王都ディーラから大荒野へ伸びる西の街道では、ゴーラントス卿──ゴーリスがロムド正規軍と共に東へ引き返しているところでした。
彼らは西からサータマン連合軍が攻めてくると知って、迎撃のためにディーラから出撃していました。だいぶ前のことのようですが、実際にはほんの数日前のことです。
敵は街道に沿って攻めてくるとばかり思っていたのですが、疾風部隊は街道を外れて荒野を駆け抜けていったので、途中で遭遇することなく先へ行かせてしまいました。そこで後を追って引き返していたのです。
正規軍の先頭に立って馬で進むゴーリスは、黒っぽい鎧を着けて同じ色の兜をかぶっていました。軍の全員が騎馬隊ならば移動も速いのですが、歩兵部隊も一緒なので、進みはかんばしくありません。ゴーリスは行く手に斥候を出して、敵がどのあたりにいるのか探りに行かせました。今は斥候が戻るのを待ちながら、東へ進んでいるところでした。
「先駆けは疾風部隊だ。もうハルマスにたどり着いて戦闘が始まっているかもしれんな」
とゴーリスは考えていました。
「フルートたちが疾風部隊に負けるはずはないが、闇の軍勢と疾風部隊が協力してハルマスを攻めれば、さすがに苦戦させられるだろう。早く援軍に行ってやらなくては」
と考えます。ゴーリスたちにはディーラやハルマスの情報はほとんど入っていなかったので、戦闘が今どんな状況になっているのか、知ることができなかったのです。
そこへ馬に乗った斥候が血相を変えて戻ってました。
「大変です! 都が敵の大軍勢に包囲されて攻撃されています──!」
なに!? とゴーリスだけでなく、報告を聞いた全員が驚きました。
「都が攻撃されているだって!?」
「ハルマスの間違いではないのか!?」
ゴーリスも斥候に厳しく尋ねました。
「敵の大軍勢とはどういうことだ!? ハルマスが敗れて、敵がディーラに押し寄せてきたというのか!?」
「どういうことかわかりません。ただ現実に都が敵に包囲されて激しい戦闘が起きておりました! それがハルマスからやってきた敵かどうかは判断できませんでした!」
斥候は街道を東進して、最後の丘を越えたところで激戦に陥っているディーラを目の当たりにしました。大急ぎで報告に戻ってきたので、詳細まではわからなかったのです。
「ただ! 奇妙な生き物が空を飛び回っておりました! 飛竜ではありません! 翼が生えた象に見えました!」
象……? とざわめく兵士たちの中でゴーリスは断言しました。
「象は空を飛ばん、それは怪物だ! ディーラへ急ぐぞ! 騎馬隊は俺に続け! 歩兵部隊は後を追いかけてこい!」
ゴーリスに従って騎馬隊が駆け出しました。石畳の街道にたくさんの蹄の音が響き渡ります。
すると、部隊の副官がゴーリスに追いついてきて、悔しそうに言いました。
「我々はまんまと敵に出し抜かれたのですね! しかも都が狙いだったとは! 都の様子が気がかりです。どのようになっているのでしょう?」
「わからん。魔法軍団が守っているのだから、そう簡単に敵を侵入させるとは思わんが」
「でも、空を飛び回る象というのは……! 私は噂でしか聞いたことがありませんが、象というのは非常に大きくて凶暴な動物だというではありませんか。それが空から都に侵入したら……!」
そこまで言って副官は一度口を閉じ、少しの間、馬を走らせることに専念してから、また言いました。
「ゴーラントス卿、こんなことを言ったらお叱りを受けるかもしれないのですが、私は都に残してきた家族が心配なのです。妻と三人の子どもと、年老いた両親がおります。避難の準備をさせていましたが、敵がこんなに早く都を襲撃するとは想像もしておりませんでした。今頃どうなっているのか……」
ゴーリスは不安に駆られている副官を叱りませんでした。行く手を見ながら言います。
「部隊にはそんな者が大勢いる──俺もだ」
彼も妻のジュリアと二人の子どもをディーラに残してきていたのです。娘のミーナは三歳、息子にいたっては先月生まれたばかりでした。貴族の中には、都やハルマスに敵が近づいていると知って、家族を安全な場所に避難させた者もいたのですが、彼は妻が産後間もなかったこともあって、都の屋敷に残らせたのでした。
これまで幾度も敵の攻撃を受けたディーラでは、敵が攻めてきたときには丈夫な建物や教会、城などに避難することになっていました。その際には都のまわりで暮らす農民も都の中に避難することになっています。貴族の屋敷はたいてい大きくて頑丈なので、有事の際には貴族や町民や農民の隔てなく、屋敷に受け入れる決まりになっていました。
ジュリアもきっとそうしているだろう、とゴーリスは考えました。こんな事態に備えて屋敷の地下室を改造しておいたので、そこに皆で隠れているはずです。また飛竜に攻撃されても耐えられるくらい丈夫に造ったつもりでしたが、空飛ぶ象の攻撃に耐えられるかどうかはわかりません。
もちろん城やロムド王たちのことも心配です。
様々な不安に押し潰されそうになりながら、彼は正規軍と共にディーラへひた走りました──。