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第28巻「闇の竜の戦い」

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第41章 疾風部隊

118.急行

 サータマンの連合軍に王都が総攻撃されていると知って、フルートたちはディーラに向かって全速力で飛んでいました。

 いつものようにフルートはポチに、ゼンはルルに、メールとポポロは星の花の花鳥に乗っています。

 なだらかな丘陵地に広がる畑や牧草地の上を飛び越えながら、彼らは話し続けていました。

「ねえさぁ、ディーラに攻めてきてるのって、ホントにサータマンやルボラスだけなのかな? その中にイベンセやセイロスはいないわけ?」

 とメールが首をひねっています。

「あら、それはそうでしょう? 天狗さんもマロ先生たちもみんな、気配がしない、って言っていたんですもの」

「敵の連中が闇魔法を使えるのは、セイロスの野郎が、なんとかって魔法で誰かを自分の代わりにしてるからだろうが」

「ワン、隧道(すいどう)の魔法ですね。トンネルの魔法ですよ」

 口々に言う仲間たちに、メールは納得のいかない顔になりました。

「それはまあ、わかったんだけどさ。でも、変だよね。どうしてセイロスは自分で連合軍を指揮しなかったんだろ? 誰かを自分の代理にするなんて回りくどいよ。自分が連合軍を指揮すりゃすむことなのに」

「天空の貴族や妖怪軍団に参戦させないためじゃないかしら……? 契約のせいで彼らが人間の敵と戦えないのは本当だもの」

 とポポロが言ったので、メールは口を尖らせました。

「それにしたって、もうちょっとマシな人選ってできなかったのかなぁ。サータマン王なんて指揮官としては三流なんだからさ。そんなのに連合軍を任せたら作戦メチャクチャにするってわかりそうじゃないか。セイロスってそんなに馬鹿なのかい? それにセイロスはどこにいるのさ? ここんとこずぅっと全然姿を見せてないじゃないか!」

 メールの疑問に仲間たちは返事ができなくなりました。セイロスは今どこにいるのか? それは彼らがずっと気になり続けていたことだったのです。

「どこかから、こっちの様子をうかがっている。それは間違いないよ」

 とフルートは答え、考えながら話し続けました。

「セイロスの力は魔法を通じて敵の連合軍と一緒にある。ということは、きっと、セイロスにも戦場の様子がよく見えているんだ。乱戦のタイミングで隠れている場所から飛び出してきて、一気に勝負を決めるつもりなのかもしれない」

 すると急にゼンが、ふん、と鼻を鳴らしました。確かめるようにフルートへ言います。

「一気に勝負を決めるってのは、具体的にどうすることだ? もちろん光の軍勢を一気にぶちのめすってことだよな。んで、それはきっとおまえを倒すってことなんだぞ」

 はっ、と仲間たちは息を呑みました。それがユギルの占いの言っていたことなのか、と全員が思ったのです。

 フルートはうなずきました。

「その可能性は高いな。そして、セイロスが狙っているのはたぶん、サータマン王が陛下を殺そうとするときなんだ。ぼくが阻止しようと駆けつけることも、奴はきっと予想している。ぼくが陛下を守ろうとした瞬間を狙って、ぼくを殺そうとしているんだろう」

 ユギルから死を予告されているというのに、いやに冷静なフルートです。

 

 けれども、仲間たちが青ざめていると、彼は急に笑いました。

「なんて顔してるのさ。これだけ予想がついているんだから、ぼくのことも守りやすいだろう?」

 ん? と仲間たちはいっせいに目を丸くしました。いたずらっぽく笑うフルートを見ながら考えを巡らします。

「そりゃ……フルートはいつだって誰かを守ろうとして敵の前に飛び出すんだからさ……さらにその前に花で防壁を作りゃいいってことだよね?」

 とメールが言うと、ゼンも言いました。

「サータマン王をふんじばるのは、俺がやってやるぞ。トンネルの魔法を使う奴がいたって、俺には魔法が効かねえからな」

「ゼンは私から降りるつもりね。それなら私はロムド王を助けるわ」

 とルルが言うと、ポチも言いました。

「ワン、ぼくはフルートと一緒に戦いますよ。フルートがぼくから降りていたら、隧道の魔法を使う奴を捕らえます」

 すると、フルートが言いました。

「そのことだけど、隧道の魔法を使っているのはサータマン王自身かもしれない。そんな気がするんだ」

「ワン、ありえますね。それじゃぼくは必要なところの援護をします。もしもセイロスがフルートを魔法で攻撃したら、フルートを乗せてかわしますよ」

「ありがとう。そうやってロムド王を安全な場所に避難させたら、いよいよ──」

 いよいよ!? と仲間たちは身を乗り出しました。

「いよいよぼくたちの切り札の出番だ。ポポロ、短い時間でいい。セイロスの動きを停めてくれ」

「いいわ。長い時間は無理だと思うけど、短い時間なら……。そして、どうするつもりなの?」

 とポポロに聞き返されて、フルートは胸に手を当てました。

「今度こそ、金の石を奴に押し当てる。そして聖なる力を奴の中に直接流し込むんだ」

 金の石のペンダントは胸当ての奥にあります。

「今度こそ、うまくいくかなぁ?」

 とメールが言いました。これまで幾度となくフルートが試してきたことですが、そのたびにセイロスに防がれてしまったので、少し疑わしい声になっています。

「いく。というより、うまくいかせる。デビルドラゴンは奴の鎧と一体化したし、鎧は金の石や願い石の力を防ぐけれど、その鎧は奴の体とつながっている。ということは、奴の体に直接聖なる力を流し込めば、奴の中のデビルドラゴンも焼き尽くせるはずなんだ──」

 とフルートは話し続けました。空を飛びながらなので、彼らの周囲ではごうごうと風が鳴り続けていますが、慣れているので話の邪魔にはなりません。

 フルートは真剣な表情になっていました。

「この方法でも、デビルドラゴンを完全に消滅させることはできないかもしれない。それは願い石に願うしかない、と言われているからな。だけど、今は陛下やディーラを守ることのほうが重要だ。とりあえずセイロスとデビルドラゴンを追い払う。徹底的に焼き尽くせば、デビルドラゴンが復活するまでに、かなり長い時間がかかるかもしれないし」

「ワン、復活にまた何百年もかかるかもしれない、ってことですね」

 とポチが言ったので、仲間たちは、そうか、と考えました。

 それは彼らが目ざしていたデビルドラゴンの消滅ではありませんでした。一時的にこの世から退けるだけのことです。それでも、復活までに何百年、何千年という時間がかかれば、その間、世界は平和になります。フルートもデビルドラゴンと相討ちして消滅しなくてすむのです──。

 

 うつむいてじっと話を聞いていたポポロが、顔を上げて言いました。

「本当にその方法でうまくいくかもしれないわ。あたしの力がセイロスに奪われる前ならば、って条件つきだけど……。ただ、いくら金の石でも、デビルドラゴンを焼き尽くそうと思ったら、ものすごく大きな力が必要になるわ。もちろん願い石にも手伝ってもらわなくちゃいけなくなるし……。フルートも、今までみたいに、しょっちゅう金の石の力を使っちゃだめよ。何度も願い石の力を金の石に伝えたせいで、フルートは体の中がぼろぼろなんだもの。我慢して我慢して……あたしがセイロスの動きを停めたら、そのときに初めて金の石の力を使うのよ。そうすれば最大限の力を発揮できるわ」

 ポポロの声は静かでしたが、フルートを見つめる目には強い力がありました。フルートが戦場でどんな行動を取るか予想して、釘を刺しているのです。

「わかった……善処するよ」

 フルートが急に自信なさそうな声になってしまったので、仲間たちは口々に言いました。

「善処じゃないわ! 絶対にそうするのよ!」

「ここから先、敵を倒すのに金の石の力を使うのは禁止だからね!」

「ワン、使っていいのはデビルドラゴンを倒すそのときだけですよ!」

 ゼンなどはこれ見よがしに拳を握ってみせます。

「おまえが言うこときかねえようなら力尽くで止めるからな。覚悟しとけよ」

 フルートは思わず肩をすくめました。誰になんと言われても自分は自分のやりたいようにやる。そんな頑固さがのぞきますが、ポポロの真剣なまなざしに会ったとたん、そのかたくなさがたじろぎました。彼女がいつまでも目を離さずに、じっと彼を見つめるので、ついに、わかった、と本気でうなずいてしまいます。相変わらずポポロだけには弱いフルートです──。

 

 そのとき、ぽつり、と冷たいものが彼らの顔に当たりました。

「雨!?」

 一行はどきりとしました。

 先ほどまであんなに晴れ渡っていた空が、いつの間にか鉛色の雲におおわれていたのです。大粒のしずくが次々落ちてきます。

「ワン、まずい!」

「上に! 早く!」

 ポチとルルは大あわてで上昇を始めました。風の犬は強い雨に降られると風の体を散らされてしまいます。雨が降り出す前に雨雲の上に出ようとします。

 が、それより早く雨が降り出しました。

 ざぁぁぁぁぁ……!!!

 降り出すと同時に本降りになって、空は雨粒でいっぱいになってしまいます。

「ワン、ダメだ!」

「きゃぁぁ!」

 ポチとルルはたちまち犬に戻って墜落を始めました。背中に乗っていたフルートとゼンも放り出されて空を落ちていきます。丘陵地に広がる畑が迫ってきました。一面麦の柔らかそうな緑におおわれていますが、墜落すれば地面に激突してしまいます──。

 けれども、そこへ花鳥が飛んできました。ひらりふわりと雨の中を飛び回って、仲間を次々と背中に拾い上げていきます。

「ワン、ありがとう、メール……」

「びっくりしたわ。こんなに急に雨が降り出すなんて」

 犬たちは花鳥の背中に伏せて、はっはっと息をしました。まだ驚きが収まらないのです。

 ゼンは空の雲をにらみました。

「あんな雲、さっきは空のどこにもなかったぞ。夏でもねえのに、こんなに急に雲が湧くか? 怪しいよな」

「これも敵の魔法妨害か」

 とフルートは言って地上を見ました。妨害されたということは、彼らがディーラに向かっていることに気づいているということです。ディーラの方角から敵が現れるのではないか、と目をこらします。

 すると、今度はいきなり強い風が吹き出しました。雨と一緒に向かい風がたたきつけてきて、花鳥の表面から花を吹き飛ばします。

 メールが叫びました。

「花鳥が飛ばされる! 着陸するよ!」

 フルートは思わず歯ぎしりしました。敵はやっぱりこちらを見ていて、彼らがディーラに駆けつけないように妨害しているのです。

 花鳥は地面に舞い降りるとすぐにばらばらになり、メールの呼びかけで花蛇になりました。それが一番風雨の影響を受けない形だったのですが、太さが数十センチしかない蛇だったので、背中に乗って進むことができません。

「しかたない! 走るぞ!」

 とフルートは言って、ディーラまであとどのくらいかかるだろう、と考えました。半分以上進んでいたようには思いますが、自分の脚で走って行くのには、まだかなりの距離が残っています。

 

 すると、何かに気づいたように振り向いたポポロが、後方を指さしました。

「見て、みんな! あれ──オリバンたちよ!」

 彼らの後でハルマスを出発したオリバンたちが追いついてきたのでした。雨のカーテンの中から千騎近い部隊が現れて、しぶきを上げながら駆け寄ってきます。先頭を走っているのは、いぶし銀の鎧兜をまとったオリバンです。

 オリバンは一行の前で停まって言いました。

「やはり飛べなくなっていたな! おまえたちの馬を使え!」

 馬? と彼らが驚く間もなく、部隊の後方から四頭の馬が連れてこられました。栗毛、黒い体に額に白い星、灰色の体に白いぶち、鹿毛(かげ)と、それぞれに毛色が違います。

 うわぁ! と彼らは歓声を上げました。

「コリン!」

「黒星じゃねえか!」

「嬉しいな、ゴマザメだよ!」

「クレラ! 来てくれたのね!」

 ハルマスに置いてきたはずの自分の馬に会えて、フルートたちは大喜びしました。長い首を抱いてたてがみを撫でてやります。

 コリンと黒星の背中に籠がくくりつけられていたので、ポチとルルは尻尾を振りました。

「ワン、ぼくたちも乗れるようになってる!」

「ずいぶん準備がいいわね。私たちが飛べなくなるってわかっていたの?」

「いいや。ユギルが言うとおりにしただけだ」

 とオリバンは傍らの青年を示しました。オリバンや兵士たちは鎧兜をつけていますが、占者はいつもの灰色の長衣姿でした。乗った馬からも長衣や銀髪からも雨のしずくがしたたっています。

「ありがとうございます!」

「さすがユギルさんだぜ!」

 フルートたちはさっそく自分の馬にまたがりました。ポチはコリンの籠に、ルルは黒星の籠に収まります。

「なんか、すごく懐かしいよね。このスタイル」

 自分たちだけで世界中を旅していた頃を思い出してメールが言います。

 が、今は感傷にひたっているときではありませんでした。

 フルートはコリンの手綱を握って言いました。

「行こう! セイロスを──デビルドラゴンを撃退して、陛下とディーラを助けるんだ!」

 おぉう!!!

 勇者の一行だけでなく、オリバンもロムド軍も、その後ろに続いていたメイ軍やナージャの女騎士団も、いっせいに声を上げました。激しい雨の中ですが、鬨(とき)の声は雨音に勝ります。

 馬の横腹を蹴って駆け出したフルートたちに軍勢が続きました。千騎近い部隊が泥を跳ね上げて駆けていきます。

 サータマンとルボラスの連合軍と戦う王都は、まだ雨の彼方でした──。

2022年5月10日
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