「で、でもさ、サータマンとルボラスの連合軍がディーラを攻めてるって、どうしてなのさ!? 連中の狙いはこのハルマスだったはずだろ!?」
沈黙を破って声を上げたのはメールでした。
ポポロも蒼白な顔で言いました。
「そうよ……! あたしはここにいるのに! どうしてディーラなの……!?」
すると、セシルが金髪をかきむしって言いました。
「こちらへ援軍を出せないように、先にディーラを攻撃したんだ! だから遠見の石も透視も妨害されていたんだろう! あそこを拠点にして、こっちを攻撃するつもりなんだ!」
部屋の一同はますます青ざめました。攻撃されるならハルマスだと誰もが思い込んでいたのです。フルートさえ、敵の一部がディーラに回る危険性は考えても、ディーラが敵に総攻撃されるとは思っていませんでした。筋が通らないのです。
「ディーラにも魔法軍団はいるし、軍隊も大勢駐屯している。いくら十万の軍勢でもディーラは簡単には落とせない。しかもハルマスからディーラまでは近い。ディーラを攻撃しようとすれば、こちらから援軍が向かう。ディーラを落とす前に挟み撃ちにされて窮地に陥るのは目に見えているのに」
とフルートは言いました。
だからこそ、敵の戦い方としては、先鋒の疾風部隊がまずハルマスを攻撃し、ディーラから援軍が駆けつけたところへ、本隊が第二陣としてやってきて援軍を破り、先鋒と一緒にハルマスを攻める──というのが筋だと思っていたのです。まずはハルマスが攻められるはずだ、と。先鋒も本隊も一体になってディーラを総攻撃するというのは、まったくの予想外でした。
「セイロスめ! いったい何を考えているのだ!?」
とオリバンがまたどなりましたが、それに答えられる人はいません。
ところが、メーレーン姫を抱いていたトーマ王子が、少しためらってから、思い切ったように言いました。
「指揮しているのはセイロスじゃないのかも……サータマン王なのかもしれないぞ」
全員はトーマ王子に注目しました。
「理由は? 根拠はなんだ!?」
とオリバンが聞き返しました。普段以上に厳しい声です。
王子は鼻白みましたが、メーレーン姫も自分を見つめていることに気がつくと、ぐっと顎を上げてオリバンに答えました。
「ずいぶん前のことになるけれど、ぼくはサータマン王の城にしばらく滞在したことがある。先王のおじいさまが健在だった頃のことだ。おじいさまはサータマンとザカラスの同盟を計画されていたからな──」
トーマ王子とサータマンの王女の婚姻が計画されていた頃の話でした。その後、ザカラス国王だったギゾン王が亡くなったので、その計画は白紙に戻ったのです。
けれども、そんな経緯をメーレーン姫に聞かせたくはなかったので、王子はさらりと話を流して先を続けました。
「三週間滞在する間、ぼくは毎日サータマン王の食事につき合わされた。食事も音楽も踊りも最高のものだったけれど、ぼくは少しも素晴らしいとは思わなかった。サータマン王は毎回必ず同じ話をしたからだ。ロムド国は成り上がりの国だ、ロムド王は大陸制覇の野望を持っている、ロムドは必ずサータマン国に攻め込んでくるぞ──サータマン王は酔うといつもそう話していたんだ」
「大陸制覇!? サータマンに攻め込むだと!? 我がロムドが!?」
「野望を抱いているのはサータマン王自身だろう! 何を寝言を言っている!」
とオリバンとセシルが怒りの声を上げました。
「ワン、サータマン王は急成長していくロムドが妬ましくてしかたなかったんだな」
「そうね。だから何かっていうとロムドを敵視したんだわ」
とポチとルルが話し合ったので、ゼンやメールは顔をしかめました。
「人間って奴はいつもそうだよな。他人を引きずり下ろすことばかり必死になってよ」
「だよね。サータマン王は勝手にロムド王を妬んで恨んで、戦争を仕掛けてきたんだ。そのあげくに大勢を殺してるんだよ。敵もだけど、自分の兵隊もね。王として最低さ」
「そうか……サータマン王は個人的にロムド王に恨みがあったから、ハルマスじゃなくディーラを総攻撃したのか……」
とフルートは頭を抱えてしまいました。道理も戦略も無視して個人の感情で攻めてくる相手には、フルートの推理も役に立ちません。
「お城はどうなりますの……? お父様とお母様は? ご無事でしょうか?」
とメーレーン姫が言いました。戦争の話はよく理解できなくても、ロムド城とディーラが攻撃されていると聞いて震えています。
「もちろん無事だよ。ロムド城は魔法軍団が守っているし、軍隊もまだ大勢いるんだ。いくら敵が総攻撃を仕掛けてきても負けるもんか」
とトーマ王子は姫を励まして、さらに続けました。
「ぼくもザカラス軍を率いて救援に向かうよ。元々そのためにディーラへ出撃したけど、隕石が爆発したのでハルマスに引き返したんだ。すぐにディーラに出発して、敵を追い払ってくる」
「トーマ王子もディーラに行ってしまわれますの!?」
と王女は悲鳴のように言って王子の上着をつかみました。いつもにこにこ笑っている姫が、不安に青ざめて今にも泣き出しそうになっています。
それを見てオリバンは渋い顔になりました。咳払いをしてから言います。
「いいや、トーマ王子とザカラス軍にはハルマスを守っていてもらおう。ディーラには私が行く──。どうやらメーレーンはあなたが一緒のほうが安心するようだからな。しっかり守ってくれ。妹を泣かせるようなことがあったら、ザカラス皇太子といえど承知せんからな」
オリバンが苦虫をかみつぶしたような顔をしていたので、フルートたちはつい噴き出しそうになりました。セシルも笑いをこらえています。
トーマ王子だけは、さっと顔を赤くすると、胸を張って答えました。
「もちろんだ。ハルマスはしっかり守る! 姫に不安で泣くようなことは絶対させない!」
「オリバンが言ってるのって、そういうことじゃないんだけどなぁ……」
とメールが苦笑しながらつぶやきます。
「よし、では行くぞ、セシル」
とオリバンが出撃しようとしたので、ユギルは焦りました。占盤は、オリバンがロムド王を助けにディーラへ行けば命を失う、と言っていました。事実、オリバンの手や剣が未来の血に真っ赤に染まるのが、ユギルの目には見えていたのです。死闘の予兆です。
「お待ちください、殿下! 今──今しばらく──」
「何故だ? 敵は十万の大軍だぞ! こちらからも出撃しなければ、ディーラに被害が出るだろう!」
オリバンに鋭く聞き返されて、ユギルはことばに詰まりました。引き止めようにも、適当な理由が思いつきません。
ところが、司令室の外からも同じような声がしました。
「占者の言うとおりだな。もう少し状況を確認してから動いたほうがいい。敵は厄介だぞ」
話しながら入ってきたのは、赤ら顔に高い鼻の天狗でした。続いて竜子帝とリンメイとラク、エスタ国のシオン大隊長、ミコンの大司祭長、メイ国のハロルド王子と女騎士のタニラまでがどやどやと入ってきたので、司令室はたちまち人でいっぱいになってしまいました。
部屋の人々は驚きました。
「みんなハルマスに戻ってきてたのかよ!」
「竜子帝たちだけじゃなく、闇の森に行ってた部隊も戻ってこれたんだね」
「あら、でもワルラ将軍は? 竜子帝たちと一緒に帰ってくるはずだったでしょう?」
「ワン、青さんと赤さんもいないですね? 宙船で天狗さんたちと帰ってくるんじゃなかったんですか?」
口々に言う勇者の一行に、帰ってきた人々もいっせいに口を開いたので、話がまったく聞き取れなくなってしまいました。
天狗は一同へ手を振って黙らせると、代表して話し出しました。
「わしたちは宙船に魔法使いを乗せて帰路についていたが、そこに闇の森から陸路で戻っていた部隊が追いついたんだ。ハルマスの手前では竜子帝やワルラ将軍の部隊と合流できたから、一緒に戻ってきた。青の魔法使いと赤の魔法使いは、ハルマスに入るなり鳩羽という医者に病院へ連れていかれた。ふたりとも戦闘の消耗が激しかったからな。しばらく専門の治療を受けたほうがいいと言われていた。本部に戻ってみたら、外に天空人たちが集まっていて、ロムドの都が包囲されていると教えてくれた。ワルラ将軍はさっそく部下を率いてディーラに向かったぞ」
「ワルラ将軍はすでに出撃したのか。急いで合流しなくては」
とオリバンが部屋を出ようとすると、天狗が腕を伸ばして行く手をさえぎりました。
「焦るな、王子。敵は一筋縄ではいかん」
「やっぱり敵の中にセイロスがいるんですね?」
とフルートは言いました。天狗がいつにも増して厳しい顔つきをしているので、それ以外のことは思いつかなかったのです。
ところが、天狗は首を振りました。
「それならまだ戦いようがある。だが、敵にセイロスはいない。気配がまったくしないからな。人間の大部隊だ」
非常に深刻な声でそう言われて、勇者の一行もオリバンたちもとまどってしまいました。全員が人間ならばむしろ戦いやすいはずなのですが……。
すると、それまでずっと黙ってやりとりを見守っていたマロ先生が口を開きました。
「妖怪の長(おさ)のおっしゃるとおりだ。契約があるから、我々も妖怪軍団も人間の敵には手が出せない。人間とは同じ人間の君たちしか戦えないんだ。普通の敵ならそれでも大丈夫だろう。だが、ディーラを包囲している敵は、非常に強力な闇魔法を使っている。それこそ、セイロスの使うような威力の魔法だ」
フルートは眉をひそめました。
「サータマンとルボラスの連合軍の本隊は、強力な魔法で西からディーラに引き寄せられました。ぼくたちはセイロスが闇の軍勢と闇の怪物を生贄にして発動させたと思っていたんですが、実は別の人物のしわざだったということですか?」
「サータマンやルボラスに、そんな強力な魔法使いがいたんですか!?」
とポポロも驚いて尋ねます。
天狗はそれを聞いてマロ先生やミコンの大司祭長と少し話し合いました。
また天狗が答えて言います。
「闇のものを生贄にして魔法が発動できるのは闇だけだから、それはおそらくセイロスのしわざだろう。だが、強力な魔法は確かに敵の中にあって、その敵は王都を包囲している。となると、考えられるのは隧道(すいどう)の魔法だな」
「隧道の魔法──?」
思わずオウム返ししたフルートたちに、今度はマロ先生が言いました。
「太古の魔法のひとつで、魔法使いではない人間に魔法の通路を作って、そこから魔法を発動させるというものだ。隧道とはトンネルのことだが、通路がちょうどトンネルのように魔法の発生源と発動場所をつなぐから、そう呼ばれる。三千年前の光と闇の戦いでは、敵味方が隧道の魔法で兵士を増やして戦い合ったから、全世界に魔法戦争が広がったんだと言われているよ。地上の大変動で失われたと思われていたんだが……」
「張本人の闇の竜が復活したんだ。失われた魔法も復活させられるだろう」
と天狗が重々しく言います。
「つまり、敵の連合軍にはセイロスとつながって魔法使いになった人間がいるということなんですね?」
とフルートは言いました。それは誰だろうと考え、たちまち嫌な予感にかられてしまいます。
「問題は──」
とマロ先生は話し続けました。
「隧道の魔法で魔法使いになっても、その者はあくまでも人間だということだ。どんなに強力な魔法を使ったとしても、我々天空の民は戦闘に加わって防ぐことができないんだ」
「それはわしたち妖怪も同じだ。わしたちはエルフの末裔だ。地上の人間の戦いには関われない契約になっている」
と天狗も言いました。
味方の中で最も強力な部隊が二つも加わることができないのです。
それがセイロスの狙いだったのかもしれない……とフルートは考え、この状況にどうするのが一番良いのか必死で考え始めました──。