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第28巻「闇の竜の戦い」

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119.疾風部隊

 急に降り出した雨の中、ディーラの東の門の前では、ロムド国の領主のリーバビオン伯爵が兵を率いて戦っていました。

 リーバビオン伯爵はロムド国の西の国境を守る忠臣でした。先代の父親は幼かった皇太子のオリバンを敵から守って亡くなっています。長年外国からロムド国を守ってきた領主軍だけに、伯爵もその兵士たちも非常に勇猛で、戦闘は大変な激戦になっていました。いたるところで敵と味方が武器を交えて戦っています。

 リーバビオン伯爵は敵を落馬させて槍でとどめを刺すと、手綱を引いて周囲を見ました。雨が降っていますが、激しくはないので見通しは利きます。東の空が真っ暗になっているので、思わず眉をひそめてしまいます。

「あの下は土砂降りだな」

 とつぶやいてから、改めて戦場を見渡します。

 敵の数は数百騎というところでした。全員が黒っぽい緑の鎧を着て、同じ色の兜をかぶっています。防具の色と兜の形はサータマン軍のものでした。非常に素早く、馬の操り方も巧みです。

「サータマンの疾風部隊か」

 と伯爵はまたつぶやきました。

 数としては彼の軍と同じくらいですが、機動力は敵のほうが上でした。その代わり、こちらには強力な援軍がいました。今も東の門の上から光がひらめいて、戦場の中の敵を打ちのめします。門の上に魔法軍団の魔法使いが二人配置されていて、攻撃魔法を繰り出しているのです。

「おかげで敵は門に近づけずにいる。それどころか浮き足だっているぞ」

 とリーバビオン伯爵は言い続けました。ひとりごとを言うことで自分の考えをまとめていくタイプの人物なのです。

「幾度も我が国に攻め込んできては、そのたびに大敗しているからな。サータマン王ご自慢の疾風部隊だが、優秀な人材が激減している、という噂は本当だったか」

 それならば、と彼は考え、近くに控えていた伝令兵に合図をしました。

「敵を徹底攻撃! 敵が恐れをなして逃げ出したら、後を追って壊滅させるぞ!」

 伝令はさっそく角笛を口に当てると、戦場中に響く音を吹き鳴らしました。全軍総攻撃と敵壊滅の命令を味方へ伝えます。

 戦闘はさらに激しさを増しました。敵と味方が槍や剣をぶつけ合って死闘を繰り広げます。

 リーバビオン伯爵にも敵の馬が突進してきました。敵兵は槍を構えています。

 伯爵は手綱を繰ってやり過ごし、敵を背後から攻撃しようとしましたが、敵はあっという間に向き直りました。また突進してきます。

 伯爵は槍を繰り出しましたが、かわされてしまいました。逆に敵の槍が襲いかかってきます。よけようとしても敵が速すぎて間に合いません──。

 そこへ空から光が降ってきました。茶色がかった金色の光が馬ごと敵を打ちのめします。

 命拾いした伯爵は門を振り向きました。金茶色の長衣の魔法使いが手を振って合図してきたので、槍を掲げて感謝します。

 

 ついに敵陣で銅鑼(どら)が鳴らされました。敵兵がいっせいに武器を引き、馬の向きを変えて駆け出します。戦場から逃げ出したのです。

「逃がすな! 逃がせば再び都を攻撃してくる! 敵を壊滅させるぞ!」

 リーバビオン伯爵は声を上げて駆け出しました。部下たちが後に従い、全軍が敵を追いかけ始めます。

 それを見て敵はますます必死になって逃げていきました。後ろも見ずに街道を駆け、それでは追いつかれると思ったのか、街道から外れて丘陵地へ逃げて行きます。

「逃がすな! 追え!」

 と伯爵は言い続けました。自身も軍の先頭に立って走り続けます。次第に敵の後ろ姿が近くなってきます。

 そのとき、かすかな違和感が伯爵を襲いました。何かおかしいぞ、と彼に告げてきます。

 なんだ? 何がおかしい? と彼は考えました。

 最後尾の敵は次第に近づいてきます。丘陵地に入ってから、敵のスピードががくんと落ちたので、距離が縮まってきたのです。間もなく追いついて後方から襲いかかることができます。作戦通りですが──

 そんな伯爵のとまどいなど知らずに、部下が話しかけてきました。

「殿、敵はぬかるみが苦手だったようですね。走るのに苦労していますよ」

 確かに雨が降り続いているせいで、地面はぬかるんでいました。敵の馬の足取りが重くなっています。

 けれども、伯爵は、はっとしました。

「あれは疾風部隊だ! 雨ぐらいで速度が落ちるはずがない!」

 罠だ! と気がついた瞬間、敵の中でまた銅鑼が打ち鳴らされました。

 とたんに丘を登っていた敵が、くるりと向きを変えて坂を駆け下り始めました。これまでとはうって変わったスピードで突進してきます。

「来るぞ!」

 と伯爵が言ったとたん、今度は右後方でも銅鑼の音がしました。丘の麓から別の敵の集団が現れたのです。後方から伯爵軍に襲いかかってきます。

「新たな敵だ!」

「挟まれたぞ!」

 伯爵軍の兵士たちは衝撃を受けました。前と後ろの両方から迫る敵に立ちすくんでしまいます。

 後方からの敵がサータマン軍の装備をしているのを見て、伯爵はどなりました。

「あれは新たな敵ではない! 今まで戦っていた敵だ!」

 サータマン軍の疾風部隊は、後方の兵士がわざとゆっくり走って伯爵軍を惹きつけている間に、前方の兵士たちは速度を上げて丘の麓を回り、伯爵軍の後方に出て、挟み撃ちを仕掛けてきたのでした。

「行け、行けぇ! 魔法の援護はなくなったぞ! 徹底的にたたきのめせ!」

 後ろから現れた疾風部隊の中で、指揮官が声をからしてどなっていました。疾風部隊を率いているマグラン将軍です。疾風部隊はここへ来る途中、ミコン山脈の麓で敵の魔法に引っかかって足止めされた苦い経歴があります。汚名返上しようと必死です。

 伯爵軍の前後で激しい戦闘が始まりました。

 疾風部隊は丘の高い場所から駆け下りるように襲ってきたので、伯爵軍には不利でした。しかも、都の門から離れてしまったので、魔法軍団の援護魔法が届かなくなっていたのです。伯爵の部下たちが次々倒れていきます。

 リーバビオン伯爵自身も、勇敢に戦いましたが、敵の勢いを止めることができませんでした。敵の攻撃を肩に食らって落馬してしまいます。

「大将だ! もらったぞ!」

 伯爵の立派な装備を見て、敵兵が勇んで剣を振り上げます──。

 

 そのとき、獣の吠えるような声と蹄の音が迫ってきました。サータマン兵は思わずそちらを振り向き、ものすごい形相で突進してくるロムド兵にぎょっとしました。たった一騎ですが、彼の馬に体当たりをしそうな勢いで突撃してきます。

 サータマン兵がとっさに飛び退くと、ロムド兵はすぐに馬の向きを変えてまた向かってきました。大柄な青年で、右手に剣を握っています。

「うおぉらぁぁ!!!」

 青年はまた吠えるような声を上げて剣を振り回しました。サータマン兵が剣で応戦しますが、青年の力が強すぎて剣を飛ばされ、馬から落ちてしまいます。

 サータマン兵は地面を転がり、取り落とした剣にあわてて飛びつきました。構え直して青年の馬に切りつけようとします。が、剣が持ち上がりませんでした。はっとして見ると、先に落馬していたリーバビオン伯爵が剣の刃を踏みつけていました。彼は剣が構えられません。

 そこへ青年が馬から飛び降りてきました。サータマン兵に切りつけ、さらに剣を突き刺してとどめを刺します。

 敵が絶命したのを確かめてから、青年は体を起こしました。伯爵が片腕を押さえているのを見て言います。

「伯爵、怪我をなさいましたか!?」

「いや、打撲だけだ。心配ない」

 と伯爵は答え、この若者は誰だろう、と考えました。今まで見たことがない顔でした。ロムド正規軍の防具を着て、従者の上衣を着ているのですが……。

 そこへ丘の向こうから新たな大軍が現れました。銀の鎧兜のロムド正規軍でした。角笛の音が響き渡り、雪崩をうってサータマン軍へ突進して行きます。

 形勢はたちまち逆転しました。伯爵軍に襲いかかっていた疾風部隊は、突然出現した正規軍に横から襲われたのです。得意の機動力で攻撃をかわして体勢を立て直そうとしますが、正規軍はそれを許しませんでした。疾風部隊を分断すると、それぞれに取り囲んであっという間に倒していきます──。

 唖然としているリーバビオン伯爵に、濃紺の鎧兜の老人が馬で駆け寄ってきました。

「おお、無事だったな、リーバビオン卿!」

「ワルラ将軍!」

 と伯爵は声を上げ、戦っている正規軍を見て言いました。

「では、これは将軍の部隊でしたか。助かりました」

「ディーラが敵に襲撃されていると聞いて、ハルマスから駆けつけたのだ。間に合って良かった」

 とワルラ将軍が応えます。

 一方、老将軍にはガスト副官が従っていて、先ほどの青年を叱りつけていました。

「こら、ジャック! 行ったまま戻ってこないとは何事だ!? おまえの役目は偵察だ! 参戦しろとは命じられていなかったんだぞ!」

 青年は大きな体を小さくしていました。すみません、すみません、と将軍と副官に平謝りします。

 リーバビオン伯爵はあわてて言いました。

「いやいや、彼を叱らんでください。私は彼に命を救われたのです」

「リーバビオン卿の命を?」

 と将軍たちが驚きます。

「そうです。私が危険な状況になっているのを見て、我が身を捨てるような勢いで飛び込んできてくれました。おかげで敵はたじろぎ、私は命拾いしました。そうですか、彼が将軍の秘蔵っ子だったのですね。話には聞いていましたが」

 ジャックはたちまち真っ赤になりました。

「俺が秘蔵っ子だなんて、まさか……! 俺は馬鹿で未熟だから、いろいろ教えていただいてるだけなんです! いいかげんな噂ですよ!」

 と必死になって否定します。ワルラ将軍やガスト副官は笑いましたが、彼らのほうは噂を否定しませんでした。なるほど、と伯爵がうなずきます。

 

 彼らが話している間も戦闘は続いていました。

 いたるところで武器がぶつかり合い、軍馬がいななき、叫び声や悲鳴が上がっていますが、戦況は決まりつつありました。正規軍と伯爵軍の猛攻撃に、疾風部隊は劣勢に陥っています。

 ついにマグラン将軍は疾風部隊に命じました。

「退却! 退却だ──!」

 今度は演技ではなく、本当の敵前逃亡でした。銅鑼が鳴らされ、疾風部隊が逃げ出します。

 するとロムド正規軍からいっせいに矢が飛びました。疾風部隊の馬や兵士に命中して、何人もが落馬します。その中にはマグラン将軍も混じっていました。指揮官を失って、疾風部隊はさらに混乱しながら逃げていきます。

 その後を追いかけようとする部下たちを、ワルラ将軍は引き留めました。

「深追いするな! わしらの目的は都と陛下がいる城を守ることだ! 敵はまだまだいるぞ!」

 兵士たちはすぐに戻ってきて隊列を組み直しました。リーバビオン伯爵軍は七割ほどが無事、ワルラ将軍が率いてきた正規軍はほぼ無傷でした。

 一部の兵士を救護のために残して、彼らはディーラへ向かいました。雨の降る中、光の屋根におおわれた王都からは激しい戦闘の音が聞こえ続けています。

「行くぞ! ディーラを守り抜くのだ!」

 ワルラ将軍の命令に、正規軍と伯爵軍は都へ駆けていきました。

2022年5月12日
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