時間を少しさかのぼって、ここはハルマスの東側の戦場。
竜子帝に率いられた飛竜部隊が、東から押し寄せてくる闇の軍勢と激しく戦っていました。
ユラサイの飛竜部隊は二手に分かれていて、ここからさらに東の戦場にも配備されていました。そちらは二の部隊、竜子帝が率いているこちらは一の部隊と呼ばれています。二の部隊が戦っているはずの方角から敵が続々押し寄せてくるので、一の部隊は不吉な予感にかられていました。
「二の部隊はやられたんじゃないのか? だからこんなに敵が来るんだろう」
とロウガが言いました。頬に大きな傷がある青年で、裸竜を操っています。
後ろに乗っていた術師のラクは首を振りました。
「敵はこれだけの大軍だが、それに対して二の部隊は二十四騎だったし、負傷して戦線離脱した竜もいる。敵に戦線突破されたと考えるのが妥当だろう」
「二の部隊にはロムドの四大魔法使いが一緒にいたはずでしょう? 彼らはどうしたのよ?」
と飛竜に乗ったリンメイが話に加わってきました。青の魔法使いと赤の魔法使いは二人の将軍と一騎討ちして、死闘の末に倒したのですが、その情報はまだこの戦場に入っていませんでした。移動する敵の後を二の部隊が追ってきていることも、まだ知りません。
ラクが言いました。
「弟子の術師たちと連絡が取れなくなっております。敵が心話を妨害しているのです。向こうの様子がつかめません」
「朕の飛竜部隊と術師たちだ。全滅などしてはおらぬ!」
と話を聞きつけた竜子帝が口を挟みました。根拠は何もないのですが、絶対の自信でそう言い切ります。
「そうは言っても、こっちでさえこうなんだぞ」
とロウガが戦場を示しました。
一の部隊の飛竜と術師たちは竜子帝の下でよく戦っていました。一の部隊にも術師は二十四、五名しかいないのですが、飛竜は三百頭近くいて、敵を攪乱したり味方が攻撃しやすい場所へ敵を誘い込んだりしていました。地上ではテト軍の兵士たちも聖なる石の投石器で善戦しています。
ただ、圧倒的な数の差はどうしようもありませんでした。東からの敵はすでに四万を越えています。一の部隊もテト軍も押し寄せる敵の勢いを防ぐことができなくて、どんどん西へ、ハルマスがあるほうへと押されていました。敵を止めることができなかったのです。
竜子帝たちもトアやドルガに取り囲まれそうになって後退しました。追いすがって魔法で攻撃しようとしたドルガを、ラクが術で撃ち落とします──。
そのとき、突然あたりが暗くなりました。
思わず空を振り仰いだ一同は、敵も味方もぎょっとしました。西の空に巨大な石が浮いていたからです。石が太陽をさえぎって戦場に影を落としています。
「あれはなんだ、ラク!?」
「あの場所、ハルマスの真上じゃない!?」
竜子帝とリンメイに訊かれてラクは我に返りました。自分の目をまだ疑いながら答えます。
「あのようなものは今まで見たことがありませんが、おそらく巨大な隕石だろうと思われます。空から降ってくる石です」
「なんでそんなもんが!?」
「でもあれ、空に浮いてるじゃない! 降ってこないわよ!?」
とロウガとリンメイがまた聞き返すと、竜子帝が言いました。
「敵の攻撃だ! 闇王がハルマスを潰そうとしている! ラク、なんとかできないのか!?」
「さすがにあれは……」
とラクは言いよどみました。隕石が巨大過ぎて、この場にいる術師全員で力を合わせても、動かすことも消すこともできなかったのです。
戦場では新たな騒ぎが起きていました。闇王が隕石を呼んだらしいと知った闇の軍勢が歓声を上げたのです。落ちろ落ちろ! 敵の砦をぶっ潰せ! と口々にはやし立てます。
すると、隕石が空中で揺れました。墜落する! と誰もが思ったとき、巨石は一瞬で砕けて濃い砂煙に変わりました。爆発するように四方へ広がります。
「いかん!」
ラクが素早く呪符を投げて呪文を唱えました。とたんに彼らが乗った飛竜が落ち始めました。竜子帝やリンメイは悲鳴を上げ、ロウガは必死で竜を操ろうとしますが、墜落は停まりません。ついに地面に落ちて、あたりが真っ暗になります。嵐のような音が頭上で吹きすさびます──。
やがて周囲が静かになり、世界がまた明るくなりました。
竜子帝たちが驚いて周囲を見ると、巨大な木の丸天井が彼らの上から消えていくところでした。それと同時に大量の砂が降りかかってきたので、一同は咳き込んでしまいます。
「な、なんだこの砂は!?」
「やだ、服の中まで入ってくるわよ!」
大天井の下の地面には飛竜部隊がいました。すべての竜が地面にぺったりへばりついていて、背中に乗った竜使いや術師たちが空を見上げていました。その上にも縮んでいく天井から砂が降りかかります。
ラクが竜子帝とリンメイへ頭を下げました。
「隕石が爆発したのです。勇者殿たちが砦を守ったのでしょう。爆風が押し寄せるのが見えたので、飛竜部隊を降ろして守りました」
まだ一面に砂埃が舞っていますが、ラクはいつも黄色い布で鼻や口を隠しているので、平然としています。
「よ、よくやった、ラク──」
竜子帝は咳き込みながら褒め、天井が消えてすっかり明るくなった地上を見渡しました。飛竜部隊や術師たち、テト軍の兵士たちは全員が天井に守られて無事でいましたが、敵の軍勢はほとんど見当たらなくなっていました。うんかの群れのように空を埋め尽くしていたトアやドルガは、どこかに消えてしまっていたし、地上を走っていたジブも見当たりません。消えた天井から二、三人のトアが落ちてきますが、全員が身動きできない状態でした。
「爆風に吹き飛ばされたんだな」
とロウガは感心しました。ハルマスへ押し寄せようとしていた敵が一気に退けられたのです。
動けなくなっていたトアは術師につかまりましたが、術でしばられたとたん黒い霧になって崩れていってしまいました。闇の兵士は、敵に情報を奪われないために、捕まると即座に消滅する魔法がかけられているのです。敵が完全にいなくなってしまいます。
竜子帝は唖然としながら飛竜から降りました。
「朕たちは勝ったのか? 敵を撃退して? どうも実感がない」
「あたしたちが撃退したわけじゃないものね」
とリンメイは苦笑します。
それでも、勝利は勝利でした。飛竜部隊にも術師たちにも、ほっとした空気が流れます。
ところが、彼らと一緒に守られていたテト軍の兵士たちが騒ぎ出しました。
「まだだ! 俺たちと戦っていた敵が見えなくなったんだ!」
「空を飛ばない連中だ! 地面に潜って消えていったぞ!」
「まだそのあたりにいるかもしれない──!」
なに!? と竜子帝たちが思ったとたん、大地から本当に闇の敵が飛び出してきました。翼を持たないジブたちです。空にいたトアやドルガは爆風に吹き飛ばされたのですが、地上にいたジブはとっさに地中に潜って風をやり過ごしたのでした。あっという間に数が増えて大軍勢になってしまいます。
その中には、数は少ないのですがドルガも混じっていました。ジブたちへ命令を下します。
「竜を飛ばせるな! 地上にいる間に連中を殺せ!」
「手柄を立てればおまえたちもトアだぞ! 戦え!」
おぉぉぉ!!!!
ジブたちはいっせいに襲いかかってきました。たちまちまた大混戦になります。
飛竜はジブに脚をつかまれ、飛び立てなくてギャアギャア鳴き騒ぎました。術師は術を繰り出しテト兵も投石器を使いますが、敵は数が多すぎました。守り切れなかった飛竜が地上に引き倒され、乗っていた竜使いも引きずり下ろされて襲われます。
竜子帝やリンメイにもジブが襲ってきました。二人は互いの背中を守りながら拳や蹴りを繰り出しますが、いくら吹き飛ばしても次々また襲ってくるので、他の者を助けに行くことができません。
ラク! と竜子帝は術師を呼ぼうとして、またぎょっとしました。彼らから少し離れた場所でラクが襲われていたのです。ジブが後ろからラクにしがみついて口をふさいでいるので、ラクは術が使えなくなっていました。助けに行こうとしたロウガが別の敵の魔法で吹き飛ばされます。
竜子帝はリンメイに言いました。
「ラクを助けに行け!」
「そんな! この場にキョンだけ残すなんて」
「いいから行け!」
竜子帝はいきなりリンメイの服をつかむと、彼女を投げ飛ばしました。敵の集団の中からラクのほうへと飛ばします。
リンメイは空中で猫のように体勢を立て直して着地しました。ジブがラクを押し倒して首を絞めていたので、引きはがそうとします。が、彼女の後ろからもジブが襲ってきました。蹴り飛ばしてもすぐまた別のジブが襲ってきます。それも蹴り飛ばしますが、今度は二人のジブが同時に襲ってきました。脚をつかまれて引き倒され、押さえ込まれてしまいます。のしかかってきたジブが短剣を振り上げます。
「リンメイ!」
竜子帝は叫びましたが助けに行くことができませんでした。彼にも数人のジブが同時に襲いかかっていたのです。敵の拳を腹に食らって、竜子帝もうめいて膝を突いてしまいました。後頭部も殴られて地面に倒れます──。
そのとき、戦場に突然地響きがして鬨(とき)の声が上がりました。馬に乗った軍勢が現れて突進してきたのです。驚いているジブの中へ飛び込むと、槍や剣で攻撃を始めます。
竜子帝を襲っていたジブにも騎馬隊は突撃してきました。鎖で絡め取って引き離し、首をはねて動けないようにします。
頭を押さえて起き上がった竜子帝に、濃紺の防具の戦士が駆け寄ってきました。
「大丈夫でしたかな、竜子帝!? お怪我は!?」
それはロムド軍のワルラ将軍でした。竜子帝からジブを引きはがしたのはガスト副官と従者のジャック、戦場を駆け回ってジブと戦っているのはロムド兵です。敵の軍勢を背後から追っていたワルラ将軍の部隊が、この戦場で追いついたのでした。
竜子帝は一瞬ほっとしかけて、すぐに顔色を変えました。
「リンメイ! ラク──!?」
振り向いたとたん殴られた場所がまたひどく痛んで、頭を抱えてしまいます。
すると、すぅっと頭痛が消えていきました。驚いて顔を上げると目の前にラクが立っていて、彼に呪符を当てていました。その後ろにはリンメイとロウガもいます。全員無事です。
「良かった、キョン!」
とリンメイが抱きついてきたので、竜子帝は言いました。
「それは朕のセリフだ。助かったのだな。ロムド軍が助けてくれたのか」
すると、ロウガがにやりと笑って空を指さしました。
「ロムド軍だけじゃない。あんたの兵隊も間に合ったぞ」
上空を飛竜部隊が飛び回っていました。数は二十騎足らずですが、その背中には竜使いと一緒に術師が乗っていました。東の戦場から駆けつけてきた二の部隊です。味方に襲いかかっていたジブを術で追い払っていきます。
ワルラ将軍が竜子帝にまた言いました。
「ここに来る途中、闇の軍勢が風に飛ばされて行くのを見ました。連中が戻ってくる前に、ここの敵を一掃いたしましょう」
「わかった。ロムド軍はテト軍と共に地上で戦ってくれ。朕たちは空から攻撃と援護をする」
竜子帝の命令で一の部隊の飛竜はまた空に舞い上がりました。術師が乗った竜もいます。
竜子帝もリンメイやロウガやラクと飛び立ちました。
「我がユラサイ軍が敵にやられっぱなしなど断じて許せん! 徹底的に敵を倒すぞ! まずは敵の指揮官からだ!」
地上に近い空には、ジブたちへ命令を下している数人のドルガがいました。将軍がいない今、そのドルガたちが司令塔だったのです。竜子帝たちはドルガに向かってまっすぐ飛んでいきました──。