ハルマスの北の防壁の内側で、オリバンはタペ将軍と一騎討ちを始めていました。
タペ将軍がコウモリのような翼で空を飛ぶので、オリバンはセシルと共に管狐に乗っていました。管狐が将軍めがけて大きく飛び、オリバンが聖なる剣で切りつけます。
けれども、将軍は六本の腕で三本の剣を握っていました。両手持ちの巨大な剣です。オリバンの剣が届く前に上の大剣が攻撃を防ぎ、中と下の大剣がオリバンへ切りつけます。
「離れろ!」
とセシルが命じたので、管狐は大きな後脚で将軍を蹴りました。将軍と管狐がそれぞれ離れ、二本の大剣は空を切ります。
将軍が後を追って急降下してきたので、オリバンが言いました。
「もう一度飛べ! もっと高くだ!」
そこで管狐は地面を蹴ってまた飛び上がりました。高く高く──将軍より高い場所まで飛び上がると、落下を始めます。
オリバンは剣を構えて身を乗り出しました。近づいてくる将軍に頭上から切りつけようとします。
すると、いきなり地上から声がしました。
「おかわしください! 魔法です!」
彼らが戦う真下にユギルが駆けつけてきたのです。
セシルはとっさに管狐に身をよじらせました。オリバンが背中から投げ出されそうになってしがみつきます。そんな彼をかすめて黒い魔法が飛びすぎていきました。将軍が剣からひとつ手を外して魔弾を撃ち出したのです。
「オリバン、大丈夫か!?」
魔弾が防具をかすっていったのでセシルが心配すると、オリバンはすぐに身を起こして答えました。
「何事もない。ドワーフとノームの防具のおかげだ」
オリバンやセシルは鎧の下にジタンのドワーフとノームが作った鎖帷子(くさりかたびら)を着ていたのです。魔金を糸にすいて編み上げたもので、抜群の防御力があります。
管狐が地上へ降りると、そこには馬に乗ったユギルがいました。オリバンたちへ言います。
「わたくしの言うとおりになさってください。敵の動きを先読みします」
セシルは目を丸くしましたが、オリバンはすぐにうなずきました。
「わかった。指示をしろ」
そこへ将軍がまた襲ってきました。三本の大剣を振りかざして、地上のオリバンたちへ急降下してきます。
セシルがとっさにかわそうとすると、オリバンにどなられました。
「まだだ! ユギルに従え!」
セシルがあわててユギルを振り向くと、占者は遠いまなざしで彼らを見ていました。敵が迫ってくるのに黙っています。
ユギル殿! とセシルが焦れると、急に彼は右を示しました。
「そちらへ!」
セシルは管狐を右へ飛ばせました。切りかかってきた将軍の大剣が空振りして、一本の先端が地面に突き刺さります。
「む!?」
タペ将軍は顔色を変えました。剣を地面から引き抜けなくなったのです。ハルマスの地面をおおう聖なる魔法に捉えられたのでした。
一方管狐は将軍の背後に回り込む形になっていました。オリバンが聖なる剣で将軍の翼に切りつけます。
リーン……
涼やかな音と共に将軍の片方の翼が消えました。空を飛ぶことができなくなって、将軍が地上へ落ちます。
地上の聖なる魔法は将軍の両脚も捉えました。タペ将軍は地面に仁王立ちになったまま移動できなくなってしまいます。
「今だ!!」
オリバンとセシルが攻撃しようとしたとたん、ユギルがまた言いました。
「だめです、お下がりください!」
セシルは管狐を飛び下がらせました。絶好のチャンスを逃してオリバンが歯ぎしりします。
けれども、将軍の背後に鋭い棘(とげ)が突き出ました。将軍の防具の背中が棘に変わって飛び出したのです。あのまま攻撃すれば、オリバンは串刺しになるところでした。
「さすがは将軍だな。隠し技がいろいろあるようだ」
とオリバンは言って、改めて将軍に切りつけました。背中の棘をひと太刀で霧散させてしまいます。
「お下がりを!」
攻撃のチャンスでしたが、ユギルはまた言いました。セシルがすぐに管狐を下がらせます。
すると、タペ将軍はその場で気合いを溜め始めました。腰を落とし剣や拳を握って全身に力を込めると、黒い霧のようなものが集まって炎のように取り巻きます。
「おぁぁぁあ!!!!」
雄叫びと共に黒い稲妻が周囲に広がり地面にも命中しました。轟音と黒煙が湧き上がり、ばちばちと何かが弾けるような音が続きます。
驚いて見守るオリバンやセシルの前で、将軍が歩き出しました。足元の聖なる戒めを打ち砕いてしまったのです。地面に突き刺さっていた大剣も引き抜きます。
「来るぞ!」
オリバンの声に剣の唸りが重なりました。将軍が向き直ったのです。三本の大剣があらゆる方向から嵐のように襲いかかってきます。将軍は巨人のように大きく剣も長いので、攻撃の隙がありません。
「では、こちらからだ──!」
とセシルは管狐を敵の背後に回り込ませました。後ろから攻撃しようとします。
とたんにユギルが言いました。
「管狐、分身しなさい!」
なに!? とセシルもオリバンも驚きました。ユギルは管狐に直接指示したのです。
すると、三本の大剣が背後に突き出てきました。将軍が体の両脇から後ろを突いたのです。灰色の大狐の体を貫きます。
が、管狐が分身するほうが一瞬先でした。ぽーんと五匹の小狐に分かれて飛び散り、オリバンとセシルは地面に落ちました。空振りした将軍が剣を引いてまた向き直ってきます。
墜落したオリバンとセシルは、受け身を取って地面を転がりました。魔金の防具のおかげでダメージはほとんどありません。
そこへユギルが馬を走らせてきました。オリバンへ呼びかけます。
「殿下、お乗りください!」
オリバンはすぐに跳ね起きました。伸ばしてきたユギルの手をつかんで馬の背に乗ります。
「オリバン! ユギル殿!」
飛び起きたセシルに、ユギルが振り向きました。
「管狐とお下がりください!」
「そんな! 私も戦うぞ──!」
セシルは後を追いかけようとしましたが、大狐に戻った管狐がセシルをくわえて飛び退きました。セシルがいた場所に大剣が降って空振りします。
疾走する馬の上でオリバンはユギルに話しかけました。
「奴は三本の剣で縦横無尽に攻撃してくる。隙がないぞ。どうすればいい?」
ユギルはオリバンの前で手綱を握りながら答えました。
「確かに将軍は六本腕であらゆる方向へ攻撃してまいります。ですが、死角がないというわけではございません」
そのまま馬を将軍のほうへ走らせます。
タペ将軍は笑いました。
「人間がわしと正面から一騎討ちのつもりか!? 愚か者め!」
三本の剣がまた縦横無尽に振り回されました。右へ左へ上へ下へ──あらゆる方向を切り裂くのですが、将軍がひとりで操っているので、剣と剣とがぶつかり合うようなことはありません。
ところが、ユギルは馬の速度を少しも落としませんでした。三本の剣が作る嵐の中へまっすぐ突き進んでいきます。オリバンはその後ろで自分の剣を構えています。
「危ない!」
セシルは悲鳴を上げましたが、彼らは停まりませんでした。将軍の大剣が馬と彼らを切り裂きます。
けれども、それは錯覚でした。
馬は三本の剣の攻撃の隙間をくぐり、するりと剣の嵐の内側に飛び込んでいました。目の前に壁のようにそびえる将軍の体へ突進していきます。
「こいつ──!」
将軍は剣を振り回すのをやめました。三本の切っ先を下や内側に向けて、オリバンたちを突き刺そうとします。
すると、ユギルは馬の速度をいっそう上げました。あっという間に将軍の胸元まで接近します。
「ちょこまかと! くたばれ!」
将軍が剣を振り下ろしました。血しぶきが飛び、なびいていた銀髪が断ち切られて宙に舞います──。
と、将軍はぎょろりと目をむきました。
彼の目の前で馬が血を噴き出しながら倒れていきます。その背中にオリバンとユギルは乗っていませんでした。剣が来る直前に馬を蹴って飛び降りたのです。
空振りをした二本の剣は、勢いあまって将軍自身の胸や腹を突き刺していました。赤い血の代わりに黒い霧のようなものが噴き出してきます。
闇の民は同じ闇の民から受けた傷を自然に治すことはできません。それは自分自身でつけた傷も同じことでした。剣を引き抜くと、将軍の体が霧を吐きながらどんどん小さくなっていきます。
「闇王様からもらった力が抜けていく……馬鹿な。わしがたかが人間ごときに……」
誰が将軍になったところで、闇の将軍の言うことはあまり変わりがないようでした。人間に手傷を負わされた屈辱に歯ぎしりしながら、魔法で傷をふさごうとします。
すると、その前にオリバンが立ちました。聖なる剣を構えます。
「この──!」
将軍は剣を振り上げ、とたんによろめきました。このとき将軍はもう巨人から人間の大男程度の大きさまで縮んでいたので、巨大な大剣を扱いきれなくなっていたのです。
オリバンは踏み込み、剣を真横に振りました。
リーン──
涼やかな音と共にタペ将軍の首が飛び、体と共に黒い霧に変わって消えていきます。
オリバンはほっと剣を下ろすと、すぐに我に返って振り向きました。
「大丈夫か、ユギル!?」
占者の青年は顔をしかめながら立ち上がってくるところでした。疾走する馬から飛び降りたので、美しい顔に血がにじみ、脚を引きずっていますが、なんでもないことのように言いました。
「命に別状はございません。そのような未来が見えておりましたので」
オリバンはユギルに腕を貸すと、背中の真ん中でぶっつり断ち切られた銀髪を見ました。
「自慢の髪をやられたな。だが、髪だけで良かった」
「髪などは時がたてばまた伸びるものです。敵はわたくしの髪を切って、わたくしたちを切ったものと勘違いしたのでございます。それで力加減を誤ったのです」
「ユギルの作戦──いや、先読みどおりだったということか」
とオリバンは苦笑します。
そこへ管狐に乗ったセシルが駆けつけてきました。
「二人とも大丈夫だったか!? 怪我は!?」
「ユギルが負傷した。病院へ連れて行ってくれ!」
とオリバンが言いましたが、ユギルは首を振りました。
「わたくしの怪我はたいしたことはございません。管狐に同乗させていただければ大丈夫です。将軍は倒しましたが、敵はまだ大勢入り込んでおります。倒さなければなりません」
周囲ではまだ闇の軍勢とロムド兵が激しく戦い続けていたのです。
「わかった。敵を一掃しよう」
セシルはユギルとオリバンを管狐に引き上げると、新たな敵めざしてまた駆け出しました──。