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第28巻「闇の竜の戦い」

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第42章 封鎖

121.白の魔法使い

 「まずいぞ、白! 敵の魔法が魔法軍団を狙い撃ちするわい!」

 深緑の魔法使いに突然そう知らされて、白の魔法使いは飛び上がりました。外の戦いの様子を確かめたいのですが、透視を妨害されているので、彼女には見ることができません。

「どこだ!? どこが狙われている!?」

 と聞き返すと、離れた北の塔から老人が答えました。

「都の外で戦っとる魔法使い全部じゃ! 都の西から撃ち出された闇魔法が全員の上に落ちていこうとしとる!」

 全員! と彼女はまた愕然としました。とんでもなく広範囲です。

「防げそうか!?」

 とまた尋ねると、老人はうめくように言いました。

「無理じゃ、闇魔法が強力過ぎる! あれを防げるのは、ごくわずかじゃ!」

 女神官は即座に決断しました。

「深緑、障壁を広げろ! それと、どの程度広げればいいか教えろ!」

「街壁から百、いや二百メートルじゃ! 急げ! 魔法が降ってきた!」

 そこで彼女は護具を強く握り直しました。最大限の魔力を護具へ流し込みます──。

 

 都の南の門の近くで戦っていた浅黄の魔法使いは、空高く打ち上げられたたくさんの闇魔法が、都の上空で破裂するように分かれて降ってくるのを見ました。無数の黒い流れ星が落ちてくるようです。彼女がいる南にもいくつかの星が落ちてきます。

 一緒に戦っていた檸檬(れもん)の魔法使いがどなりました。

「やばいぞ、浅黄のばあさん! こっちに来る!」

「あたしたちを狙ってるんだよ!」

 と老婆はどなり返しました。魔法で跳ね返そうとしますが、闇魔法はそれを打ち砕いて落ち続けます。

「防げないのかい!?」

「えらく強力な攻撃だ! ばあさん、力を貸してくれ!」

 檸檬に言われて老婆はすぐにまた魔法を撃ち出しました。二人の魔法がひとつに重なって頭上に丈夫な障壁を広げます。

 が、闇魔法はそれもたちまち砕いてしまいました。黒い二筋が彼女と檸檬に向かってまっすぐ落ちてきます。彼らには防げません──。

 すると、都の上をおおっていた障壁がいきなりぐんと広がりました。屋根のひさしが伸びるように、白い光が彼らの上まで伸びてきます。

 そこへ闇魔法が降ってきました。白い障壁と激突して激しい音と光が湧き起こります。

「隊長たちだ!」

「俺たちを守ってくださってる!」

 仲間たちの歓声が心話で伝わってきました。白と深緑の障壁が都の上を半分ずつおおいながら範囲を広げて、敵の攻撃から魔法軍団を守ったのです。

 闇魔法は次々と降ってきているようでした。障壁の屋根の上で音と光が幾度も広がり、屋根の下にまで衝撃を伝えてきます。戦っていた兵士たちが雷のような現象に仰天して思わず頭上を見ます。

 けれども、やがてそれも収まり、あたりは静かになりました。

「敵の魔法攻撃がやんだな」

「あんな強力な魔法、そうそう続けられるわけないさね」

 檸檬や浅黄が安堵しながら空を見上げていると、広がっていた障壁の屋根が音もなく縮んでいきました。彼らの頭上にまた空が現れます。今にも降り出しそうな暗雲が流れてきていますが、このあたりでは雨はまだ降っていません。

 戦場では白兵戦が再開していました。敵と味方が剣や槍の戦いを繰り広げています。檸檬や浅黄もまた戦闘に加わろうとしました。味方は善戦していますが、なにしろ敵は大軍です。味方が疲れ切ってしまう前に、敵を撃退しなくてはなりません。

 ところが、急にどよめきが聞こえて来ました。戦場からではありません。都の中からいっせいに驚きの声や悲鳴が上がったのです。

 どきりとして振り向いた檸檬と浅黄は、都の上の白い屋根が割れるようにちぎれて消えていくのを見ました。障壁の屋根が消滅していきます。

「白様!?」

 と彼らは叫びました。白い障壁を張っているのは白の魔法使いです。いったい何が、と都を見ようとしますが、相変わらず透視を邪魔されていて、守りの塔の様子を見ることができません。

「白様!」

「白の隊長!?」

 都のいたるところから、仲間たちが自分たちの長を呼ぶ声が聞こえてきました──。

 

「白! 大丈夫か、白!? しっかりせい!」

 深緑の魔法使いの呼び声に、女神官は、はっと正気に返りました。

 彼女は石の床にうつ伏せに倒れていました。敵の闇魔法を防いだ後、急に意識が遠のいて気を失ってしまったのです。

 護具を手放してしまったので、都を守っていた障壁が消えていました。窓の外を見ると、深緑の魔法使いが張る障壁は残っていますが、都の半分が空の敵へ無防備に入り口を開けています。

「いかん!」

 彼女は跳ね起きて護具をつかみ直そうとしましたが、とたんに力が抜けて床に膝と手をつきました。体が鉛のように重く感じられて、立つことができません。

「くそ……」

 彼女は床に突っ伏してあえぎ、また顔を上げました。床を這って進んで中央にたどり着き、全身で息をしながら細い杖のような護具を握ります。

 が、護具から白い魔法の光はほとばしりませんでした。都の上に障壁を張ることができません。

 そこへ銀鼠と灰鼠が絨毯で飛んできました。

「大変です! 障壁の消えた場所から空飛ぶ象が入り込んできます!」

「すごい数です! 背中に敵が乗っています──!」

 そこまで言って姉弟は息を呑みました。彼らの長が護具にすがったまま動けなくなっているのを見たのです。白い長衣を着た背中が激しくあえぎ続けています。

 銀鼠と灰鼠はぎゅっと唇を噛むと、まるで命令を受けたように言いました。

「了解、象をディーラから撃退します!」

「全部は無理かもしれないけど、可能な限り象を倒します!」

 と急いで守りの塔の窓から離れていきます。

「くそ……くそっ……!」

 女神官はあえぎながら悪態をつきました。どんなに自分をののしっても、力は元に戻りません。空飛ぶ象の集中攻撃ですでにかなり疲れていたところに、闇魔法の防御まで行ったので、疲労困憊(ひろうこんぱい)してしまったのです。それどころか、なけなしの力を護具に吸い取られて、いっそう動けなくなってしまいます。

 ついに彼女は護具を手放しました。床にうつ伏して荒い呼吸を続けます。

 

 そこへ深緑の魔法使いが話しかけてきました。

「上空の象が都に攻撃を始めとるが、わしひとりでは障壁が張りきれん。連中の狙いは城じゃ。城に集中的に障壁を張るぞ」

「待て、それでは都が……!」

「わかっとる。だが、象はすでに何頭も入り込んどる。城を守らんと、陛下が危ないんじゃ」

 窓の外で緑の光の屋根が狭まっていきました。おぉっとまたどよめきが伝わってきます。けれども、緑の光は完全には消えませんでした。小さくなった屋根の縁から裾野を下へ伸ばすと、ロムド城をすっぽり包み込んでしまいます。それだけで手一杯になってしまったのか、老人からの心話が聞こえなくなります。

 一方、城下町では騒ぎが大きくなっていました。象の鳴き声や人のどなり声が響いてきます。上空を守っていた障壁がなくなったので、象が次々飛んできて都に入り込んでいるのです。どがん、ずしんと象が町を壊す音も聞こえ始めます。

 都を守らなければ……と白の魔法使いは考えました。飛象が入り込んだからには、都の門が敵に開放されてしまうのは時間の問題です。外にいる敵が東西南北からなだれ込んできたら、都はあっという間に制圧されてしまいます。略奪や破壊が始まり、住人は避難している場所から引きずり出されて、暴行されたり殺されたりするでしょう。そうなればディーラは破滅でした。いくら城が守られていても、都は消滅してしまうのです。

 ディーラには侵入させない! と彼女は強く思いました。あえぎながら上半身を起こし、両手を床に突くと、彼女が信じる女神に祈りを捧げます。

「ユリスナイよ、都を敵からお守りください! 扉という扉、窓という窓に敵を防がせたまえ! 力が足りないというのであれば、私のこの命を……!」

 とたんに、すぅっと意識が遠のきました。両手から都を守る魔法が発動したのですが、なけなしの力をそこに吸い取られてしまったのです。腕からも力が抜けて、石の床に顔面から落ちていきます──。

 ところが、彼女の顔がたたきつけられる直前、誰かが後ろから抱き留めました。太い腕と大きな手がクッションのように彼女を守ります。

 薄れていく意識の中に、誰かの声が聞こえます。

「赤、白の魔法の続きを頼みます! 白、白、しっかりしてください!」

 女神官はたちまち正気に返りました。自分を支えている人を振り向き、武僧のひげ面を見て唖然とします。

「青、どうしてここに……?」

 すると、少し拗ねたような声が近くから話しかけてきました。

「俺もここにいるんだがな、白」

 黒い肌に猫の瞳の小男が、先ほどの彼女と同じように床に両手をついて、こちらを見ていました。彼女が思わず顔を赤らめると、小さな肩をすくめて呪文を唱え始めます。彼にしか使えないムヴア語の呪文ですが、先に彼女がかけ始めていた魔法にみごとにつながり、そのまま力を送り込んでいきました。白い魔法が赤い魔法の光に押されるようにしながら、塔の外へ、都の中へと広がっていきます──。

 

 回復の魔法をかけてもらって、女神官はようやく少し元気になりました。

 床に座り直し、青の魔法使い、赤の魔法使いと目を移して尋ねます。

「本当に、どうしておまえたちがここにいるんだ? ハルマスで療養しているはずじゃなかったのか?」

「確かにハルマスの病院に入院させられていましたがね。ディーラが大変なことになっているようだと聞いて、東から来た人たちに連れてきてもらったんですよ」

「東から来た人たち?」

 と女神官は聞き返し、武僧が示した窓の外を見て目を丸くしました。たくさんの飛竜がディーラの空を飛び回っていたのです。

「ユラサイの飛竜部隊がハルマスから駆けつけてくれたのか」

 と言うと、いやいや、と武僧は首を振りました。

「ユラサイの飛竜部隊と竜子帝は、勇者殿の命令でハルマスを守っています。あれは竜仙境の竜使いたちと、その飛竜ですよ。皇帝の軍隊ではありませんが、竜の操縦に関して彼らの右に出る者はありません。ハルマスからここまで、たった二十分で飛んできましたからな」

 すると、猫の目の魔法使いも言いました。

「どうやら占神がディーラの危機を予知したらしい。ああ、いや、予知したのは占神の妹だと言ったか? とにかく、危険が迫っていると感じた占神が、じいさんに頼んで竜仙境から飛竜を呼んでくれたんだ。占神は竜仙境の人間だからな。あのじいさんも先代の占神だから、何か感じたらしい。ディーラに行く前にハルマスに立ち寄って、俺たちを乗せてきてくれたんだ」

 そう話しながらも、彼は両手を床に押し当て続けていました。赤い光が波動のように広がって、次々塔の外へ伝わっています。

 女神官は外の様子を確認しようとしましたが、座った姿勢ではよく見えませんでした。立ち上がろうとしますが、やっぱりまだ力が入りません。悪戦苦闘していると、急にふわりと体が持ち上がりました。武僧が彼女を抱きかかえて立ち上がったのです。

 彼女が驚いて降りようとすると、たちまち武僧に叱られました。

「外が見たいのでしょう!? いいからこのままでいなさい!」

 確かに助けを借りなければ外は見られないのですから、言うとおりにするしかありませんでした。彼女がおとなしくなったので、赤の魔法使いがまた肩をすくめます。

 窓の外は深緑の魔法使いが張る緑の障壁におおわれていましたが、色ガラスの窓を透かすように景色が見えていました。たくさんの飛竜が空を飛んで象を追い回しています。

 象の上から兵士が矢を放ち、象も鼻を振り回して応戦しますが、鞍を置かない竜仙境の竜は身軽で、敵にはまるで追いつけませんでした。竜が隙を見て象の体や翼を噛むので、象が暴れて兵士や象使いを振り落としています

「竜仙境の竜もたいした戦いっぷりですな。空飛ぶ象に負けていませんぞ」

 と武僧が言ったので、女神官は首を振りました。

「空から降りた象が危険だ。町に被害を及ぼそうとしている」

 城下町に降り立った象が、通りに面した建物に体当たりをしているのが見えたのです。

「では、そちらは私が受け持ちましょう」

 と武僧は彼女を塔の窓辺に降ろし、自分は窓から飛び降りようとしました。

 が、その前に振り向いてまた言いました。

「白は力が回復するまで何もせんでくださいよ。さっきのように命がけで魔法を使おうなんて、とんでもない。あなたは私の妻になる人なんですからな」

 そこのところはお忘れなく、と言い残して、武僧は窓から飛び出していきました。ディーラでは転移魔法は使えないので、そのまま地上に降り立つと、深緑の魔法使いの障壁を抜けて城下町へ出ていきます──。

 また真っ赤になって何も言えなくなっている彼女に、赤の魔法使いは肩をすくめました。これで三度目です。

「俺もアマニを連れてくれば良かったな。一緒に来たがっていたんだ」

 とぼやくと、最後のひと押しを魔法に送り込みました。

「そら、これで完成だ!」

 ガシャーーン

 まるで巨大な鍵をかけたような音が都中に響き渡ります。

 魔法の結果を確かめるため、女神官は窓辺につかまって町の様子を眺めました──。

2022年5月16日
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