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第28巻「闇の竜の戦い」

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115.ルボラス軍

 ディーラの北側の戦場では、門に押し寄せる敵と都を守る守備軍が激しく戦っていました。

 敵の数はおよそ二千。それに対する守備軍はエスタ国から駆けつけた複数の領主の私兵で、全部合わせても五百人たらずしかいません。ただ、二千の敵全員が戦闘に加わっているわけではありませんでした。エスタ国の領主軍が間隔を詰めて門の前に集まっているので、全員で戦えるだけのスペースがなかったのです。

 敵はルボラス国の軍勢で、指揮官は戦いに慣れた人物でした。一度に全軍でかかっても混乱するだけだと見て部隊を半分に分け、半分を戦わせ、残り半分を待機させていました。ある程度戦って守備軍が疲れてきたところで、待機部隊と交代させて、一気に守備軍を打ち破る作戦だったのです。

 

 門の前の激戦を、ルボラス軍の待機部隊は離れた場所から眺めていました。どう見ても数は彼らの方が多かったので、誰もが勝負がつくのは時間の問題だと思っていました。半分で戦っている今でさえ、ルボラス軍は守備軍の倍以上いるのです。

「司令官殿は途中で交代するとおっしゃっていたが、俺たちに出番はないんじゃないのか?」

「だよなぁ。いくら敵が抵抗したって、多勢に無勢だもんなぁ」

 兵士の間でそんな会話も飛び出しています。

 守備軍側には魔法使いもいるという情報でしたが、彼らはあまり重大視していませんでした。ルボラス国にも魔法使いはいますが、ほとんどがまじないや怪我の治療をする程度の力しかなかったので、ロムド国の魔法使いもそんなものだろうと考えていたのです。

 ディーラの上に障壁が広がったことに気がついた兵士もいました。

「おい、なんか都の上にかかってないか?」

「本当だ。あんなもの、あったか?」

「いや、なかった。なんだありゃ?」

 ルボラス軍が不思議がっていると、ひとりの兵士が近づいてきて言いました。

「ありゃきっと魔法の障壁とかいうやつですよ。ロムド国の都は何かあると光の壁で守られるって、もっぱらの噂ですからね」

 その兵士がルボラス軍とは違う装備をしていたので、ルボラス軍の兵士はいぶかりました。

「誰だ、おまえは? どこの部隊だ?」

「敵じゃないですよ。ミゼの国王様の軍の部隊でさ」

 と男が示した野原に数十名の兵士が集団になっていました。全員が歩兵で、火をおこして何かを調理したり、のんびりしゃべったりあくびをしたりしています。部隊の真ん中ではミゼ国王の旗がはためいていました。

「なんだ、ミゼ軍か」

 と兵士たちは馬鹿にしたような顔になりました。ミゼ国はルボラス国と同じ南大陸北部にある小国で、とても貧しいことで有名だったのです。証拠に、国王軍なのに兵士たちの装備は色も形もばらばらで、少しも揃っていませんでした。金がないので、国王が自分の軍隊に揃いの装備を準備できないのです。はためいている旗も、布に紋章を手描きした粗末なものでした。

「ミゼ軍が俺たちになんの用だ?」

 さっさとあっちへ行け、と言わんばかりのルボラス軍に、男は話し続けました。

「そう邪険にしないでくださいよ。実はうちの軍とはぐれましてね。いや、珍しいところに出たもんだから、ちょいと探検に出たら、うちの大将は先に行っちまいまして。追いついても叱られるだけなんで、できたらこっちに混ぜてもらえたらなぁ、とね……」

 所属を無視して参戦しようとする図々しさに、ルボラス兵たちは呆れましたが、男のほうは平気でした。部隊長らしい人物がやりとりを聞いているのに気がつくと、すすすと近寄っていって話しかけます。

「どうでしょう、このあたりでちょいと腹ごしらえなんてのは? 実はうちの料理担当がブリックを作っているんですが」

「ブリックだと!?」

 とざわめいたのは、部隊長ではなく周囲にいた兵士たちでした。ブリックというのはルボラス国やミゼ国がある南大陸北部の郷土料理だったのです。

「ブリックか。いいな」

「故郷を出てだいぶたつから、しばらく食ってないよな」

「思い出したら食いたくなってきた」

 と期待の目で部隊長や男を見ますが、部隊長のほうは疑わしげに聞き返しました。

「ブリックは行軍中には作りにくい。おまえたちは材料をどこから手に入れてきた?」

「そりゃあもちろん、通りがかりの村からですよ」

 と男は答えて、へへへ、と笑いました。もみ手をして見せそうなほどの愛想笑いです。

「それで本隊からはぐれたわけか」

 と部隊長も呆れました。目の前のミゼ軍が途中の村で略奪を働いたのだと気がついたのです。勝手にそんなことをしたので、本隊に戻れなくなってしまったのでしょう。

 脱走した部隊を引き入れたら、後々ミゼ軍とのトラブルの元になります。部隊長は男を追い払おうとしましたが、そこへぷん、と良い香りが漂ってきました。ミゼ軍の兵士たちが熱々の料理を運んできたのです。ブリックというのは粉を練った生地で具材を包んで油で揚げたものでした。ひっくり返した盾を盆代わりにして、どっさり運んできます。

「第一弾ができましたぜ。これからもっともっと揚がります」

「ハリッサもありますぜ」

 とミゼ兵に言われて、ハリッサ! とルボラス兵はまたどよめきました。やはり南大陸北部独特の調味料で、唐辛子やにんにくなどを使って作るのですが、中央大陸では唐辛子が手に入りにくかったので、彼らはハリッサにだいぶご無沙汰だったのです。

「これも途中の村で手に入れたのか?」

 と部隊長は男に尋ねました。

「いいえ。こいつの材料はうちの軍の食料用馬車からですよ。ハリッサがなくちゃ、どんな料理も台無しですからね」

 男は自分の軍でも盗みを働いてきたことをしゃあしゃあと話すと、さあどうぞ、と料理を部隊長に差し出しました。もちろん唐辛子のハリッサはたっぷりつけてあります。

 いい匂いと湯気を立てているブリックに、部隊長はとうとう手を出してしまいました。実はこの部隊長はかなり食い意地の張った人物だったのです。熱々をがぶりとやると、とたんにとろりと半熟卵が流れ出してきます。

「こりゃうまい!」

 と思わず部隊長は言いました。ブリックは中に卵を入れるのですが、その卵は流れ出すくらいの半熟がいい、と言われていたのです。

 それを聞いて、周囲の兵士たちも次々ブリックに手を出していきました。みんな久しぶりのハリッサをたっぷりつけて口に運び、うまいうまい、と声を上げます。

 それを聞いてさらに多くのルボラス兵が集まってきました。運んできたブリックはたちまち売り切れてしまいましたが、そこへ別のミゼ兵が第二弾を運んできました。

「まだまだありますから、あわてないで。卵がちょいと足りないんで、ここからは中身がゆで卵になりますが、それはそれでうまいですからね。ハリッサだけはたっぷりあるから、遠慮なくどうぞ」

 と男が愛想良くルボラス兵にふるまっていきます。

 中には、戦闘中に料理を楽しむなどもってのほか、と言う生真面目な兵士もいたので、男は言いました。

「皆さんは間もなく敵と戦うんだ。戦う前に腹ごしらえしておかないと、肝心のところで力が出せないでしょう。力が出るように、こいつには肉や香辛料もたっぷり入ってるんですよ」

「かまわんからご馳走になれ。ミゼ軍から我が軍への支援物資だ」

 と部隊長が都合の良い解釈をしながら二つ目に手を伸ばしたので、生真面目な兵士もしぶしぶと、でも内心はかなり喜びながらブリックを手にしました。久しぶりの郷土の味を堪能します──。

 

「あれ……?」

 ルボラス兵のひとりが急に声を上げてよろめきました。脚がもつれてそのまま尻餅をついてしまいます。

 それを見て、仲間の兵士たちはどっと笑いました。

「ろうした、酔っ払ったのか?」

「なんら、おまえ酒まで食らってたのかよ」

 と転んだ仲間をからかって、すぐに顔を見合わせました。彼ら自身が酒に酔ったときのように口が回らなくなっていたのです。

「変らぞ、ふらふらする」

「口がしびれてきた……!」

 たちまちルボラス兵全員がよろめいたり、倒れたまま起き上がれなくなったりしていきました。咽を押さえてぜいぜい呼吸をする兵士もいます。

「毒ら──!」

 と部隊長もようやく気がつきましたが、彼自身、口がしびれてうまく話せなくなっていました。頭が割れそうに痛んで息が苦しくなってきます。何故──と考えて、はっとミゼの兵士たちを見ます。

「やっと効いてきたな」

 と男が言いました。さっきまでの愛想笑いは消えていました。

 部隊長は逆上しました。

「貴様、敵の回し者らったか! わ、我々に、な、なにを──」

 ますます口がよく動かなくなります。

 男は、とっと一歩下がると、前のめりによろめいた部隊長の額を靴底で押さえて言いました。

「さっきのハリッサに、フグって毒魚の毒をたっぷりとな。どえらく強力な毒だから、まもなくおまえらは息もできなくなるぞ」

「な、なに──?」

 部隊長は男につかみかかろうとしましたが、できませんでした。体中がしびれてきて立っていられなくなります。ルボラス軍全体がそんな感じでした。屈強の兵士たちが次々に座り込んで動けなくなってしまいます。

「うまくいきましたね、隊長」

 と先ほどブリックを運んできた兵士たちに言われて、男はぼりぼりと顎の無精ひげをかきました。

「ああ。ハリッサは刺激が強いから、毒を混ぜても気がつかれないだろうと思ったんだ。案の定だったな」

「郷土料理なら連中も喜んで口にするだろうと踏んだ隊長のお手柄ですよ。隊長もやるときゃやるんですねぇ」

「本当だ。怠けてるだけの隊長じゃなかったんですね」

 それは属国軍のミゼ隊などではありませんでした。オーダが率いているエスタ軍の辺境部隊です。

 オーダは部下に下唇を突き出しました。

「なんだそりゃ。俺を褒めてるのか? 馬鹿にしてるのか?」

「感心してるんですよ。ブリックとかハリッサとか、よく知っていたなぁと」

「それにあの旗もね。ミゼ国王の紋章なんてよく描けましたね。すぐにばれると思ったのに」

「阿呆。自分の故郷の紋章や料理ぐらい知っていて当然だ。狙うならルボラス軍だと思ったからな。唐辛子はハルマスの応援に来たヤダルドールの連中から分けてもらったし、フグの毒はリーリス湖にいた海のお姫さんにもらっていたんだ」

「へぇ、オーダ隊長はミゼの出身でしたか」

「本当にミゼ軍にいたんですか? それでどうして傭兵なんかに?」

 初耳の話に部下たちは興味津々になりましたが、オーダは面倒くさそうに手を振りました。

「いいから、ここにいる全員にさっさととどめを刺せ。静かに手早く、ひとり残らずだぞ」

「はいよ、了解だ」

 柄は悪くても、辺境部隊の兵士たちはオーダに従順です。すぐに命令に従ってルボラス兵へ走って行きます。

 

 オーダはその様子を見守りながら、また顎ひげをかきました。

「フルートたちがここにいたら、こんな作戦は絶対に許可しなかっただろうなぁ。だが、ここにあいつらはいないし、俺たちはあいつからディーラを守れと言われて出動してきたんだ。しかも敵はとんでもない大軍で、とてもまともにゃ戦えないときてる。ここは現場の判断に任せてもらおうか」

 とひとりごとを言います。

 すると、近くに倒れていたルボラス兵が、いきなり跳ね起きてオーダに飛びつきました。オーダに剣を突きつけて辺境部隊へどなります。

「武器を捨てろ! おまえらの隊長を殺すぞ!」

 辺境部隊は驚いて振り向きました。

 オーダも目を丸くして言いました。

「なんだおまえ、毒が効かなかったのか?」

「俺はハリッサを食べなかったんだ。辛いのが苦手だからな」

 とルボラス兵は言って、ぐいと剣をオーダの喉元に押し当てました。そのままオーダを人質にして辺境部隊を投降させようとします。

 ところが辺境部隊はすぐに興味なさそうな顔になって、また自分の仕事に戻っていきました。

「好きにしろ」

「そんなことで命を落とすようじゃ、俺たちの隊長とは言えないからな」

 誰も投降しようとしません。

 ルボラス兵は驚き呆れ、すぐに腹を立てました。

「なんて兵士だ!? 自分たちの隊長を見殺しにするのか!?」

「まあ、そうしろと普段から俺が言ってるからなぁ。──吹雪」

 オーダの最後のひと言で、岩陰から白いライオンが飛び出してきました。大きくジャンプしてルボラス兵に飛びつき、あっという間に喉笛をかみ切ってしまいます。

「よしよし、よくやった」

 とオーダが吹雪のたてがみを撫でてやります──。

 

 

 小一時間後。北の門の前で戦っていたルボラス軍の司令官は渋い顔をしていました。

 都の守備軍の抵抗が意外なくらい強力だったのです。

 数は圧倒的にこちらのほうが優位なのに、敵はがっちりと陣を組んで崩さず、門に近寄らせようとしません。しかも、門の上には魔法使いがいて、高い場所からこちらへ攻撃をしかけてくるのです。

 おかげでルボラス軍は部隊の三分の一近くも兵を失っていました。予想外の被害です。別の門の付近では空飛ぶ象が戦闘を援護していましたが、この北の門には象は来ていませんでした。

 ついに司令官は部隊に命令を出しました。

「いったん退却! 待機部隊と交代するぞ!」

 いくら強固な守りでも、戦っているのは人間です。激戦が続けば疲れも出ます。そこへこれまで体力を温存していた待機部隊を送り込めば、戦況はひっくり返る──と司令官は踏んだのでした。

 ジャンジャンジャーン

 部隊の入れ替えを指示する銅鑼(どら)が戦場に鳴り響きましたが、待機部隊はやってきませんでした。

 作戦の合図を聞いていた兵士たちは、いったいどうしたんだろう、といぶかりながら必死で戦い続けました。敵が猛攻撃を続けているので、戦闘をやめるわけにはいかなかったのです。

「待機部隊はどうした!? 合図が聞こえなかったのか!?」

 司令官がどなっていると、偵察に行った兵士が顔色を変えて駆け戻ってきました。

「た、大変です! 待機部隊が死亡していました!」

「死亡!? 敵の襲撃を受けたのか! 被害はどの程度だ!?」

「全滅です! ひとり残らず胸を刺され、咽をかき切られて死んでいます──!」

 司令官は愕然としました。待機部隊は千名もいたのです。それが敵と戦闘を始めれば、いくら戦場であっても気づいたはずでした。気配もさせずに千名の部隊を全滅させたなど、とても信じられません。

 どう判断したら良いのか、どう行動するべきなのか、とっさに判断がつかずにいると、待機部隊がいた方角から砂埃が湧き上がりました。百騎ほどの騎馬隊がこちらへ向かって駆けてきます。

 見張り兵が騎馬隊の掲げる旗を見極めて言いました。

「エスタ国王軍の旗! 敵です!」

「挟み撃ちだ!」

 と司令官は叫びました。脱出しろ! と言いますが、それは無理な命令でした。逃げようとすれば、守備軍に背後から襲撃されてしまうのです。

 そこへエスタ国王軍がやってきました。白いライオンを従えた男が命じるのが聞こえます。

「そぉら、連中は逃げられないぞ! 徹底的にやってやれ!」

 騎馬隊は鬨(とき)の声を上げてルボラス軍に襲いかかりました。大半が歩兵だったルボラス軍に馬で突っ込んでいきます。

 怒声、軍馬のいななき、蹄の音や武器がぶつかり合う音。

 エスタ国の領主軍と辺境部隊に挟まれて、ルボラス軍はみるみる数が減っていきました──。

2022年4月21日
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