翼を広げて動かし始めました。猛烈な風が通路に巻き起こって、負傷した親衛隊員を吹き飛ばします。キースやトウガリも飛ばされそうになって床に伏せました。ゾとヨは通路の隅で柱に必死でしがみついています。

 やがて、みしみしと通路の壁がきしみ始めました。グーリーがいっそう強く羽ばたくと、ついに壁のかけらと一緒に鋲と鎖がはじけ飛びます。とたんに外の湿った空気が通路にどっと流れ込んできました。漆喰と石でできた壁が崩れて、大穴が開いてしまったのです。

 グーリーがまた襲ってきたので、キースは大きく飛び退きました。さらに追いかけてきたのでまた飛び退きます。キースは剣を持っているし、攻撃魔法もあるのですが、グーリーに大怪我をさせてしまうので使うことができません。

「よせったら、グーリー! ぼくだ! 目を覚ませって!」

 キースは懸命に呼び続けましたが、グーリーはやっぱり停まりませんでした。サータマン王に完全に操られています。

 と、横へかわしたキースへグーリーの翼が飛んできました。よけることができなくて、キースはとっさにかがみましたが、そこへ今度はくちばしが襲ってきました。キースを串刺しにしようとします。

 

 ばさばさばさ……!

 羽音と共にキースは舞い上がりました。グーリーの攻撃を飛んでかわしたのです。グーリーのくちばしは床を直撃してその場に突き刺さります。

 キースは翼だけでなく、ねじれた二本の角に牙のある闇の民の姿になっていました。白と青の聖騎士団の制服も、黒一色の闇の服になってしまっています。

「この格好にはなりたくなかったな」

 とキースは歯ぎしりしてつぶやくと、グーリーの背後に回りました。翼の間に飛びつき、魔法のロープを出して首にかけると、手綱のように引き絞ります。

「落ち着け、落ち着けって、グーリー! いい加減目を覚ませ!」

 ところが、天井のサータマン王がそれを見ていました。ほほぅ、と面白そうに笑います。

「なんと、ロムド城には闇の民まで巣くっていたか。しかもあの男に味方をしているとは。これは面白い。貴様も使ってやろう」

 キースはぎょっとしました。サータマン王から支配の魔力が押し寄せてきたのです。グーリーの手綱を放して飛んで逃げようとしましたが、魔力は追いかけてきて彼に絡みつきました。

「さあ、わしの言うことを聞け、闇のしもべよ」

 サータマン王の声が頭の中に響き渡りました。

「わしはにっくきあの男を殺しに来た。あの男の首を切り落として城の入り口に掛け、体は都の入り口の門にぶら下げてさらし者にしてやる。あの男のものはすべてわしのものだ。城も国も民も──女も、男も、馬も財宝もすべてわしがいただく。さあ、あの男の元へ案内しろ。この近くにいるはずだ」

 キースは飛んでいられなくなって床に落ちました。頭を抱えて抵抗しますが、支配の魔力はさらに強まっていきました。サータマン王の声にもうひとつの声が重なって聞こえるのです。

『従エ、我ノ言ウコトニアラガウナ──!』

 地の底から這い上がってくるような闇の声でした。キースの心を縛り上げようとします。

 一方、遠くからはアリアンの声が聞こえる気がしました。キース、しっかり! あなたまで支配されないで! そう言っているようでしたが、たちまち遠ざかってしまいます。闇の声に押しのけられてしまったのです。

 キースはほどけた黒髪を床に垂らし、あえぎながら体を起こしました。支配の魔法はもうほとんど彼を捕まえていました。完全に心を委ねればすぐに楽になれるぞ、とささやいています。

 目の前には彼の剣が落ちていました。刀身に映っているのは血の色の瞳、牙とねじれた角の闇の民の姿です──。

 キースは顔を歪めました。

「ぼくは闇には戻らない!」

 食いしばった歯の奥で叫んで剣をつかむと、切っ先を自分の脚の太股に突き刺します。

 とたんに激痛が走り、全身から闇の声の呪縛がほどけました。

 正気に返った彼は片手をグーリーに突きつけました。

「目を覚ませ!」

 と衝撃の魔法を繰り出します。グーリーはまた壁にたたきつけられましたが、そのおかげで支配の魔力から解放されました。鷲の頭を振って、ギェン、と声を上げます。

 

「なんの、もう一度だ!」

 とサータマン王が天井から言いました。グーリーにまた支配の魔法をかけようとします。

 キースは障壁を張ってグーリーを守ろうとします。

 そのとき、トウガリの声がしました。

「よし行け! 思いっきりやれ!」

 声に合わせて飛び出してきたのはゾとヨでした。いつの間にか柱伝いに天井までよじ登り、サータマン王のすぐ近くまで来ていたのです。

 二匹は王に飛びつくと、体をおおっている黒い毛を思い切り引っ張ってむしり始めました。毛が抜けたところに皮膚が現れると、牙でかみつきます。

 サータマン王は首筋をかまれて悲鳴を上げました。思わず天井から手足を離したので、ゾやヨと一緒に床に墜落します。

 床に落ちても二匹はまだ離れませんでした。さらにかみつき、毛をむしっていきます。

「この──下等な獣の分際で、わしに手をかけおって!」

 サータマン王は怒りに震えながら起き上がってきました。まだ蜘蛛のような姿ですが、胸元にぽっかり大きな穴が空いています。

「隧道(すいどう)の魔法か!」

 とキースは気がつき、すぐに魔法でゾとヨを引き寄せました。その向こう側に誰がいるのか察したのです。自分たちの前に大きな障壁を張ります。

 そこへ強烈な攻撃魔法がぶつかりました。圧倒的な力で押し寄せてきて、ついに障壁を砕いてしまいます。

 キース、ゾとヨ、それにグーリーまでが吹き飛んで通路にたたきつけられました。城全体が大きく震え、崩れていた壁の穴がいっそう広がります。穴の外ではいつの間にか雨が降っていました。吹き込む風に雨が混じって通路を濡らします。

 自分で脚を刺していたキースは、さらに深手を負って動けなくなりました。グーリーも翼や腰の骨を折ったのか、身動きできなくなっています。ゾとヨにいたっては、ちっぽけなゴブリンの姿に戻って自分の血の中に転がっていました。

 サータマン王はまた人間の姿に戻りました。はだけた胸元の穴からひと振りの刀を取り出して言います。

「闇のくせにわしに逆らいおって。これは闇のものを殺す刀だ。さあ、どいつから仕留めてやろう? 首をはねて切り刻んでやる」

 と見回し、キースが魔法で反撃しようとしているのに気づいて刀を振り上げました。

「貴様からだ! 死ね──!」

 

 ところが、その瞬間、サータマン王の喉元から剣の切っ先が飛び出しました。背後から忍び寄っていたトウガリが突き刺したのです。サータマン王は目をむいてのけぞりました。開いた口から血があふれます。

 トウガリはサータマン王の背中を蹴って剣を引き抜くと、すぐにまた剣を振り上げました。血をまき散らしてよろめくサータマン王にとどめを刺そうとします。

 が、サータマン王はすぐに立ち止まりました。血もあっという間に止まってしまいます。

 王は頭だけでトウガリを振り返って、どす黒く笑いました。

「そんなことでわしが死ぬとでも思ったか、道化! 愚か者め!」

 王の右手があり得ない方向へ伸びてきて、刀がトウガリに振り下ろされました。道化の服が切り裂かれ、鮮血が飛び散ります。

「トウガリ!!」

 とキースは叫びました。グーリーも動けない体を無理に動かし、這って助けに向かおうとします。

 そんな彼らへサータマン王はまた攻撃魔法を繰り出しました。再び吹き飛ばされて、キースもグーリーもまったく動けなくなります。

 傷を押さえて床にうずくまるトウガリへ、サータマン王はまた刀を振り上げました。三日月のように湾曲した刃が、トウガリの首を狙ってぎらりと光ります。

「メノア様」

 トウガリはつぶやいて目を閉じます──。

 

 そのとき、ごぅっと風が通路を吹き抜けました。

 強い声が響きます。

「止めろ、ゼン!」

 とたんに白い羽の矢が飛んできて、三日月のような刀をサータマン王の手から弾き飛ばしました。

 サータマン王は振り向き、崩れた壁の前に勇者の一行が立っているのを見ました。大穴の向こうではまだ雨が降っていますが、弱まって日が射し始めていました。日の光が雨粒に当たってきらきら光っています。

「メール、花の壁でキースたちを守れ! ポポロはトウガリを! ゼンとポチとルルはぼくの援護! いくぞ!」

 仲間たちへ立て続けに言って、フルートはサータマン王めがけて駆け出しました──。

2022年6月10日
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