ディーラの西の空にいるサータマン王には、面白くない報告が押し寄せていました。
飛象に乗った伝令が次々やってきては、苦戦する連合軍の様子を伝えていくのです。
「敵の飛竜に邪魔されて象が都に降りられません! 竜の攻撃で十頭以上の象が戦場を逃げ出しました!」
「先に都に降りた兵が敵と激戦になっています! 援軍を送れないので、我が軍が劣勢です!」
「都の門を開放することもできないようです! 魔法のしわざと思われます!」
さらにはこんな知らせまで飛び込んできました。
「ルボラス皇太子が敵の飛竜に襲撃されて捕虜にされました! ルボラス軍から、皇太子を助けるためにただちに休戦してほしい、と要請がありました!」
「役立たずどもが!」
サータマン王は額に青筋を立てて伝令たちを追い払いました。ルボラス皇太子救出の要請は無視します。
戦闘は確かに連合軍が攻めあぐねているようでした。
都の上にかかっていた障壁の屋根は消えていましたが、代わりに深緑の光がロムド城を包み込んで守っていました。街壁の門に象が内と外から体当たりするのも見えていましたが、門はびくともしません。確かにこれも魔法のしわざのようです。
屋根がなくなって見渡せるようになった都のあちこちで、兵士同士の戦闘が起きていました。銀の鎧のロムド軍が複数で連合軍の兵士を取り囲み、斬り合いの末に倒しています。都の中を走り回って魔法を使っている魔法使いもいます。
都の上空では飛竜が飛象軍団を追い回していました。飛竜の乗り手は鞍を置かない裸竜に立ち乗りしていて、竜を自分の手足のように操っていました。滑るように空を飛び、上へ下へ身をひるがえしながら象に攻撃をしかけてきます。しかも、いつまででもどこまででも軽やかに飛び続けることができるのです。短時間で疲れてしまったり、体が重くて高く飛べなかったりしたサータマン王の飛竜とは段違いです。
兵の数ではサータマン王の連合軍のほうがまだ勝っています。ただ、門の前は激戦になっているし、連合軍の隊列は西へ長く延びていたので、直接戦闘に加われない兵士が大勢いました。都の門が開放できなければ、この状態がずっと続くのです。
すると、急に連合軍の隊列の中ほどで爆発が起きました。激しい土煙と共に多くの兵士が吹き飛ぶのが見えます。
「何事だ!?」
とサータマン王が尋ねると、伝令が泡を食って飛んできました。
「敵の魔法使いが後方にいたカルドラ軍を攻撃! 指揮官のドーザ将軍が重傷を負いました!」
と属国軍の被害を知らせます。
その間にもまた魔法の爆発が起きたので、隊列が混乱に陥ります。
サータマン王は歯ぎしりしながら上着の胸元を開こうとして、その手を止めました。
「いいや、こっちではない」
とつぶやきながら、またディーラの都に向き直ります。
「都に入れないからまずいのだ。門が開かないのなら、入り口を作るまでだ」
むき出しになった胸の穴からまた闇魔法が飛び出して行きました。仰天している伝令めがけて飛んでいって、乗っていた象に命中します。
すると、いきなり象の体が大きくなり始めました。元より巨大な体が、ふくれあがるようにさらに大きくなっていきます。
ところが、魔法で生えてきた翼は大きさが変わりませんでした。教会の塔よりも大きくなった体を空に浮かせておくことができなくなって、象は地上へ落ち始めました。そこへまた闇魔法がぶつかると、押されるように空中を移動して、都の東の門までやってきます。
そこで象はついに地上に落ちました。真下は都を囲む街壁でした。石を積み重ねた高い壁が、超巨大になった象に踏み潰されて崩れていきます──。
広大な象の背中にサータマン王が姿を現しました。楽しそうに笑う王のはだけた胸元には、ぽっかりと空いた黒い穴がのぞいています。
象の背中にまだしがみついていた伝令や象使いは、そんな王の姿に震え上がりました。何か尋常でないものに取り憑かれている──そんなふうに見えたのです。王から逃げるように後ずさるうちに、象の背中の端から数十メートルも下の地面へ滑り落ちてしまいます。
巨象の背中にひとりきりになったサータマン王は、房がついた錫(しゃく)を握っていました。それを振り上げて象に命じます。
「行け! 城を破壊するのだ!」
象は命令に従ってのっそりと歩き出しました。城下町を積み木の町のように踏み潰しながら、中央にそびえるロムド城へ向かっていきます。
連合軍の兵士たちが、鬨(とき)の声を上げて王に続きました。門が開かなくても、崩れた街壁を乗り越えて都に入れるようになったのです。大軍が城下町になだれ込んでいきます。
飛竜が舞い降りてサータマン王を攻撃しようとしますが、見えない障壁に跳ね返されてしまいました。サータマン王も象も止めることができません。
「首を洗って待っていろ、ロムド王! 今度こそ貴様の息の根を止めてやる!」
勝ち誇ったように笑うサータマン王は、何故か急にほっそりしてきたように見えました。風船のように膨らんでいた腹は、いつの間にかすっかりしぼみ、胸にはあばら骨が浮き出しています。丸々としていた顔も、艶を失って頬がこけ始めています。
けれども、この混乱の中、サータマン王の変化に気がついた者はいませんでした。王自身も気がついてはいません。
黒い闇の穴を抱えながら、王はロムド城に近づいていきました──。