場所は再びハルマスの北側の戦場。防壁のすぐ外でフルートたちが戦っていました。
つい先ほどまで彼らが対峙していたイベンセは、障壁を破られるのと同時に姿を消し、代わりにダルダン将軍が攻撃してきました。フルートが金の石の光を爆発させたので、その場の闇の兵士は大半が消滅していましたが、それでもまだ百人近いトアやドルガが残っていました。ダルダン将軍と共に突進してきます。
すると、フルートたちの背後で防壁がいきなり青く光りました。防壁にはイベンセが開けた大穴があって、金の光を逃れた敵が侵入を続けていたのですが、穴から水しぶきが吹き出て敵をはね飛ばしました。さらに青い光が広がって大穴を埋めてしまいます。
音に振り向いたメールが歓声を上げました。
「今のはハイドラだ! 父上の魔法だよ!」
「ワン、渦王は陸でも海の魔法が使えるんですね。すごいな」
とポチが感心します。
防壁が完全に復元した今、侵入した敵は砦の中の人々に任せるしかありませんでした。砦の中に弾き飛ばされたレオンとビーラーも心配でしたが、今はどうしようもありません。中にいるオリバンたちを信じることにして、迫ってくる敵に集中します。
ひょろりと長身のダルダン将軍は三本の剣を握っていました。細身の長剣ですが、風の刃も使うことができます。
フルートはポチと最前線に出ました。光炎の剣を構えます。
すると、敵から三人のトアが飛び出してきました。一人がフルートの剣に激しく剣をぶつけて頭上を越え、背後に回ります。残る二人が正面から攻撃してきたので、フルートは後ろの敵を防げません。
「させるかよ!」
とゼンが光の矢を放ちました。命中したトアが消滅していきます。
その間にフルートは正面の敵を切り倒しました。光炎の剣がひとりの首をはね、もうひとりを頭から真っ二つにして、そのまま炎に呑み込みました。トアは悲鳴を上げながら燃え尽きていきます。
フルートは苦しそうに顔をしかめていました。闇の敵であっても、人の姿をしたものが苦しんで死ぬのはつらいことです。
けれども、それと同時に、フルートはこんな声を聞いていました。
戦え! 倒せ! 闇を止めろ! 闇を許すな──!
いえ、それは声ではありませんでした。強烈な想いです。光炎の剣からフルートの心へ直接流れ込んできます。
フルート自身は敵を殺すことに躊躇(ちゅうちょ)しそうになるのですが、剣はそれを許しませんでした。次々押し寄せてくる敵をためらいもなく切り捨てて焼き尽くします。フルートの周囲から敵がどんどん消えていきます。
「すごいね、フルートは。獅子奮迅ってやつだ」
とメールが感心したので、同じ花鳥に乗っていたポポロは、うん……と答えました。そのエメラルドの瞳は心配そうにフルートを見つめ続けます。
フルートは以前、剣が自分から敵を切りに行っているようだ、と言っていました。戦いぶりを見ていれば、それが本当なのはわかります。ただ、フルートの心が心配でした。敵を倒さなければ大切な人々が殺されるのですから、倒すしかないのは確かです。それでも、優しすぎるフルートがこんな戦い方に耐えられるんだろうか、と思ってしまいます。歯を食いしばって戦うフルートの顔が見えるような気がします──。
すると、ダルダン将軍が部下たちに命じました。
「連中を取り囲みなさい。集中攻撃だ」
やはりどこか人間の貴族のような上品さがある将軍です。
トアやドルガが空を飛び、勇者の一行を四方八方から取り囲みました。武器や自分自身の手を彼らに向けてきます。飛び道具や魔法で一斉攻撃しようというのです。
「こんちくしょう!」
ゼンは包囲網を破ろうと矢を連射しましたが、別の方向から飛んできた魔弾に消滅させられました。メールも花鳥で強行突破しようとしますが、敵が長筒から炎を撃ち出してきたので、あわてて下がりました。花でできた鳥なので火には弱いのです。さらにダルダン将軍が風の刃を繰り出してきたので、ポチとルルはかわして飛び、花鳥に突き当たってしまいました。全員が空の一カ所に集められてしまったのです。
「やれ」
ダルダン将軍が、さっと手を振りました。トアとドルガが矢や炎や魔法をいっせいに繰り出します。
「金の石!」
フルートの声と同時に金色の光が一行を包みました。敵の攻撃を跳ね返して彼らを守ります。
けれども、敵は攻撃を緩めませんでした。
「続けろ。あれだけの聖なる光を発した後だ。もういくらも力は残っていないだろう。力尽きたところで倒すのだ」
それは確かにその通りでした。先ほど群がっていた敵を金の光で一掃したフルートは、金の光を張ったとたんに苦しそうな表情になっていました。痛みに耐えるように肩で息をしています。
けれども、フルートはまた言いました。
「金の石、出てきてくれ──! 連中を一気に倒すぞ」
金の石の精霊が空中に現れて腰に手を当てました。
「それは無理だ。さっきのあれは本当に強烈だったからな。もう一度やったら、間違いなく君はばらばらだ」
「そんなことにはならない! 大丈夫だから、願い石を呼んでくれ!」
けれども、言い張るフルートはますます苦しそうな様子になっていました。額から汗が伝います。
金の石の精霊は冷静に言いました。
「願いのは出てこない。君が消滅してしまったら、願いのの宿主もなくなってしまうからな。しばらくは手は貸さないと言っている」
「そんな──! これだけ敵が集中しているんだ! 一気に倒すチャンスなんだぞ!」
「ぼくに願いのを呼び出すことはできない。それをできるのは君だけだ、フルート。だが、それとひきかえになるものを忘れるな」
精霊は警告して姿を消していきました。
それでもフルートがペンダントを外して掲げようとしたので、だめぇ! とポポロが飛びつきます。
「ったく、この阿呆は……! 願い石も金の石も、使うのは許さねえからな!」
とゼンはペンダントを取り上げてフルートの首にかけ直しました。それでも行動しようとしたフルートを兜の上から殴ります。
そんなやりとりは金の光の外には聞こえていませんでしたが、ダルダン将軍は様子から状況を察していました。
「やはり金の石の勇者は力を使い果たしている。攻撃を続けろ。障壁を破って息の根を止めるのだ」
トアやドルガの攻撃はいっそう強くなりました。闇魔法が飛んできて金の光に命中すると、その場所の光が一瞬消えます。そこへ長筒の炎が押し寄せてきたので、花鳥は翼の先が焦げそうになって、あわてて大きく羽ばたきました。逃げようと思っても、四方八方を取り囲まれているので、飛んでいける方向がありません。
すると、ポポロが急に、きっと顔を上げました。敵を振り向いて呪文を唱え始めます。
「ローデローデリナミカローデ……」
仲間たちはぎょっとしました。ポポロはまだ花鳥から身を乗り出してフルートにしがみついていたので、フルートは彼女を抱きしめました。
「だめだ! 二つ目を使ったらイベンセが来る!」
それでも彼女が呪文を唱えようとするので、手で口をふさぎます。
「ああもう! フルートもポポロも! いい加減にしてよ!」
とルルが癇癪(かんしゃく)を起こしました。そんな彼らを闇の敵は集中攻撃します──。
すると、突然。
本当に突然、敵の攻撃がやみました。
一行を取り囲んで攻撃していた敵が消えてしまったのです。
トアもドルガも、命令を下していたダルダン将軍も姿が見えなくなって、空には金の光に包まれたフルートたちだけが残されていました。
えっ? と一行は驚きました。
「連中はどこさ!?」
「なんでいきなり攻撃をやめたんだ!?」
四方八方を見回しますが、やはり闇の敵は誰ひとりいません。気がつけば太陽は大きく西へ傾き、空には夕方の気配が漂い始めていました。背後にはハルマスの防壁があって、渦王の青い障壁がそそり立っています。ハルマスはまだ戦闘態勢です。
フルートは用心しながら金の光を消しました。守りがなくなったとたん敵がまた現れて襲ってくるのでは、と思ったのでしたが、それもありませんでした。本当に、たった今まで戦っていた敵が消えてしまったのです。
「どういうこと? どうして急に攻撃をやめたのよ?」
「ワン、わからないよ。向こうのほうが優勢だったはずなのに」
犬たちはとまどって風の匂いをかぎましたが、周囲からは敵の匂いも消えていました。
「フルート、あたりから闇の気配がほとんどなくなってるわ。敵は退却したのよ」
とポポロが言ったので、フルートは目を見張りました。退却した、と言われてもにわかには信じられません。いったいどんな作戦に移ったんだろう、と考え、ひょっとして、とハルマスを振り向きます。彼らを惹きつけておいて、ハルマスの攻撃に移ったのではないか、と考えたのです。
ところが、ハルマスのほうでも戦闘の音がやんでいました。青い障壁が高くそびえているので、砦の中の様子は見ることができませんが、先ほどまで伝わってきていた武器や魔法攻撃、馬の蹄の音などがしなくなっています。
「イベンセのしわざか……? 何を企んでいるんだ?」
とフルートはつぶやきました。イベンセの作戦を探ろうとしますが、すぐには思い当たりません。
すると、そのイベンセが姿を現しました。黒い大きな翼でマントのように身を包み、青い障壁のすぐそばに立っています。
「出た!」
と一行は身構えました。フルートは剣を握り直し、ゼンは矢をつがえ、メールは花鳥を青く変えます。イベンセが攻撃してきた瞬間に、かわして反撃しようとしたのです。
ところがイベンセは攻撃してきませんでした。赤く染まり始めた空を血の瞳でにらんで牙をむきます。
「畜生!」
呪詛と共に彼女も姿を消していきました。後には闇の敵は誰ひとり残っていません。
「どういうことだ……?」
フルートたちは呆気にとられて顔を見合わせました。
その頭上で空はいっそう赤く染まっていきました。
各地で激戦が繰り広げられた一日が、終わろうとしていました──。