「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第28巻「闇の竜の戦い」

前のページ

103.地図の氷原

 作戦会議が解散され、各々が自分の部屋に引き上げていったので、司令室には誰もいなくなっていました。

 いえ、ただ一人だけ、司令室に残っている人物がいました。占者のユギルです。

 もちろん入り口の外では衛兵が占者の身辺警護をしていますが、部屋の中には入ってきませんでした。灯りを減らして薄暗くなった司令室の中で、ユギルはひとつだけの燭台を手に、テーブルに広げられた地図を眺めていました。ハルマスとその周辺を描いた地図です。

 味方を表す白い木片はハルマスの砦の中に集まっていました。南側のリーリス湖の中には、渦王と海の軍勢を表す青い木片が置かれています。ハルマスの東に集まっている白い木片は、竜子帝が率いる飛竜部隊やワルラ将軍の部隊、宙船に乗った妖怪軍団や魔法軍団です。明朝にはハルマスに戻ってくることになっています。

 ユギルは片手に黒い木片を握って地図のあちこちを眺めていました。突然消えた敵がどこへ向かったのか、地図と木片で占えないかと考えていたのです。燭台が光と影を揺らす地図を、黒い木片がさまようように動いています──。

 けれども、やがてユギルは身を起こしました。深い溜息と共に、燭台と黒い木片をテーブルの隅に置きます。敵を見つけることができなかったのです。

 元々闇の存在は占いには現れないのですから、占いで居場所を見つけることはできません。闇王やセイロスほど強力な闇になれば、場に闇の黒雲を広げますが、二人は巧妙に自分の存在を隠しています。それでも味方の未来だけは占えるので、味方が激戦を繰り広げる場所から敵の出現を予測してきたのですが、地図に味方の戦闘の予兆は出ていませんでした。少なくとも、このハルマス近辺ではそうなのです。

 ユギルはまた溜息をつきました。燭台の灯りが短くなった銀髪に踊っています。

 

 次に彼がのぞいたのは中央大陸全体を描いた地図でした。ロムドで作られたものなので、地図の中心はロムド国のディーラです。

 こちらはハルマス周辺の地図よりさらに静かでした。白い氷原のような「場」が音もなく広がっています。どこでも何事も起きていません。戦闘も、騒乱も──。

「そんなはずはない」

 とユギルはつぶやきました。つい声に出てしまったのですが、部屋には彼しかいなかったので、聞きとがめる者はいません。

 中央大陸の各地では多くの町や村が闇の怪物に襲われているはずでした。敵がこちらの戦力分散を狙って送り込んだのです。天空軍団が大陸中に散って怪物退治をしてくれています。

 それが占いに現れてこないというのは、占いの場が敵に支配されているということに他なりませんでした。どのような方法をとっているのかわかりませんが、敵は自分たちの行動を占えないようにしているのです。セイロスやイベンセの居場所がわからないのも、同じ原因なのかもしれません。

 彼は氷原の板を占いの場から引きはがそうとしましたが、どうしてもできませんでした。なんの音も変化もない未来が大陸の上に広がっています──。

 ユギルはもう一度、ハルマス周辺の地図へ目を移しました。白や青の木片が載っていますが、それと同じ場所に味方を表す象徴も見えています。狭い範囲であれば、占いの力もまだ働くのです。それだけは救いでした。

 ユギルは少しの間ためらってから、空中を見上げました。激戦に次ぐ激戦で誰もが忘れてしまっていましたが、そこには鍛冶の長のピランから預かった遠見の石がありました。作動させたユギルからつかず離れずの場所に浮いています。

 こちらの戦闘は向こうに見えていたはずですが、向こうからはなんの連絡もありませんでした。急に戦闘が終わって状況が落ち着いてからも、何も話しかけてこなかったのです。遠見の石の片割れはロムド王の執務室に浮いているはずなのですが──。

 さらにためらってから、ユギルは石に呼びかけてみました。

「陛下、そちらにおいでですか……? 陛下……宰相殿」

 けれども、石からはやっぱり誰の声も聞こえてきませんでした。遠見の石の向こうにも静寂が広がっています。

 ユギルは唇を引き結んで、遠見の石をじっと見つめてしまいました──。

2022年3月4日
素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク