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第28巻「闇の竜の戦い」

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127.攻防戦・2

 ディーラにはハルマスの砦からの援軍が次々駆けつけていました。

 ミコンの聖騎士団や武僧軍団に続いて到着したのは、シオン大隊長が率いるエスタ軍でした。

 ミコン軍団は魔法で街壁を飛び越えて都に入っていきましたが、エスタ軍は都の西側に留まりました。シオン大隊長に作戦があったのです。軍を待機させて、小高い丘から戦場を見下ろします。

 敵の軍勢は西の街道に沿って長い隊列になっていました。街壁の崩れた部分から都に侵入していますが、進入口が狭いので一気には突入できないのです。隊列の後方は丘の向こうに見えなくなっていました。全体を把握することはできませんが、相当な規模なのは間違いありません。

「敵の総数は十万を超えているのだったな。ディーラの他の場所でも敵は侵入を試みているようだが、大半はこの西側にいる。とすると、ここの敵の数は十万近いということか」

 とシオン大隊長は考えました。彼が率いるエスタ軍は国王軍と領主軍を合わせても六千名あまりでした。規模がまるで違いますが、戦場ではすでにロムド正規軍が戦っていました。敵へ魔法攻撃を繰り出す魔法使いたちもいます。敵の侵入を止めることはできませんが、戦力としては決して小さくありません。

 大隊長は丘の陰にいる軍勢に命令しました。

「敵の隊列を側面から襲撃せよ。敵を分断した後、ロムド軍と協力して殲滅(せんめつ)するのだ」

 命令は即座に軍全体へ伝えられました。忍び寄るように丘の上へ登っていくと、最前列に弓部隊が並び、その後ろへ騎馬隊が、さらにその後ろには歩兵部隊が整列します。

 シオン大隊長は足元に見える敵を示して声を上げました。

「攻撃開始!」

 命令に合わせて弓部隊がいっせいに矢を放ち始めました。

 突然丘の上から降ってきた矢の雨に、敵はあわてふためきました。隊列が乱れます。

 それを見て大隊長はまた命じました。

「突撃!」

 とたんに矢がぴたりと止まり、代わりに騎馬隊が丘を駆け下り始めました。人も馬も鎧を着けた重装兵です。槍を構え蹄の音をとどろかせながら、敵へ駆け下っていきます──。

 騎馬隊の突撃に敵の隊列は大混乱に陥りました。回避しようとしますが、都に突入するために密集した状態だったので、思うように逃げることができません。そこへ騎馬隊が押し寄せて、槍で突き刺し蹄で踏み潰して追い散らします。

 すると、今度は歩兵の大軍が押し寄せました。騎馬隊に分断された敵を取り囲み、次々と斬り倒していきます。

 この光景に進入口を守っていたロムド兵は元気づきました。

「援軍だ!」

「援軍が来たぞ!」

「エスタ軍だ──!」

 こちらも激しく斬り合って、ついに進入口から敵を押し返してしまいます。

 

「ここまではうまくいったな」

 とシオン大隊長は考えました。彼自身は若干の部下と丘の上にいて戦況を見守っています。

 隊列の後方にいた敵が襲撃に気づいて街道を離れ、麦畑の中を抜けて救援に駆けつけようとしていました。大隊長は部隊の一部を迎撃に動かそうとしましたが、それより早く光が敵へ飛んで爆発が起きました。魔法使いが攻撃を繰り出したのです。敵が吹き飛び、残った敵はあわてて麦畑を退却していきます。

「大隊長殿、あのロムドの魔法軍団というのは素晴らしいですね」

 と近くにいた部下が話しかけてきました。

「我が国にも魔法使いはいますが、数はずっと少ないし、要人の護衛や怪我人の治療が中心で、あんなふうに軍隊と協力して戦ってくれる魔法使いは少数です。この戦いが終わったら、陛下に進言して、ロムド国のような魔法軍団を我が国にも作るといいのではないでしょうか。いや、ぜひそういたしましょう。これからは魔法も組み入れた戦術を考える時代です」

 魔法軍団の活躍を目の当たりにしてすっかりその気になっている部下に、シオン大隊長は苦笑しました。

「それは言うほど簡単なことではないな──。魔法使いというのは、基本的に個人主義者か、魔法の元になる宗教や戒律に従順な使徒だから、我々軍人のように規律に基づいて行動することをしない。それに、力がある魔法使いほど自分を最強と考えて、国王の命令さえ無視するようになるのだ。我が国にも大昔にドーズという大魔法使いがいたが、時の国王に逆らってエスタ国を我がものにしようとしたあげく、自分自身の魔法に呑み込まれて黄泉の魔法使いとなってしまった。ロムド国が百人もの魔法使いで軍団を編成できているのは、ひとえに四大魔法使いと呼ばれる司令官たちのおかげだ。四大魔法使いほどの魔法使いは世界中を探してもそうはいないだろうし、その魔法使いに陛下への忠誠を誓わせるのは、さらに難しい話だ」

「ですが、現にロムド王はああして魔法使いたちを──」

 諦めきれずに食い下がる部下に、シオン大隊長は戦場を示してみせました。

「我が国に魔法軍団はないが、代わりに素晴らしい軍隊があるではないか。我が国王軍は世界でも屈指の規律正しい部隊だし、領主軍や傭兵部隊を加えれば、世界で最も大規模な軍隊だ。彼らは日々鍛錬を欠かさない真面目な兵士で、しかも勇猛で誇り高い。ほら、あそこで戦っている男など、素晴らしい腕前だぞ」

 そこで部下は上官が示す人物を眺めました。国王軍の防具を着けていなかったので、首を傾げます。

「あれはどこの領主の兵でしょう。これまで見かけたことがありませんでしたが、確かに強いですね」

「サン男爵家の兵のようだな。盾にサン家の紋章を結びつけている。サン家はこれまで大規模な戦闘にはほとんど加わったことがなかったから、あれほどの使い手がいるとは知らなかったな」

 とシオン大隊長は感心して眺め続けました。艶のない灰色の防具で身を包んだ男は、戦場で馬を駆り、次々と敵を倒していたのです。落馬して息絶えた敵の死体が、彼の通った痕に道を作っています。大変な強さです。

 ぜひ国王軍に欲しい逸材だ、と大隊長は考えました。この戦闘が終わったらサン男爵と話してみよう、とも考えます。

 

 そのとき丘の陰で突然騒ぎが起きました。部下の兵士が叫びます。

「敵! 敵の奇襲です──うわぁぁ!」

 声が悲鳴に変わりました。さらに別の部下が丘を駆け上がってきて言います。

「百騎あまりの部隊が駆け上がってきます! カルドラの旗印を挙げています!」

「後ろに回り込まれていたか」

 とシオン大隊長は歯ぎしりすると、即座に命じました。

「下れ! 下で戦うぞ! 追いつかれるな!」

 大隊長と部下たちはいっせいに丘を駆け下り始めました。敵は百騎あまりですが、こちらはわずか二十騎ほどしかいなかったのです。戦場で戦っている味方と合流して、新たな敵を迎え討とうとします。

 ところが、敵の中でも特に速い一騎が追いついてきました。部下たちには目もくれず、まっすぐ大隊長に向かってきます。彼がエスタ軍の司令官だと見抜いているのです。

 斜面での戦闘は不利なので、大隊長は必死で駆けましたが、丘を降りきったところで敵に追いつかれてしまいました。たちまち斬り合いが始まって、剣と剣が火花を散らします。

 シオン大隊長の部下たちには他の敵が追いつきました。ひとりに数人の敵が襲いかかるので、たちまち部下が倒れていきます。

「おのれ、よくも……!」

 大隊長は一撃に力を込めました。敵が受けきれなくて馬上でバランスを崩します。すかさずもう一撃繰り出すと、敵は盾で受け止めました。そのまま剣を押し返してきたので、今度は大隊長のほうがバランスを崩してしまいます。

 そこへ敵の剣が突き出されてきました。シオン大隊長はとっさに身をかわし、完全にバランスを崩して落馬しました。地面にたたきつけられて、息が詰まります。

「大将の首、もらったぞぉぉ!」

 敵がほえるような歓声と共に馬から飛び降りてきました。とっさに動けない大隊長へ剣を振り下ろします──。

 ガシン

 重い音を立てて剣が剣を受け止めました。大隊長の前に灰色の防具の男が飛び降りてきて守ったのです。先ほど丘の上から眺めたサン男爵家の兵士でした。今度は敵と男爵家の兵士が斬り合いを始めます。

 その間に大隊長は立ち上がりました。防具を着たまま落馬したので、体のあちこちが痛みますが、骨までやられてはいないようでした。剣を構え直して彼も敵に向かいます。

 二対一になっても、敵はひるみませんでした。剣を縦横無尽に振り回し、彼らを近づけようとしません。

「強いな」

 と大隊長が思わず洩らすと、灰色の防具の兵士が言いました。

「奴はスタブン・ルード。カルドラ軍一の剣の使い手だ」

 戦闘中とはいえ、司令官の彼に向かってかなり失礼なことばづかいです。

 けれども、シオン大隊長は怒る代わりに、はっとしました。聞いたことがある声だ、と思ったのです。灰色の兵士の顔を確かめようとしますが、兜の面おおいを完全に引き下げているので、顔を見ることができません。

 すると、灰色の兵士がまた言いました。

「昔やったな。二段攻撃だ。上と下、どっちを行く?」

 やっぱり彼をよく知っている口ぶりでした。しかも言っていることは──

 まさか、と彼が言おうとすると、灰色の兵士が駆け出しました。

「来るぞ! 俺は上だ! おまえは下を行け!」

 ガィン!

 灰色の兵士が敵の剣を真っ正面で受け止めました。そのまま剣と剣で押し合いになります。

 シオン大隊長は剣を手に駆け出しました。走りながら体をかがめて身を低くします。敵が近づいてきますが、その下半身は鎧の草摺(くさずり)やすね当てで守られています。

 彼は攻撃せずに走り続けました。灰色の兵士と戦う敵の脇の下をすり抜け、真後ろでぎゅっと向きを変えて剣を構えます。

 敵の背中が彼の目の前にありました。彼は地面に膝がつくほど身を低くしていたので、敵を見上げるような格好になります。敵は背中も腰も足も金属の板や鎖帷子で守っていますが、その位置からだと防具におおわれていない尻が見えました。馬に乗るので防具を着けられないのです。そこへ思いきり剣を突き出します。

 尻を突き刺されて、敵は悲鳴を上げました。まさかエスタ軍の大隊長がこんな攻撃をしてくるとは、想像もしていませんでした。灰色の兵士を押し返して、振り向きざま剣を突き立てようとしますが、そのときにはシオン大隊長はもう大きく飛び退いていました。敵の剣が地面に突き刺さります。

 すると、そこへ灰色の兵士が飛びつきました。敵の兜をつかんで抱え込み、頭を動かせないようにします。兵士はいつの間にか剣を短剣に持ち替えていました。敵の頭をのけぞらせると、むき出しになった咽をかき切ります──。

 敵は大量の血をまき散らして絶命しました。音を立てて地面に倒れます。

 

 すると、奇襲をかけてきたカルドラ軍の兵士が騒ぎ出しました。

「スタブンがやられた!」

「スタブン・ルードが敵に殺されたぞ!」

 それはカルドラ軍にはとんでもなく衝撃的な出来事だったようで、みるみる全軍が浮き足立ちました。戦場では仲間のサータマン軍が戦い続けていたのに、銅鑼(どら)を鳴らして逃げ出してしまいます。

 その様子にサータマン軍も急に士気が下がりました。カルドラ軍につられてサータマン軍もその場から退いていったので、ロムド軍やエスタ軍が後を追います。

 シオン大隊長は地面にしゃがみ込んだまま、灰色の防具の男を見上げました。男のほうは短剣の血を拭って鞘に収めていました。さらに手放していた長剣を拾い上げながら、彼に言います。

「ガキの頃によくやったな。でかい大人相手に勝負を挑んで、どっちが上や下になるか決めて。大人の咽元に短剣を突きつけて、参ったと言わせたら俺たちの勝ちだった。とっさに言ったが覚えていたんだな」

 兜の下で笑っているような声でしたが、大隊長のほうは笑うどころではありませんでした。

「その話……それに声。まさか、おまえは……」

 とたんに男は態度を硬化させました。彼から大きく一歩離れて舌打ちします。

「こっちばかり見ているから、てっきり気づいたのかと思えば」

 と、いまいましそうにつぶやくと、背を向けて歩いていってしまいます。そちらに彼の馬がいたのです。

「待て! 待ってくれ、ジズリード──!」

 と彼は幼なじみの名前を呼びました。そうです。そうに違いなかったのです。先ほど戦場で見せた強さは、昔二人で近衛兵を夢見て腕を競い合った頃とまったく変わっていませんでした。

 けれども、男は背を向けたまま冷ややかに言いました。

「人違いだ。俺はそんな名前の奴じゃない」

「いいや、そんなはずはない! 顔を見せてくれ、ジズリード! おまえも参戦してくれていたんだな!」

「人違いだと言っているだろう!」

 男は乱暴に言い捨てて馬の手綱をつかみました。鞍に飛び乗って駆け去ろうとします。

「待て、ジズ!」

 シオン大隊長が昔の呼び名で引き止めます。

 

 そのとき、近くの茂みから突然弓を構えた敵が飛び出してきました。逃げずに留まっていたカルドラ兵でした。

「ルード様の仇!」

 と引き絞った矢を馬上の男へ放ちます。

 男はとっさに剣で切り払おうとしましたが、間に合いませんでした。至近距離から発射された矢が、鎧を貫いて胸に突き刺さります──。

「ジズ!!」

 シオン大隊長は駆けつけて弓矢の敵を切り捨てました。すぐに振り向きますが、男は馬の上から落ちていくところでした。地面にたたきつけられて大きな音を立てます。

「ジズ! ジズ──!!」

 大隊長は男を抱き起こそうとして、手を止めました。敵の矢は完全に胸を貫いて、傷からあふれる血が地面を濡らしていたのです。驚くほどほど大量の血です。

 急いで兜を脱がせると、黒髪に黒いひげの顔が現れました。ふてぶてしい顔つきですが、その中に隠しきれない気品が漂っています。やはり彼の幼なじみでした。

「ジズ、おまえ、いつから……」

 と大隊長は言って、ことばが続けられなくなりました。ジズは血を吐いた口で荒い息をしていました。顔からはどんどん血の気が引いていきます。敵の矢は致命傷を負わせていたのです。

 すると、ジズが弱々しく笑いました。

「おまえたちが決戦に参加すると聞いたからな……いてもたってもいられなくなって、戻ってきたんだ……。もう少し活躍するつもりだったんだが、しょうがないな……俺はここまでだ」

 シオン大隊長は首を振りました。

「弱気はおまえに似合わないぞ、ジズ! ようやくまた会えたんだ! この戦闘が終わったら、酒を飲みながらこれまでのことを話そう! 三十年も離ればなれでいたんだ。積もる話は山ほどあるぞ!」

 話しながら彼は涙を流していました。ジズの下の血だまりはますます大きくなり、息づかいはどんどん弱くなっていきます。幼なじみがもう助からないことは明らかだったのです。

 ジズはまた笑いました。

「俺は日陰者だぞ……そんな話、近衛隊の大隊長殿にできるか……。それより、気がかりなのはあいつらだ……」

「あいつらとは?」

 と大隊長が聞き返すと、ジズは遠い目になりました。

「もちろん、金の石の勇者の坊主たちのことだ……。あいつらはいくら強くても、やっぱりまだまだガキだからな……。大人が引き受けなくちゃならん汚れ仕事だって……あるんだ……」

 激痛が襲ってきたようで、ジズがうめきました。その後の呼吸はますます速く浅くなります。

 けれども大隊長は、はっとした顔になっていました。ジズが金の石の勇者の名前を出したので、フルートが持つ魔石のことを思い出したのです。

「待っていろ、ジズ! 勇者殿を探して連れてくる! そうすれば、そんな傷などあっという間に治るぞ──!」

 彼が本当にフルートを探しに行こうとすると、ジズが手をつかんで引き留めました。また激痛が走ったようで、しばらくうめいてから言います。

「馬鹿が……。大隊長が……公私混同するんじゃない……。それに、あいつらはまだ、ここには……。東に、黒雲が見えるだろう。あれがたぶん、あいつらだ……。敵の妨害を受けている……」

 大隊長は振り向き、都の向こうの空に暗雲があるのを見ました。土砂降りの雨が降っているようで、雲の下が白く煙っています。雲はこちらに流れてきていますが、雨が降る中心はまだ離れていました。

 ジズは咳き込んで大量の血を吐き、またかがみ込んだシオン大隊長に言いました。

「妨害を受けたって……あいつらはきっと敵を倒す……。あいつらを手伝ってやってくれ、ユーリー・シオン。俺の分まで……」

 シオン大隊長はうなずくことも首を振ることもできませんでした。涙を流しながらジズの傍らに膝をついています。そんな彼に、ジズは話し続けました。

「それと、この戦いが終わって……おまえが生き延びていたら……カルドラのセイマにある、イリーヌ亭へ……。頼めるか?」

 今度は大隊長もすぐにうなずきました。ジズの顔は蒼白です。もういくらも時間が残っていないのです。

「俺の、女房がな……。いや、籍は入れなかったから、正確には夫婦じゃなかったんだが……まあいいか……。俺のことを知らせないと、いつまででも、待っていそうだからな……」

「わかった。必ず生き延びて知らせてやる」

 とシオン大隊長は言いました。流れる涙を拳で拭います。

 ジズは安心したように息を吐いて、その拍子にまた咳き込みました。もう血はあまり出ませんでした。

「なぁ、ユーリー……」

 とジズは遠い目になって言いました。

「ガキの頃に、よく話したよな……。強くなろう……強くなって、エスタ国を守ろう……ってな。道を踏み外して、もう戻れないと思っていたんだが……なに、その気になれば……いつだって、戻る道はあったんだ……」

 シオン大隊長はまた何度もうなずきましたが、ジズの表情は変わりませんでした。もう目が見えていなかったのです。

 大隊長は声を大きくして話しかけました。

「この戦いは世界を闇の敵から守る戦いだ! 世界を守ることはエスタを守ることでもある! おまえはエスタを立派に守ったんだぞ、ジズ!」

 その声は聞こえたようでした。ジズがまた小さく笑って言います。

「勝てよ……」

 それはシオン大隊長に言っているようでも、フルートたち勇者の一行に言っているようでもありました。

 そのとき、ぽつり、と雨が鎧に当たりました。振り仰ぐと頭上まで黒雲が来ていました。

「勇者殿たちが来た!」

 とシオン大隊長は跳ね起きました。

「今すぐ勇者殿を連れてくる! 待っていろ、ジズ!」

 けれども、返事はありませんでした。

 大隊長は振り向き、へたり込むようにその場にまた膝をつきました。血に汚れた灰色の鎧は、もう呼吸に合わせて動いていなかったのです。

 雨はぽつぽつと降って、またやんでしまいました。

 土砂降りになっている黒雲の中心は、まだ都の東にありました──。

2022年5月30日
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