王都ディーラの西に、象に乗ったサータマン王がいました。象には大きな翼が生えていて、羽ばたきながら空に浮いています。
サータマン王が眺めていたのは激しい戦闘の様子でした。都の西の門の前で、軍勢と軍勢が激突して死闘を繰り広げています。攻めているのはサータマンの国王軍や領主軍、サータマンに従う属国軍です。都を守る兵士の何十倍という数なのですが、意外なくらい苦戦していました。敵の兵士は街壁を背に一歩も引かずに戦うし、門や壁の上からは魔法使いが攻撃してきます。飛象部隊は空から都に侵入しようと試みていますが、都の上空は巨大な丸屋根のような魔法の障壁に守られていました。象が破壊して入り込もうとすると、内側で守備についていた魔法使いがすぐに飛んできて、象を撃退してしまいます。
「往生際の悪い連中め……!」
サータマン王が腹立たしく思っていると、一頭の飛象がやってきました。サータマン王に負けないほど立派な桟敷(さじき)に、きらびやかな防具をつけた浅黒い顔の男が乗っています。彼はルボラス国の皇太子でした。ルボラス国王軍を率いてきたのですが、実際の指揮は隊長がとるので、彼は形だけの司令官でした。サータマン王を見つけるとものすごい勢いで飛んできてわめき出します。
「我が軍が北側の門で敵にやられた! 精鋭と名高い赤目部隊がほぼ壊滅だ! これはどうしたことだ、サータマン王!? 我々はグル神から守られているはずではなかったのか!?」
サータマン王は顔をしかめました。
「壊滅? ルボラス軍は全滅したのか?」
「いいや! 赤目部隊はおよそ千名の部隊だ! 他に同じ規模の青髯(あおひげ)部隊がいる! だが──」
「では、その兵士たちを投入すれば良かろう。グル神は自分で自分を助けようとしない者は救わないぞ」
甘ったれるな、と言わんばかりのサータマン王に、ルボラスの皇太子は真っ赤になりました。歯ぎしりしてサータマン王をにらみつけ、王が乗っている象を見て言います。
「それは父上が寄贈したものだったが、王には少し大きすぎたようだな。振り落とされないように注意なさるがいい」
それは精一杯の憎まれ口でした。怒りに身震いしながらサータマン王から離れていきます。
「ふん」
とサータマン王は言って、それっきりルボラス皇太子のことは忘れてしまいました。どのみち、ルボラス国では国王の力はたいしたことがないので、その軍勢もさほど重要ではなかったのです。ルボラス国の有力な商人たちの傭兵部隊が負けることのほうが大事でしたが、今はまだその報告は入っていませんでした。
そこへ小柄な飛象に乗った伝令が飛んできました。
「陛下にご報告します! 敵の都を東から攻撃していた疾風部隊が敗退しました! 疾風部隊の被害は甚大です!」
「なに!?」
サータマン王もさすがに今度は驚愕しました。彼ご自慢の疾風部隊が敗れたのです。
「被害はどの程度だ!? 指揮をしていたマグラン将軍はどうした!?」
「報告によると、被害はおよそ四百! 疾風部隊の戦力の八割を失いました! マグラン将軍も敵の矢に当たって戦死いたしました!」
想像以上の被害にサータマン王は絶句しました。額に青筋を立てて王都をにらみつけますが、上空に障壁の屋根がかかっていることもあって、その向こう側を見通すことはできませんでした。疾風部隊が敗退している様子も、ここからでは見えません。
「行け!」
と王は伝令を下がらせましたが、すぐにまた新しい伝令が飛象でやってきました。
「陛下、敵の都を南から攻めているカルドラ軍から連絡です! 敵の魔法使いの攻撃が強力で、門の前から退却を余儀なくされているとのこと! 我が軍に救援を求めています!」
「どいつもこいつも……!!」
サータマン王は体を震わせて怒りました。西の後方に控えている自軍へ南への応援を命じると、歯ぎしりをしてつぶやきます。
「貴様が自慢するその魔法軍団は、わしが徹底的に潰してやるぞ。せいぜい今は勝っているつもりでいるがいい」
彼が呪っている相手は、王都の中にいるロムド王でした。息巻きながら上衣の前を開いて胸の穴をあらわにします。
「魔法使いどもを打ちのめせ! ひとり残らずだ!」
サータマン王の胸の穴から、またたくさんの黒い光が飛び出して行きました。空の上から戦場へと降り注いでいきます。その下にはロムドの魔法使いたちがいました。
「死ね、魔法使いども!」
サータマン王の高笑いが響く中、闇魔法の攻撃は魔法軍団へまっしぐらに落ちていきました──。