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第28巻「闇の竜の戦い」

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111.告白

 「敵が強力な闇魔法を使っているというならば、我々の出番でしょう」

 ハルマスの作戦本部でそう言いだしたのは、ミコンの大司祭長でした。

「我々には武僧軍団と聖騎士団がいますが、武僧軍団は武神カイタに仕える魔法使いですし、聖騎士団は今回の遠征のために魔力のある武器を装備してきています。ディーラの魔法使いと協力して敵を防ぐことができるでしょう」

 大司祭長は浅黒い肌に赤い髪の穏やかそうな人物ですが、さすが神の都を治めているだけあって、口調の中に揺らぐことのない強さがありました。神の使徒は闇には絶対に負けない──そんな強い意志を感じさせます。

 大司祭長が話しかけていたのがフルートだったので、全員は彼を見ました。が、フルートがまだ考え込んでいたので、今度はシオン大隊長が言いました。

「ディーラへの援軍には我らエスタ軍も参加させていただきたい。十万もの敵となると、どれほど強力な魔法使いであっても数で押されてしまう。こちらも相応の数が必要ですぞ」

「そういうことならば朕(ちん)たちこそ適任だ! 朕の飛竜部隊なら敵の頭上を飛び越えてディーラに救援に入れるのだからな! そうであろう?」

 と言い出したのは竜子帝でした。

「隊長はオリバン殿下とディーラに向かわれるのでしょうか? それならば私たちもお供いたします!」

 と女騎士のタニラはセシルに言っていました。ナージャの女騎士団の隊長は今でもセシルひとりだけです。

 大勢がディーラの救援に駆けつけようと意気込んでいるので、司令室は熱気に包まれます。

 

 フルートは考えながら口を開きました。

「竜子帝たちにはハルマスの守備に残ってほしい──。飛竜は激戦を終えたばかりだ。無理はさせられないだろう」

 なんだと!? と竜子帝はたちまち憤慨しましたが、ラクがいさめるように言いました。

「勇者殿の言うとおりです、帝。飛竜は空を飛べて大変便利ですが、同時に大変デリケートな生き物です。あれだけ激しく戦わせたのだから休ませてやらなくてはならない、とロウガ殿も言っていたではありませんか」

「あれ、そういえばロウガはどこさ?」

 とメールが食魔払いの青年がいないことに気がついて尋ねました。

「湖に行ったのよ。行軍用の餌では飛竜が栄養不足になるから、新鮮な魚を食べさせなくちゃいけないんですって」

 とリンメイが答えました。

 竜子帝はふくれっ面になります。

 フルートはさらに考えながら言いました。

「確かにあれだけの敵にはこちらもかなりの数が必要だし、エスタ軍は援軍の中で兵士の数が一番多い。シオン大隊長、お願いできますか」

「そうこなくては! 承知した!」

 と大隊長は張り切ってフルートに敬礼を返すと、くるりときびすを返して司令室を出て行きました。ただちに出撃に向かったのです。

 さらにフルートは大司祭長に言いました。

「ミコンの武僧軍団と聖騎士団にも出動をお願いします。ディーラを守ってください」

「承知しました、総司令官殿」

 白い長衣に銀の肩掛けを身につけた大司祭長は、フルートへ丁寧に一礼すると、司令室から消えていきました。こちらも出動を伝えるために自分の兵のところへ飛んだのです。

「おらも都を守りさ行ぎっちげんちょ──」

 と河童が切り出すと、フルートは首を振り返しました。

「赤さんと青さんが病院で療養中です。河童さんは残ってください。他の魔法軍団も今はハルマスで待機です。戦況を見て呼ぶので、呼ばれたらディーラに駆けつけて、敵にたたみかけてください」

「波状攻撃か。ディーラとハルマスは近いから効果的だな」

 とセシルが言うと、オリバンが眉をひそめました。

「魔法軍団をディーラから呼ぶのは誰だ? まるでおまえたちがディーラに向かうような言い方ではないか」

「もちろん、ぼくたちも行きます。敵がセイロスの魔力を利用しているなら、ぼくたちが行かなかったら対抗できないですから」

 当然のようにフルートが答えたので、オリバンは顔を真っ赤にしました。ものすごい剣幕でフルートに迫ります。

「また私たちに残留させるつもりだな!? 私に総指揮官を、セシルに副官を命じて! もうその手は食わんぞ!」

「いえ、オリバンたちにも行ってもらいます。ロムド軍を率いてディーラの救援に向かってください」

 とフルートが言ったので、なに? とオリバンは拍子抜けしてしまいました。

「我々は? 隊長と一緒に出動して良いのか?」

 とタニラが気をもんで尋ねました。浅黒い肌に男顔負けの大柄な体つきの女騎士です。

「もちろんです」

 フルートの返事に、よし! とタニラは拳を握り、セシルも思わず笑顔になりました。

 大勢が出撃に向けて動き出そうとします。

 

 すると、ユギルがまた言いました。

「お待ちください、殿下、勇者殿。あなた方はハルマスを離れてはなりません──」

「またか! 今日はどうしたというのだ、ユギル!?」

 幾度も静止されるので、オリバンが腹を立てながら聞き返しました。

 フルートは真剣な表情になります。

「ハルマスがまた敵に攻撃されるんですか? だから、ぼくたちはここを離れてはいけないんですか?」

 ユギルは返事に詰まりました。

 占いにそう出たのだからディーラへ行ってはいけない、と嘘をつくのは簡単なことです。けれども彼は占者でした。占者が相手に偽りの占いを告げたとき、運命はしっぺ返しをするのです。先ほど、ディーラへ偵察を出す必要はない、とユギルが嘘を言ったとたん、本当に天空の軍団が戻ってきて彼らにディーラの様子を知らせたように。ハルマスが敵に攻撃される、と偽りの占いを告げれば、運命はまたしっぺ返しをして、本当に敵がハルマスを攻めてくるかもしれません──。

 黙り込んでいる占者を全員がいぶかしく見つめていると、ポチがくん、と鼻を鳴らして言いました。

「ワン、まただ。ユギルさんはさっきからとても悩んでいますよね? それにずっと苦しそうな匂いをさせてる。このハルマスに来てからずっと。どうしたんですか?」

 やっぱり人の感情を嗅ぎ分けられるポチには隠すことができなかったのです。

「悩んでいる? いったい何をだ?」

 とオリバンは聞き返しましたが、占者は黙り込んだままでした。じっと足元へ目を落としています。

 そんな様子にフルートが言いました。

「もしかして、ぼくたちがディーラへ行くと死ぬことになるんですか? だからさっきから引き止めているんですか?」

 全員は顔色を変えました。

 勇者の一行が騒ぎ出します。

「死ぬって、いったい誰がだよ!?」

「もしかして、またフルートが……!?」

「それとも、あたいたち全員が死ぬって占いに出たのかい!?」

「ユギル殿はオリバンにも行くなと言ったな! オリバンも死ぬというのか!?」

 とセシルも尋ねます。

 ついにユギルは白状しました。

「勇者殿と殿下に死の予兆が現れております……ディーラへ行ってはなりません」

 司令室の全員はフルートとオリバンを見ました。二人は互いに顔を見合わせてしまいます。

 しん、と静かになった中で、マロ先生が言いました。

「あなたはエルフの占者の血筋なのですね。だから、未来がはっきりと見えているんだ」

 部屋の中はさらに沈黙になりました。ポポロがフルートの腕をぎゅっと抱きしめます。

「勇者殿、殿下、ディーラの救援は出撃できる方々にお任せください。あなた方が亡くなってしまっては、この世界を救える者がいなくなります」

 とユギルは言うと、またうつむいてしまいました。唇を強くかみしめます──。

 

 とまどうような空気の中、フルートはまた考え込んでいました。やがて、ユギルに聞き返します。

「ユギルさんはぼくたちに死兆が出ていることを知って、それを防ぐためにここにいらしたんですね? では、教えてください。ぼくたちが行かなくてもディーラは敵から助かりますか?」

 それはユギルが一番恐れていた質問でした。こうなってしまった以上、答えるしかありません。

「ディーラは助かりません……敵に陥落いたします」

 とたんに動いたのはフルートではなくオリバンでした。ユギルの胸ぐらをつかんでどなります。

「それを知っていて何故黙っていた!? ディーラが攻め落とされれば、我が国は王都を失う! ロムドという国が失われるのだぞ!?」

 ユギルはオリバンを直視できませんでした。目をそらしたまま答えます。

「ロムドは失われません。殿下が生きておいででいる限りロムドは続くのです。陛下がそうおっしゃいました」

 なに!? とオリバンがまた顔色を変えます。

 フルートは目を見張り、確かめるように言いました。

「ディーラが攻略されるということは、ロムド城も敵の手に落ちるということです。陛下はどうなりますか? ひょっとして、敵に殺されてしまうんじゃありませんか──?」

 誰もがまた息を呑みます。

 逃れることができない沈黙に囲まれて、とうとうユギルは言いました。

「さようでございます。だからこそ、陛下はお二人を守れとお命じになりました」

 ことばと共に、こらえることができなかったものが目から頬へと伝っていきました──。

2022年4月15日
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