障壁の屋根が消えたディーラに、飛象が次々降り立っていました。
ロムド城は深緑の障壁で守られていますが、城下町は裸同然です。空から着地した象から敵兵が飛び降りて、町の中に駆け込んでいきます。味方を引き入れようと街壁の門へ走る象もいます。
ところが、都に鍵をかけるような音が響き渡ると、彼らはとたんに苦戦するようになりました。何をどうしても扉や門が開かなくなったのです。
建物の奥には都の住人が隠れているはずでした。貴族街には立派な建物が多いので、中には金銀や値打ちのある物もどっさりしまってあるはずです。ところが、彼らがいくら扉に体当たりしても、窓を壊して入り込もうとしても、扉も窓も頑として入り口を開けませんでした。
街壁の門も同様でした。門を守っていたロムド兵を追い払って門を開放しようとしたのですが、門はびくともしませんでした。象に体当たりさせても、まるで開きません──。
青の魔法使いは走りながらそんな様子を確認していました。
「白と赤の魔法がしっかり効いてますな。いい具合だ」
白の魔法使いたちは都全体の扉や窓に封鎖の魔法をかけたのです。
ところがそこへ、がらがらと何かが崩れる音が響いてきました。扉をこじ開けられないことに業を煮やした敵が、象で建物を直接攻撃し始めたのです。レンガ造りの壁が崩れて穴が空き、中に避難していた住人が悲鳴を上げています。
敵の兵士が建物に入り込もうとしたので、青の魔法使いは駆けつけながら杖を振りました。ほとばしった魔法が敵を建物から跳ね飛ばします。
彼はさらに走って建物の前に立ちはだかりました。
「都で乱暴を働くことは許さん! さっさと立ち去れぃ!」
敵は一瞬ひるみましたが、すぐに勢いを取り戻しました。
「行け、戦象!」
「たったひとりだ! 踏み潰せ!」
兵士たちに言われて象が動きました。太い前脚を高々と持ち上げて踏みつけようとします。
武僧はぐっと一歩踏み出し、杖を両手で横に握って突き出しました。すると、象の前脚はぴたりと停まりました。まだ杖に触れてもいないのに、受け止められたように空中で動かなくなってしまったのです。背中の象使いが驚いて何度も鞭を使いますが、やっぱり象は脚を下ろせません。
「飛べ! 飛べ!」
と象使いが言ったので、象は背中の翼を動かしました。巨体がふわりと浮いて、見えない障害から前脚が離れます。
彼は杖を引くと、大きく横へなぎ払いました。
「せぇい!」
とたんに象は大きく横へ吹き飛びました。まるで杖が何倍にも伸びて象を殴り飛ばしたような動きでした。
吹き飛んだ象は味方の兵士たちの上に横倒しになりました。象使いも象の頭の下敷きになります。
象はすぐにまた立ち上がりましたが、彼が近づいていくと、怯えたように後ずさって舞い上がりました。そのまま後も見ずに空へ逃げて行ってしまいます──。
ふぅ、と青の魔法使いは杖を引きました。普段ならたいしたこともない戦いですが、先の戦闘でかなり消耗した後だったので、息が上がっていました。逃げた象にユラサイからの飛竜軍団が襲いかかっていたので、そちらは彼らに任せることにして、負傷した敵兵を魔法で縛り上げて通りの片隅に放り出します。
「さて、問題はこれだが……」
と彼は壊れた建物をのぞきこみました。そこは貴族の屋敷でした。ゴーリスやジュリアの屋敷のように、貴族だけでなく町民も農民も大勢が避難していて、部屋の奥に固まって震えていました。必死で扉を開けようとしている者もいます。
「ああ、いかんいかん。白たちが魔法をかけましたからな。魔法が解けるまでは扉は開きませんぞ」
と彼は言ってから、そうだ、と思いつきました。また杖を取り出して、崩れた壁をとんとん、と軽くたたきます。
すると、新たな扉が現れました。元からそこが出入り口だったように、壊れた壁をぴったりふさいでしまいます。
「扉なら破られんでしょうからな。戦闘が終わるまで、そこでじっとしていてください」
と屋敷の中の人々に外から話しかけて、彼はまた走り出しました。別の場所から象が建物を壊す音が聞こえてきたからです。
「いったい都に何頭入り込んでいるのやら……。だがしかたない。一頭ずつ駆除するしかないですな」
そんなひとりごとを言いながら、彼は城下町を走り続けました──。