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第28巻「闇の竜の戦い」

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126.攻防戦・1

 「まずい、まずいよ姉さん!!」

 空飛ぶ絨毯の上で、灰鼠が声を上げていました。

 超巨大になった象が空から落ちてきて都の壁を壊し、城下町を踏みつけながら入り込んできたのです。しかもその後ろから敵の大軍が侵入してきます。せき止められていた川が、堰(せき)の切れ目から一気に流れ込んでくるようです。

「早く停めないと!」

 と銀鼠は言いましたが、彼らが使うのは炎の魔法なので、街の中の敵兵へ使うわけにはいきませんでした。城下町に火事を起こしてしまいます。

「象だ! あの象を止めよう!」

 と灰鼠は巨象へ絨毯を向かわせました。後を追いながら魔法を繰り出すと、炎は象の尻に命中しました。闇魔法の障壁で守られている象ですが、彼らが使うグルの魔法は障壁をすり抜けて攻撃できます。

 ただ、象は巨大すぎました。皮膚も分厚いので、炎を食らっても蜂に刺されたほどにも感じないようで、停まりません。

「サータマン王を倒すのよ! そうすれば象も停まるはずだわ!」

 と銀鼠が言ったので、灰鼠は絨毯を象の背へ向かわせました。広い象の背中の首元に近い場所で、あぐらをかいて座っているサータマン王に迫ります。

 サータマン王は房のついた錫を振って象をせき立てていました。宝石がちりばめられた兜や籠手やすね当てがきらめいていますが、何故か胸当ては着用していません。無防備な背中がこちらを向いていたので、銀鼠と灰鼠はそこへ攻撃を繰り出しました。闇魔法では防げない炎が飛んでいきます──。

 ところが、サータマン王の体がいきなりぐにゃりと大きく曲がりました。蛇のように背中が右へくねって、飛んできた炎を素通しさせます。

 姉弟がぎょっとしていると、サータマン王が振り向きました。それも体は前を向いたまま、頭だけが回転して真後ろを向いたのです。人の体の動きではありません。

「貴様たちだな。グルを捨てて異教の敵へ下ったという魔法使いは」

 とサータマン王は首だけをこちらに向けて言いました。嘲る声です。

 姉弟は、かっとなりました。

「私たちは真なる元祖グルのしもべだ!」

「おまえたちこそ偽のグル教をでっち上げて広めているじゃないか! おまえたちのグルは、自分たちに都合良く作り替えた偽物の神だ!」

「なんとでも言え。古くさいものは新しいものの前に消え去っていくのが道理だ」

 サータマン王が答えるのと同時に、王の前から黒い光が飛んできました。姉弟へまっすぐ飛んできます。

「闇魔法!?」

 人間のはずのサータマン王が魔法を使ったので、二人はまたぎょっとしました。灰鼠がとっさに絨毯をたたきます。

「防げ!」

 すると、絨毯の縁がめくれて立ち上がりました。姉弟の前に壁のようにそそり立って、飛んできた攻撃を受け止めます。

 とたんに絨毯が消滅しました。一瞬で全体が灰になり、あっという間に散ってしまいます。

 銀鼠と灰鼠は悲鳴を上げて落ちていきました。彼らは他の多くの魔法使いのように、空中に浮いたり転移したりすることができません。空飛ぶ絨毯がなくなれば、空から墜落するしかないのです。

 そこは教会の尖塔の上でした。姉と弟は屋根にたたきつけられて血反吐を吐きました。傾斜の急な瓦葺きの屋根を転がっていって、また地上へ落ちます。教会の前は広場になっていました。敷き詰められた石畳が近づいてきます──。

 

 けれども、地上にたたきつけられる直前、銀鼠と灰鼠の体がふわりと浮きました。石畳へ軟着陸して横たわります。

「ひどい怪我だ。大丈夫ですか?」

 あまり聞いたことがない声に話しかけられ、二人の全身から痛みが引いていきました。完全に消えたわけではありませんが、目を開けられるくらいには楽になります。

 彼らの前にかがみ込んでいたのは、短い赤毛に浅黒い肌の男性でした。純白の長衣を着て細い銀の肩掛けをつけ、首からはユリスナイの象徴をさげています。

「大司祭長……?」

 と二人は驚きました。神の都ミコンの最高責任者です。どうしてここに? と考えます。大司祭長が率いるミコン軍団はハルマスの砦にいると聞いていたからです。

 すると、そんな二人の考えを読んだように、大司祭長は話し続けました。

「勇者殿の命令でディーラの救援に来たのです。ディーラでは転移魔法が使えないので、後れを取りましたね。敵に侵入されてしまいました」

 話している間も大司祭長は銀鼠と灰鼠の傷を癒やしてくれたので、二人は起き上がれるようになりました。見回せば、都の中に入り込んだ敵とミコンの聖騎士団が戦いを繰り広げていました。聖騎士団は青いマントがひるがえして敵と斬り合っていました。赤い血しぶきが白い制服を染めますが、ためらうことなく戦い続けています。

 一方、ミコンの武僧軍団は巨象の前に集まって停めようとしていました。四十人以上の集団ですが、全員が筋骨隆々とした男たちで、両手を突き出して魔法の壁で象の行く手をさえぎっています。直接触れていなくても象の加重は伝わってくるようで、白い武僧服の下で全身の筋肉がはち切れそうなほどふくれあがっています。

 さすがの巨象も武僧軍団の壁に足踏みを始めました。

 ブォォォ……!!!

 苦しそうにもがいて進もうとしますが、見えない壁は破れません。

 大司祭長が見透かすように象を見上げて言いました。

「背中にサータマン王がいますね。だが、あれは……」

「サータマン王は闇魔法で攻撃してきたわ! あいつは魔法使いじゃないはずなのに!」

 と銀鼠が言うと、大司祭長はうなずきました。

「どうやらセイロスとつながって魔法使いになった人間というのは、サータマン王だったようです。なんとかして止めなくてはいけませんね」

 そのとき、武僧たちが大きく吹き飛びました。サータマン王が魔法攻撃を繰り出したのです。武僧軍団の半分が地面にたたきつけられてしまいます。

「危ない!!」

 象が武僧たちを踏み潰しそうに見えて、銀鼠と灰鼠が声をあげると、大司祭長がふわりと宙に浮きました。空高く舞い上がって象の上へ行き、象徴を首から外して唱えます。

「ユリスナイよ! 許されざる力に手を染め、欲望のままに他人の財産や命に手を出そうとする愚か者へ、裁きを与えたまえ──!」

 大司祭長の手の中の象徴がみるみる大きくなっていきました。あっという間に十メートルを超す大きさになってしまいます。ユリスナイの象徴は剣の形に似ています。

 大司祭長はそれをサータマン王めがけて振り下ろしました。象徴の先端が切っ先のように光りながら落ちて行って、サータマン王がいた場所を串刺しにします。

 が、直前にサータマン王は姿を消しました。象徴に貫かれたのは巨象でした。石畳の地面に縫い止められて悲鳴を上げます。

 すると、いきなり巨象が縮み始めました。ぐん、ぐんと小さくなっていって、ついには普通の象の大きさに戻ってしまいます。象徴もそれに合わせて小さくなっていきましたが、象が縮むのをやめると、象徴も小さくなるのをやめました。象は息絶えていました。突き刺さった象徴は、大きな墓標のようです。

「すごい……」

 銀鼠と灰鼠は呆気にとられてしまいました。穏やかそうに見えていても、大司祭長はミコンの魔法使いたちの最高峰なのだ、と再確認してしまいます。

 

「サータマン王に逃げられましたね」

 大司祭長が空から降りてきて言いました。集まってきた武僧たちに命じます。

「サータマン王は都のどこかに潜んでいます。探し出して捕まえなさい。何人かは残って怪我人の手当を」

 武僧たちはいっせいに町の中へ散って、姿を隠したサータマン王を探し始めました。負傷した武僧を魔法で治療する武僧もいます。

 大司祭長は象から象徴を引き抜きました。とたんに象徴が元の大きさになったので、銀鼠と灰鼠はまた驚いてしまいます。

 そんな二人に大司祭長は言いました。

「この象を焼き払ってください。もう死んでいますが、闇魔法は死んだものも動かして戦わせることができると、と言われています。また巨大化されて暴れられては大変なので、始末をお願いします」

「わかりました」

 と銀鼠たちは承知しました。大司祭長への口調が今までより丁寧になっていました。

 大司祭長は象を二人に任せて、周囲を見回しました。通りや広場では聖騎士団が敵と戦い続けていました。象に押し潰された建物から住人を助け出そうとしている人々もいます。

「武僧たちの治療がすんだら協力させなくては」

 と大司祭長がつぶやきます。

 

 そのとき、銀鼠と灰鼠が同時に叫びました。

「危ない!」

「よけてください、大司祭長!」

 大司祭長の背後にサータマン王が現れていました。大司祭長が振り向いて障壁を張るのと、王が刀を突き出すのが同時でした。三日月のように湾曲した刃が障壁を切り裂き、大司祭長を背後から貫きます。

 刀の切っ先は大司祭長の胸から飛び出し、すぐに引き抜かれました。傷口から大量の血が噴き出します──。

「大司祭長!」

「この悪党!!」

 銀鼠と灰鼠はサータマン王に攻撃を繰り出しましたが、王は血に濡れた刀を握ったまま、笑って姿を消していきました。

 大司祭長が崩れるように倒れていったので、銀鼠たちは駆け寄りました。

 近くにいた武僧たちや聖騎士団も、異常に気づいて駆けつけてきます。

「大司祭長! 大司祭長!」

「大司祭長様!」

「しっかりしてください、大司祭長様!!」

 皆が必死で呼びましたが、大司祭長は目を開けませんでした──。

2022年5月26日
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