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第28巻「闇の竜の戦い」

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第39章 妨害

113.空飛ぶ象

 ロムド国の王都ディーラは十万を超す敵に包囲され、東西南北にある門の外では激戦が起きていました。都を守っていた部隊が敵を撃退しようと奮戦し、魔法軍団がそれを援護しています。

 魔法軍団の魔法使いはそれぞれの門に数名ずつしかいませんでしたが、魔法での攻撃は特に効果的でした。味方の頭上を越えて敵へ飛んでいくし、敵の中には魔法使いがいなかったので、防ぎようがなかったからです。敵は目に見えてひるんで、門の前から大きく後退します。

「このまま追い散らせ!」

「絶対に敵を都に入れるな!」

 部隊と魔法軍団は攻撃をさらに強めて、一気に敵を押し返そうとしましたが、そこへ信じられないようなものが現れました。鼻が長い巨大な動物が空を飛んでやってきたのです。背中には敵の兵士が乗っています。

「なんだ、あれは!?」

「飛竜か!?」

「いや、あれは飛竜じゃない!」

 多くの部隊が初めて目にする生き物に驚き騒ぎましたが、メイ国の領主軍だけは別の驚きに襲われていました。

「あれは象だぞ!」

「ルボラスの戦象部隊か!? だが、そんな馬鹿な!」

「どうして象が空を飛んでいるんだ──!?」

 翼の生えた象が都に迫ってきたので、魔法軍団は攻撃をそちらに切り替えました。魔法が象へ集中して飛びます。

 けれども、攻撃は命中する前に砕けて散ってしまいました。象は目に見えない魔法に守られていたのです。頭上まで来た象から部隊へ矢が降ってきたので、魔法使いたちが急いで味方を守ります。

 すると、象が今度は魔法使いたちを狙い始めました。魔法使いたちは自分たちを狙う矢を防ぐので手一杯になって、味方の援護ができなくなってしまいました。それを見て地上の敵がまた門へ攻め寄せて、守備隊と激戦になります。

 

 この状況に、南の門の上にいた老婆は舌打ちしました。浅黄(あさぎ)と呼ばれている魔法使いです。一緒に南の門を守っていた男へ言います。

「このままじゃ味方がやられちまうよ。檸檬(れもん)、あんたは敵を攻撃しな。頭上はあたしが守ってやるからさ」

「わかった。頼むぞ、浅黄のばあさん」

 黄色い長衣の太った男はすぐに敵の攻撃を始めました。門のすぐ近くまで迫っていた敵が、魔法に吹き飛ばされて倒れます。

 老婆は杖を掲げて自分たちの頭上に障壁を張りました。象から発射される矢が障壁にぶつかって跳ね返されます。

「ついでにあの象も撃ち落とせるといいんだけど、そうはいかないよね。魔法で大石でもぶつけたらどうだろうね? 守護魔法が破れるんじゃないだろうか」

 と老婆はひとりごとを言いましたが、ここには彼女と檸檬の魔法使いしかいなかったので、人手が足りませんでした。少し離れた場所にいる仲間を呼ぶことも考えますが、そちらも防戦に苦労しているので難しそうでした。

 そこへ二頭の象が射撃をやめて降りてきました。魔法使いたちの頭上まで来ると、老婆が張った障壁を太い脚で踏みつけ始めたので、ずしん、どしん、と空中に重い足音が響きます。

「やめな!」

 と老婆は叫んで杖を両手で掲げました。薄黄色の魔法が飛んで障壁を強化しますが、象たちを押し返すことはできませんでした。どしん、どしん。象は障壁を踏み続けます。

 すると、障壁にひびが入りました。象たちは闇魔法で守られているので、光の障壁を壊す力があったのです。象が踏むたびにひびが広がり、ついに障壁の天井が砕けました。象の背中から身を乗り出した敵が槍を振り上げます。

「食らえ、異教徒の魔女め!」

 老婆は障壁が砕けた衝撃で門の上の通路に倒れていました。とっさに立ち上がれないでいるところへ、敵の槍が飛んできます──。

 ところが、槍は直前でそれました。檸檬の魔法使いが自分の杖で槍を払いのけたのです。からからん、と乾いた音を立てて槍が通路に転がります。

「大丈夫か、ばあさん?」

 と訊かれて、老婆は腰を撫でながら立ち上がりました。

「良くないね。ぎっくり腰寸前だよ。だいたい、こんなか弱い年寄りをあんな重い動物で攻撃するなんて、敵でもやりすぎじゃないか。年寄りはもっと大事にするもんだよ」

 ぶつぶつ文句を言う老婆に、檸檬の魔法使いは苦笑しました。

「これは戦闘だぞ。まあ、それだけ口が達者なら大丈夫か」

「なんだい、檸檬! あんたも年寄りに敬意が足りないね!」

 と老婆がさらに文句を言います。

 

 そこへまた象が襲いかかってきました。今度は武器ではなく、直接彼らの上に下りてきたので、浅黄と檸檬の二人の魔法使いはあわてて飛び退きました。ずずん、と地響きを立てて象が門の上に降り立つと、巨大な体に押されて崩れた壁が地上へ落ちていきます。

「門が壊される!」

 檸檬の魔法使いは象へ攻撃を繰り出しましたが、やっぱり全部跳ね返されてしまいました。象は無傷です。

「だめなんだよ! 魔法攻撃は効かないんだからさ!」

 と老婆に叱られて檸檬の魔法使いは言い返しました。

「そうは言ったって、どうすりゃいいんだ? あんなでかい奴は、いくら俺でも突き落とせないぞ」

「そんなのは当たり前だろう! 馬鹿だね!」

 そのとき象がブォォ、とほえました。長い鼻が飛んできて、檸檬を門の上から払い落としてしまいます。

「檸檬!」

 と老婆は叫んで、象が今度は自分に向かってくるのを見ました。長い鼻が鎌首を上げた大蛇のように襲いかかってきます。

 老婆はとっさに魔法で大きく飛び退きました。が、象は通路を踏み壊しながら追いかけてきました。はいっ、はいっ、と背中で象使いがけしかけています。

 老婆は口元を歪めました。

「ほんとに、最近の若い者は年寄りを大事にしないね。そのうち罰が当たるよ」

 とまた文句を言って杖を突き出します。杖が向いた先は象ではなく、通路の上に転がっていた槍でした。ふわりと浮き上がり切っ先を象へ向けて飛んでいきます。

 ブォォォォ!!!

 槍が象の分厚い皮膚を貫いて突き刺さったので、象は悲鳴を上げました。暴れ回って背中から兵士たちを振り落とし、落ち着かせようとした象使いまで放り出してしまいますが、槍は抜けません。

 象が鼻で槍をつかんで抜こうとしたので、老婆はまた杖を突きつけました。槍がいっそう深く突き刺さり、象はまた悲鳴を上げます。

 ついに象が翼を広げて逃げ出そうとしたところへ、地上から門の上へ檸檬が戻ってきました。魔法使いですから、もちろん怪我などはしていません。太った体を揺らして着地すると象を見上げます。

「防御されるのは魔法攻撃だけで、物理攻撃は効いたのか。それならやりようもあったな」

 檸檬が杖をちょっと振ると、通路に散らばっていた槍や矢が浮き上がりました。象に乗っていた敵の兵士が落としていたのです。敵は武器を取り返そうとしましたが、たちまち老婆に押さえ込まれてしまいました。

「黙ってそこで見てな」

 と老婆が魔法の縄で敵兵を縛り上げます。

 その間に檸檬は槍や矢を飛ばしました。武器はすべて象に命中して翼を破り、象は地上の敵のど真ん中に落ちました。それでも絶命はしていなかったので、跳ね起きて暴れ回ります。

「象が敵を蹴散らしている。ちょうどいいな」

 と檸檬は感心して、たちまち老婆にまた叱られました。

「なに安心してるのさ。空飛ぶ象はまだまだいるんだから油断するんじゃないよ!」

「ちぇ、油断なんかしていないじゃないか。うるさい婆さんだなぁ」

「うるさいとはなんだい! 本当に最近の若い者は──」

「それは耳にたこができるくらい聞かされたよ。それより次の奴は何で攻撃するんだ? 槍も矢もなくなったぞ」

「そんなことも思いつかないのかい!? 空の象は武器をたっぷり載せてるじゃないか!」

「ああ、なるほど」

 口の悪い老婆と少しのんびり屋の男は、そんなやりとりをしながら次の象へ魔法を繰り出しました。象に乗った敵から槍や矢をいただくと、魔法で操って象の攻撃を始めます。象があわてて上空へ逃げていきます──。

 

 すると、西の方向から黒い光がいくつも飛んできて、空の戦象部隊に次々命中しました。

 老婆と檸檬は顔色を変えました。

「今のは闇魔法だね!」

「敵の援護魔法か!?」

 そのとき、空を飛んでいた槍と矢が象に追いつきました。全部象に命中しますが、すぐに跳ね返されてしまいます。象は無傷です。

「象の守備力を上げたね」

「物理攻撃も受けつけなくなったか」

 二人の魔法使いは舌打ちして西の方角を見ました。闇魔法はそちらから飛んできたのですが、彼らの目は敵の魔法使いを確かめることができませんでした。

 象が無敵になったと知って、また戦象部隊が舞い降りてきました。地上の守備軍へ矢を射かけ、都の防壁へ体当たりを始めます。象の巨体に直撃されて、壁の石が砕けて落ちていきます。

「壁が崩れたら敵が都に入り込む! 守るんだよ!」

「わかってるよ。だが破られるぞ!」

「障壁が一枚でだめなら二枚重ねるのさ!」

「なるほど──」

 そこへ象が突進してきたので、老婆と檸檬はそれぞれの障壁を重ね合わせました。黄色みを帯びた薄緑の光が、象の体当たりから都の壁を守ります。

 けれども、彼らの頭上には十頭近い象が飛び回っていました。それが次々下りてきては街壁に激突するので、彼らがいくら障壁を張っても間に合わなくなってきました。

 どぉん。象の体当たりがまた命中して石壁が壊れます。

 とうとう彼らは自分たちの総隊長に訴えました。

「白様、象が街壁に体当たりを繰り返しています! とても防ぎきれません!」

「壁が壊れたら敵が都になだれ込みます! 防御をお願いします!」

 間髪をいれず女神官から心話の返事がありました。

「深緑と準備中だ。おまえたちは外に出て守備隊を援護しろ」

「了解!」

 老婆と檸檬は返事をすると、すぐさま門の上から飛び降りました。その背後でぶぅん、と唸るような音がして、都の中央にそびえるロムド城の塔から光が空に駆け上がります。光はまばゆい白色と深い緑色です。

「隊長たちが都に障壁を張るよ。これで障壁が消えるまでは都に戻れないからね」

 と老婆に注意されて、檸檬は不満そうな顔をしました。

「そんなことは言われなくたってわかっているよ。ばあさんこそ、腰をぎっくりやっても都には戻れないんだから、気をつけろよ」

「誰がそんなドジを踏むもんか。人を年寄り扱いするんじゃないよ」

「なんだい、年寄りを大事にしろと言ったり、年寄り扱いするなと言ったり。どっちなんだよ」

 そんなやりとりをしながらも、彼らは地上に降り立ってすぐに戦い始めました。味方を守って魔法を繰り出し、敵兵をなぎ倒します。

 その間に、ディーラの都は白と深緑の光の壁におおわれていきました──。

2022年4月20日
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