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第28巻「闇の竜の戦い」

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第37章 予想外

107.予想外・1

 「遠見の石で陛下と話をさせてください」

 とフルートはユギルへ言いました。

 作戦本部の司令室には、彼らの他に勇者の仲間たちやオリバン、セシル、レオン、河童、トーマ王子とメーレーン姫が揃っていて、全員がユギルの肩の上に浮かぶ丸い石を眺めました。それがロムド城とこのハルマスをつないでいる遠見の石でした。

 フルートは話し続けました。

「セイロスは闇の軍勢や怪物を犠牲にして大きな魔法を使いました。ユギルさんの占いを邪魔するためとも考えられるけど、そうやって自分たちの動きを読めないようにしても、肝心の戦力がなかったら攻撃することはできません。セイロスはもっと別のことに魔法を使ったんだと思うんです。ロムド城には国内だけでなく、エスタ国やザカラス国からも情報が素早く集まってきます。陛下にそれらしい情報がないか伺ってみたいんです」

 ところが占者はすぐには返事をしませんでした。司令室の全員がいぶかしく思うほど黙り込んでいてから、低く答えます。

「それは不可能でございます……。遠見の石で呼びかけても返答がございません」

 ええっ!? と一同は驚きました。

 オリバンやフルートが顔色を変えます。

「父上から返事がないというのか!?」

「いつからです!?」

「いつからだったのか正確にはわかりません。気づいたのは、占えなくなっていることに気がついたのと同じ、昨夜のことでございます。戦闘が終了したので陛下にご報告しようとしたのですが、返事がございませんでした。今朝になっても話は通じません……」

「お城からお返事がありませんの? お父様たちに何かありましたの?」

 とメーレーン姫も青ざめたので、トーマ王子が手を取って励ましました。

「大丈夫、大丈夫だよ。きっと占いが妨害されているのと同じだ。ハルマスが味方と連絡を取れないように、敵が邪魔をしているんだよ」

「あれ? でも、あたいたちは東にいる味方とは連絡が取れてるよね? 河童さんは赤さんたちと話せてるんだろ?」

 とメールが尋ねると、河童は首を振りました。

「いんや。おらは確かに赤の隊長と話せるげんぢょ、鳩羽だちは城さいる白の隊長と話せねぇっで言ってただ。まだ朝早がったがらだど思ってたんだげんぢょ」

「ロムド城と連絡が取れない──」

 とフルートはつぶやき、すぐに仲間を振り向きました。

「ポポロ、ディーラの様子を見てくれ。レオンは遠見の石を調べられるか? ディーラとハルマスの間の地面におしゃべりの石というのを埋めて、話が通じるようにしてあるんだ。どこかで不具合が起きてないかどうか見てほしい」

「へぇ、地上でもそんな魔法具を発明していたのか。なかなかやるな。いいとも、すぐ調べてやるよ」

 とレオンは遠見の石を眺め、見えない糸をたどるようにディーラの方角へ目を移していきました。ポポロはもう遠い目でディーラを透視しています。

 と、ポポロが目を見張りました。

「ディーラが見えないわ……ディーラだけじゃなく、その周辺も。あるところから先が霧に包まれてるみたいに見通せなくなってるのよ」

「こっちは特に故障しているところはないようだな。地中のおしゃべりの石にも途切れているところはない。ただ、こちらもポポロと同様だ。ディーラの近くまではたどれるけれど、その先は確かめられない」

 とレオンも言いました。

「それじゃディーラが孤立させられてるってこと? 闇の力で? ハルマスがそうされるならわかるけど、どうしてディーラなのよ?」

 とルルが言ったので、ポチが考えながら答えました。

「ワン、ぼくたちがディーラに応援を頼めないように妨害しているのかな。こっちからあっちが見えないように、あっちからもこっちが見えないのかもしれない」

「敵がまたここに総攻撃を仕掛けてくるのではないか!? 今度こそセイロスが襲ってくるのかもしれないぞ!」

 とセシルは窓の外を見ました。大きな窓の外には砦の北の防壁が見えていますが、そこを守る兵士にまだ変化は見られません。

 フルートは考え込んだまま、ちらりとゼンを見ました。ゼンはこの状況が理解できなくて頭をかいていましたが、首筋の後ろは撫でていませんでした。

「違うのか。少なくとも今は……」

 とフルートはつぶやきました。東の味方はハルマスにまだ戻ってきていません。今日中に帰還することになっていますが、現在のハルマスは本来の戦力の半分以下になってしまっています。しかも激しい戦いが終わったばかりで、砦全体が疲れ切っているのです。敵が総攻撃を仕掛けるなら今がチャンスなのですが、ゼンが危険を感じていないようなので、どうやら違うらしい、と判断したのでした。では、どうして敵はこんなにディーラとハルマスの間を隔絶しようとするんだろう、とまた考え込んでしまいます。

 

 そんな一同の様子をユギルは見つめていました。口に出しては何も言いませんが、内心は穏やかでありません。彼にはロムド城と連絡が取れない理由も、ディーラが見通せなくなっている原因も、予想がついていたのです。

 占いでは何も見えませんが、もっと奥深いところにある直感が、彼にずっと知らせ続けていました。きっと「それ」が始まっているぞ、と──。

 けれども、彼は一同にそれを知らせることができませんでした。知らせればどうなるか、わかっていたからです。ロムド王からも決して教えてはならない、と命じられています。

 千々に乱れそうな心を、彼は必死で押さえ込んでいました。司令室には人の感情を嗅ぎ分けるポチがいます。彼が動揺して不安でいれば、必ず匂いで気がつかれてしまうでしょう。平常に、冷静に。自分自身に言い聞かせながら沈黙を保とうとします。

 ところが、メーレーン姫がロムド城を心配しているので、トーマ王子がこんなことを言いだしました。

「そんなに心配ならザカラス軍から偵察を出すよ。お城の様子を見てこさせよう」

「その必要はございません!」

 とユギルは思わず言いました。その声の強さに全員が驚いて注目します。

 トーマ王子やメーレーン王女もびっくりして青ざめたので、ユギルはうろたえながら言いました。

「大きな声を出して申し訳ございません……その……偵察を出す必要はないのでございます」

 とたんにポチが何かを感じ取ったように耳を立てました。

 フルートもユギルを見つめながら聞き返しました。

「どうしてですか? 占いでそう出たんですか?」

「え、でもよ、ユギルさんは占えねえはずだろう?」

「それは全体が占えないって話だよ。近いところは占えるって、さっきユギルさんが言っただろ」

 フルートの質問も、ゼンやメールのやりとりも、一歩踏み込めば真実に行き当たるので、ユギルはうかつに答えられませんでした。返事に迷っていると、ポチが、くん、と鼻を鳴らしました。いぶかるように首を傾げます。

 しかたなくユギルは答えました。

「さようでございます……占いの結果です」

 嘘でした。

 ポチが何かを言おうとします。

 

 そのとき、急にレオンが声を上げました。

「それは本当ですか、先生──!?」

 全員はまたびっくりして、今度はレオンに注目しました。

 彼はさらに二言三言、見えない相手とやりとりしてから、一同に言いました。

「みんなとこっちに向かっているマロ先生から連絡だ! ディーラが敵の軍勢に包囲されているらしい!」

 全員は飛び上がって驚きました。

 フルートが聞き返します。

「包囲って、敵はそんな大軍なのか!? こっちに向かっていたのはサータマンの疾風部隊だったはずだぞ!」

「疾風部隊はディーラに行ったのか!? このハルマスではなく!?」

 とオリバンも尋ねます。

 レオンはまた何かを話すと、一同に言いました。

「マロ先生が今ここに来る。直接話を聞いてくれ──」

 言い終わらないうちに、司令室にひとりの人物が現れました。黒い服を着た痩せた中年の男性で、レオンと同じように眼鏡をかけています。

 それと同時に、窓の外には大勢の男女も姿を現しました。全員が黒い服を着ていて、風の犬に乗って窓の外に浮いています。天空の国の貴族たちでした。全部で二百名ほどもいます。

 フルートは部屋に現れた男性に駆け寄りました。

「マロ先生、ディーラが包囲されているというのはどういうことですか!? こちらに迫っていたのはサータマンの疾風部隊のはずです! 敵はそんなに大勢なんですか!?」

「それが疾風部隊という軍隊かどうか、我々にはわからない。だが、大変な数の敵であるのは間違いないな。およそ十万人だ」

 十万人!? とまた一同は衝撃を受けました。

「んな馬鹿な! 疾風部隊はそんなに多くねえぞ!」

「そうだよ! あたいたちと戦った疾風部隊だって、せいぜい千騎くらいだったんだからさ!」

 とゼンやメールが言うと、河童が訂正するように付け足しました。

「サータマンの疾風部隊は、今はもうそだにはいねえだよ。なんべんもディーラさ攻めてきで、そのたんびに負げだがら、うんと少なぐなっちまっただ」

「我々は大陸の各地で町や村を怪物の襲撃から守っていたんだ──」

 とマロ先生は話し続けました。

「だが、昨日の夕方、突然怪物が姿を消して、それきり現れなくなってしまった。どこかに潜んでいるのではと探し回ったが、やはり見つからない。そこで怪物退治の任務は完了して砦に帰還していたんだが、その途中でロムド国の王都が包囲されているのを目撃したんだ。敵の数は確かに十万を超えていた。それが西の方からやってきて都を取り囲んでいたんだ」

「では、サータマンとルボラスの連合軍か! 先駆けの疾風部隊ではない! 本隊だ! だが、何故こんなに早く到着できた!? 疾風部隊はともかく、本隊は移動にかなりの時間がかかるのだぞ! 今はまだせいぜいミコン山脈を越えている途中だったはずだ!」

 とオリバンは言いました。理解できない状況にほとんどどなるような口調になっています。メーレーン姫が怯えて震えだしたので、トーマ王子は姫の肩を強く抱き寄せました。大丈夫、大丈夫だよ、と言い続けますが、姫の震えは止まりません。

「しまった……」

 と言ったのはフルートでした。

「セイロスが使った強力な魔法はこれだ……。まだ遠くにいた大軍を一気にディーラまで引き寄せたんだ」

 しん、と司令室の中が静まりかえりました。とんでもない状況が来ていたことに、全員が気づいてしまったのです。

 ユギルは天井を振り仰ぎました。彼の肩先には遠見の石が浮かんでいますが、ロムド城からディーラの状況を伝える声は聞こえてきません。

 陛下、と彼はつぶやき、唇を強くかみしめました──。

2022年4月5日
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