「敵の歩兵部隊、北の方向から接近中! 数およそ二千!」
ロムド城の守りの塔に魔法軍団から報告が飛び込んできました。
「東からも敵の騎兵部隊が接近中! およそ千騎!」
「南からは騎兵と歩兵の混合部隊が接近中です! およそ三千!」
「西ではすでに開戦! 敵の歩兵部隊とザカラス国の領主軍が激しく戦っています!」
次々飛び込んでくる報告に、白の魔法使いは厳しい顔で杖を握っていました。
「敵は包囲して都に突入しようとしている! 絶対に近づけるな!」
心話で部下たちに命じると、いっせいに了解が返ってきました。すぐに都の外で魔法攻撃の音が響き始めます。魔法軍団が戦闘に加わったのです。
白の魔法使いは杖を握ったまま目を閉じました。魔法の目を鳥のように舞い上がらせて、空高い場所から都全体を眺めようとしましたが、うまくいきませんでした。透視ができません。
すると、深緑の魔法使いが心話で話しかけてきました。
「敵はディーラをほとんど取り囲んどる。おまけに西からまだまだ押し寄せてくるぞ。ものすごい数じゃ」
「深緑には敵が見えるのか?」
と白の魔法使いは聞き返しました。深緑の魔法使いは北の守りの塔にいますが、女神官にはその姿が同じ部屋にいるように見えています。老人がうなずき返したのも、はっきり見えました。
「わしの目は特別じゃからな。だが、わしの部下たちも敵を見通すことができんと言っとる。透視を妨害されとるな」
「これも闇魔法か。いったいどれほどの規模だというんだ」
相手が四大魔法使いの仲間だったので、彼女はつい愚痴を洩らしました。まったく予想外の強力な魔法がディーラを襲っていたのです。
老人も愚痴っぽく話し始めました。
「昨日の日暮れまではサータマンの疾風部隊だけだったんじゃ。数もせいぜい二百騎じゃ。ディーラの西まで迫ってきたから、夜明けと共に迎撃するはずじゃった。ところが──」
「夜が明けてみれば、敵は十万の大軍になっていた。巨大な闇魔法が動いたんだ」
と女神官は苦々しく言いました。都の西にあふれる大軍勢を目にしたときの衝撃を思い出したのです。
「怖いのは、それほどの魔法が動いたのに、わしらが何も感じなかった、ということじゃな。部下たちもわしらも一晩中見張っておったのに、敵が集結しとるのに気づかんかった。敵はサータマンやサータマンの属国やルボラスの旗を掲げとる。西から接近しとった本隊に間違いないの」
「魔法でこちらへ転移させたんだ。おそらく疾風部隊が転移先の目印になっていたんだろう。疾風部隊は戦闘ではなく、味方を呼び込むための先駆けだったんだ」
そうとわかっていれば、夜明けなど待たずに夜のうちに疾風部隊を壊滅したのに──。苦い後悔に歯ぎしりしますが、今となってはもうどうしようもありませんでした。
「北を守っていたエスタの領主軍が敵との戦闘に突入しました! 黄土(おうど)、援護に入ります!」
「杏(あんず)です! 南でもテトの領主軍と敵が戦闘状態に入りました! 私も援護に向かいます!」」
部下の魔法使いたちからまた報告が入りました。
深緑の魔法使いは北と南へ目を向けてから、白の魔法使いに言いました。
「外国からの援軍がディーラの周囲に残っとって助かったの。ロムドの正規軍や領主軍は大半がハルマスや西へ出払っとるからな。ゴーラントス卿の部隊がこちらに引き返しとるが、到着には時間がかかる。外国の部隊が守っておらんかったら、敵に一気に押し切られたかもしれんぞ」
「彼らを都の周囲に配置されたのは勇者殿だ。念のために都の守りを固めておく、とおっしゃっていたが、先見の明だったな」
と女神官は言い、とはいえ──と続けました。
「今いる援軍は通常部隊だ。魔法使いはほとんどいない。敵に魔法で攻められたら、あっという間に壊滅するだろう」
それを防ぐためにロムドの魔法軍団が援護に入ったのですが、こちらも半数はハルマスに行っているので、ディーラには五十名ほどの魔法使いしか残っていませんでした。しかも、城と王たちを守らなくてはいけないので、魔法軍団全員を外へ出動させるわけにはいかないのです。
これでどこまで持ちこたえられるだろう、と女神官が心配していると、老人が言いました。
「やってきた敵に魔法使いは非常に少ないぞ。兵隊の数は非常に多いが、敵も通常部隊じゃ。何故かはわからんが、わしらにはありがたいことじゃな」
「通常部隊? あれほどの魔法を使って出現したのに、魔法使いがいないのか? セイロスは?」
「おらんようじゃ。少なくとも、わしの目には見えんし、敵の様子を見ても、セイロスがいるようには感じられん。白も奴の気配は感じとらんのじゃろう?」
それはそのとおりでした。セイロスが近くにいれば、どんなに姿を隠していても、強烈な気配を周囲に放ちます。闇に姿を隠しても、その闇が濃いのでそうとわかるのです。けれども、女神官の彼女にそんな闇は感じられませんでした。通常の敵……と思わずつぶやいてしまいます。
「では、どうやって本隊をここに転移させたんだ? 連中はまだミコン山脈のあたりにいたはずだ。これほどの距離とあの数を移動させるには、とてつもない魔力が必要になるんだぞ?」
「残念ながら、わしにもそれはわからん。じゃが、あの中にセイロスがいなくても、セイロスが関わっとるのは間違いない。どうにかしてやり遂げたんじゃろう」
隧道(すいどう)の魔法など知らないのですから、彼らにはこれが推理の限界でした。
そこへまた魔法軍団から報告が入りました。
「都の東で戦闘が始まりました! 我が国の領主軍が防戦していますが、敵は非常に素早くて防ぎきれません! 応援を願います!」
女神官は即座に部下へ命令を下しました。
「敵は街壁の門を突破しようとしている! 金茶、薄桜、東の応援に入れ! 門を守るんだ!」
「芥子(からし)と翡翠(ひすい)は西から来る敵を分断せい! これ以上敵を都に近づけてはならん!」
と老人も部下に命じます。
じきにあらゆる方向から攻撃魔法の音と雄叫びが聞こえてきました。都を囲む全方向で激戦が始まったのです。
これで防げるか? と女神官は考えました。敵に魔法使いがいなければ、魔法軍団が混じるこちら連合軍のほうが有利です。数では負けていても、やがてこちらが優勢になって、都から敵を退けることができるでしょう。
ですが──
「敵がまた強力な闇魔法を使ってくるかもしれんな」
と老人が彼女の不安をことばにしました。
女神官は頭を振りました。
「とにかく全力で敵を防ぐ。サータマンには飛竜は残っていないはずだが、連合を組んでいるルボラスには飛竜がいる。戦闘用ではないはずだが、徴用しているかもしれない。戦闘に飛竜を繰り出してきたら、すぐに護具で障壁を張るぞ」
けれども、本来四本ある護具も今は二本しかありませんでした。残りの二本は青の魔法使いと赤の魔法使いが持っていってしまったのです。
あの二人がここにいれば──と女神官は思わず考えて、すぐにまた頭を振りました。彼らはハルマスの守りについていて、闇の将軍との激戦を終えたばかりです。しかも青の魔法使いは黄泉の門からやっと戻ってきたところなのです。彼らに期待することはできません。
すると、老人がいきなり頓狂(とんきょう)な声を上げました。
「お、おぉ……!? な、なんじゃぁ、あれは!?」
「どうした!?」
と女神官は聞き返しました。自分の力で戦場の様子を確認できないことを死ぬほどじれったく思います。
「象じゃ! 象の部隊がおる……!」
「戦象か! サータマンには象はいないから、ルボラスの部隊だな! 象に突撃されると防壁を破られるかもしれない! 部下たちに城壁を守れと──」
ところが老人は首を振ってさえぎりました。
「確かに戦象部隊じゃ。じゃが──ばかでかい象が、翼で空を飛んでおるんじゃよ!」
自分の目を疑っているような老人の声に、女神官も思わず唖然としてしまいました──。