「いかん。よう見えなくなってきたわい」
ロムド城の北の守りの塔で、深緑の魔法使いは落ちくぼんだ目を何度もしばたたかせました。透視で見えていた景色に急に白いかすみがかかり始めたのです。
「……く……た、か?」
南の塔にいる赤の魔法使いの声が、切れぎれに伝わって来ました。ムヴア語で話しているわけではありません。心話のやりとりにも急に雑音が混じって通じにくくなってきたのです。
魔法使いの老人は舌打ちしました。
「敵が本格的に妨害を始めたようじゃな。敵が迫っとる証拠じゃ」
ついに彼の目にも都の様子は見えなくなってしまいました。仲間たちの声も完全に聞こえなくなります。
老人は護具をいっそう強く握りました。護具の先端の玉からは深緑の光が真上へほとばしり、ロムド城をすっぽり包み込んで守っています。敵や象の怪物が来たら跳ね返してやろう、と身構えます。
すると、そんな彼がいきなり何メートルも吹き飛ばされました。塔の中央から端まで飛んで、石の壁にたたきつけられてしまいます。
護具から手を離してしまったので、深緑の光も停まってしまいました。守りの光が消えて、ロムド城は敵に対してむき出しになります──。
そのままどのくらい時間がたったのか。
石の階段を駆け上がってくる足音を聞いて、彼は正気に返りました。誰かが彼のいる最上階へやってくるのです。
「いかんいかん」
と彼は頭を振って、そのまま頭を抱えてしまいました。巨大なハンマーで殴り飛ばされたように、頭がひどく痛んだのです。立ち上がることができません。
そこへ足音の主が到着しました。老人に駆け寄ってきます。
「深緑さん! 大丈夫ですか、深緑さん──!?」
老人は顔をしかめたまま薄目を開けました。心配そうにのぞき込む黒髪の美少女に、苦笑いを返します。
「アリアンか……大丈夫、頭を打っただけじゃ。ちぃと離れておれ。魔法を使うからな……」
深緑の魔法使いが使うのは光の魔法なので、闇の民のアリアンが触れれば大怪我をしてしまいます。彼女が離れたのを確かめてから、自身に回復魔法をかけます。
「やれやれ」
怪我が治ったので、老人は立ち上がってもう一度頭を振りました。もう頭痛もしません。
アリアンは部屋の扉の外から彼の様子を見守っていました。彼が元気になったので、ほっとした顔をしています。
「そうじゃ、そのまま部屋に入っちゃいかんぞ」
と言いながら、彼はまた部屋の中央に戻って護具を握りました。すぐに深緑の光がほとばしって、塔の先端からロムド城の上空へと立ち上っていきます。護具で強化された彼の魔力が部屋全体にも充満するので、アリアンを近づかせるわけにはいかなかったのです。その状態でまた話し出します。
「どうやら敵がわしの障壁に攻撃してきたようじゃな。わしはどのくらい気を失っとった? 敵は城内に入り込んだのか?」
「深緑さんが気を失っていたのは、私が部屋からここに来るまでの間ですから、十分たらずです。その間に敵がお城に侵入しましたが、味方が必死に防いでくれたので、それほど数は多くありません。二、三十人というところです。馬で城内に駆け込んできて、今はお城の衛兵や魔法使いと戦っています」
まるでその様子を見てきたようなアリアンの話しぶりに老人は目を見張り、すぐに納得してうなずきました。
「おまえさんにはまだ城内の様子が見えているんじゃな」
「はい。お城の外は深緑さんの障壁のせいでよく見えないのですが、お城の中ならだいたい見ることができます。キースとも心話で話せます」
「そりゃ素晴らしい」
と老人は喜びました。敵が迫ってきたせいで、透視も心話も使えなくなってしまいましたが、闇の民のアリアンやキースは影響を受けていなかったのです。
「部屋には戻らんで、そこで透視をしてくれんか? キースはどこじゃ?」
「陛下の執務室の前で、陛下や王妃様をお守りしています」
「最高じゃ! 敵が城内に侵入したとキースに伝えてくれ! 敵が陛下のほうへ近づくようなことがあれば、いち早く知らせるんじゃ!」
「はい、わかりました」
アリアンはドレスの隠しから鏡を出して階段の最上部の壁に掛けると、すぐに透視を始めました。銀の面に城の前庭や中庭の敵味方が映し出されたので、ひとつひとつの戦闘の状況を確認していきます──。
すると、彼女のドレスの裾が、つんつん、と引っ張られました。小猿のゾとヨが足元にやってきていたのです。黒い鷹の姿のグーリーもそばにいます。
「アリアン、敵がお城に入ってきてるゾ」
「オレたちも戦いたいヨ。オレたちどこに行けばいいんだヨ?」
ピーィッ!
グーリーも鋭く鳴いて賛同します。
安全な場所に隠れていて、と言っても聞き入れてもらえそうになくて、アリアンが困っていると、部屋の中から老人が言いました。
「おまえさんたちはキースのところに行くんじゃ。陛下を守る者は多い方がいいからの」
「王様を守る!!」
二匹の小猿は飛び上がりました。
「敵が王様を殺しに来たら、王様を守って戦うってことかヨ!?」
「王妃様も一緒だってアリアンは言ったゾ。王妃様も守るのがオレたちの役目なんだゾ!」
興奮する二匹にグーリーがピィピィとたしなめるように鳴いたので、二匹はすぐに落ち着きを取り戻しました。
「それはわかってるんだゾ、グーリー」
「オレたち、ちゃんとキースの言うことを聞いて戦うヨ」
アリアンは思わずほほえみました。
「そうね、それがいいわ。キースのところにはトウガリもいるわ。二人の言うことをよく聞いて、陛下たちをお守りしてね」
「わかったゾ!」
「わかったヨ!」
ピィピィピィ!
彼らは声を合わせると、またグーリーがゾとヨを乗せて去っていきました。
「がんばってね」
階段を飛んで降りていく二匹と一羽の後ろ姿を鏡で見送りながら、アリアンは言いました──。