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第28巻「闇の竜の戦い」

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96.救援

 一方ハルマスの砦の中では、障壁の穴をくぐってなだれ込む闇の軍勢と激戦が始まっていました。

 セシルと共に管狐に乗ったオリバンが、兵士たちに命じます。

「敵を地上に落とせ! 地面の聖なる魔法に捕まったところでとどめを刺すのだ!」

 彼自身は聖なる剣でドルガやトアに切りつけ、次々地上へ落としていきます。そこへロムド兵が集まって首をはね、火をかけて倒します。矢で敵の翼を破って落とす兵士もいます。

 が、敵は続々入り込んできました。いくらオリバンたちが倒していっても間に合いません。

 すると、出し抜けに大きなものが障壁の穴から飛び込んできました。地上にたたきつけられて急に小さくなり、動かなくなります。

 それを振り向いてセシルが言いました。

「天空の魔法使いの彼だ!」

「レオンか!? どうしたのだ!?」

 とオリバンが聞き返しました。ドルガと切り結んでいるので、確かめている余裕がなかったのです。

「怪我をしているようだ! 彼の犬もいる! どっちも動かない──!」

 セシルは焦りました。助けに行きたいのですが、オリバンが激しく戦っているので余裕がありません。

 すると、物陰から飛び出してレオンに駆け寄っていく人影がありました。銀の髪がなびいてきらりと光ります。

「ユギル殿──!」

 セシルは歓声を上げて、すぐに敵に向き直りました。オリバンの剣をかわした敵が彼女にも攻撃してきたのです。敵の剣をかわしてレイピアで翼を突き破ります。

 その間にユギルはレオンたちに駆け寄りました。周囲では兵士たちが闇の軍勢と激しく戦っています。怒声と剣のぶつかる音が響く中、ユギルはレオンに呼びかけました。

「しっかり! しっかりなさってください!」

 けれどもレオンは返事をしませんでした。ビーラーもぴくりとも動きません。二人の下から大地に赤黒い血の染みが広がっていきます。

 ユギルは厳しい顔で砦の中央を振り向きました。実は彼は病院の魔法使いたちをここに呼んでいたのです。そうしろと直感が告げたのですが、すぐ駆けつけてくると思った魔法使いたちが、まだ姿を現していませんでした。まだか!? と焦りながら考えます。

 

 すると、砦の建物の上を飛び越えて、何かが空を近づいてきました。巨大な細長い影が猛スピードで激戦の上空までやってきます。とたんに大粒の雨が降り出しました。ざぁぁ……と音を立てて降りかかってきます。

 やってきたのは巨大な青い蛇でした。雨は蛇から降ってきます。全身が水でできた水蛇だったのです。

 蛇の上から凜(りん)とした少女の声が響きました。

「ハイドラ、敵をたたき落として!」

 乗っていたのは海の王女のペルラでした。

 水蛇がぐぅんと長い尾を振ると、空にいたトアやドルガが巻き込まれて地上に落ちます。

 ペルラは水蛇を降下させて地上へ降りました。すぐに蛇を振り向いて言います。

「ハイドラ、敵を防いで!」

 水の蛇はすぐにまた舞い上がり、砦を囲む障壁へ飛んでいきました。イベンセが開けた大穴へ飛び込んでいくと、まだ入り込もうとしていた敵をはね飛ばし、周囲の青い光と同化して穴をふさいでしまいます──。

 ペルラはレオンに駆け寄りました。青いドレスが泥で汚れるのもかまわずにひざまずいて呼びかけます。

「レオン! 目を覚ましなさいよ、レオン──!」

 呼びながら両手をレオンの胸に当てると、青い光が手から広がっていきました。まもなくレオンが身じろぎをして目を開けます。

 ペルラはレオンに抱きつきました。

「気がついて良かった──! やだ、もう! あのまま死んじゃうんじゃないかと思ったじゃない!」

 レオンは肉感のある少女の体にどぎまぎした顔になりました。

「ど、どうして君がここに……? 湖にいたはずだろう?」

「偵察隊の海鳥が教えてくれたのよ! すぐに叔父上がハイドラを呼んで、あたしをここまで送ってくれたの!」

「渦王が……」

 レオンは改めて周囲を見ました。先ほどまで穴が空いていた障壁がふさがっていたので、ほっとします。ハイドラは渦王の魔力から作られた水蛇なので、渦王の魔力で強化された障壁を修復できたのです。

 

 ところが、レオンはまた顔色を変えました。

「ビーラーは!? どこにいる!?」

「ビーラーならすぐそこに──」

 とペルラは言いかけて息を呑みました。白い雄犬が地面にぐったり横たわったまま動かなくなっていたからです。横にひざまずいていたユギルが首を降ります。

「息をしておりません。心臓も……」

「ビーラー! ビーラー!!」

 レオンは愛犬に飛びつきました。いえ、飛びつこうとしたのですが、まだ力が回復していなかったので、ぬかるんだ地面に倒れてしまいました。ペルラがあわててレオンに肩を貸して、二人でビーラーに駆け寄ります。

「起きろ、ビーラー! 起きろ!」

「お願いよ、ビーラー! 目を覚まして!」

 レオンとペルラは二人がかりで癒しの魔法を流し込みましたが、ビーラーは息を吹き返しませんでした。

「だめだ! おまえはぼくの犬なんだぞ! ぼくを守って一緒に生きていくのがおまえの役目なんだから、先に死ぬのは許されないんだ! わかるか、ビーラー……!?」

 レオンは必死で呼び続け、ビーラーの体を抱いて何度も揺すぶりました。涙がこぼれて愛犬に降りかかりますが、やっぱりビーラーは目を覚ましません。

 ペルラもどうしていいのかわからなくなって立ちつくします。

 

 すると、馬の蹄の音が近づいてきました。

 いえ、激戦の最中なので軍馬が駆ける音は至るところで響いているのですが、その音は彼らのすぐそばで停まりました。

 同時に男性の声が言います。

「遅くなりました、ユギル殿!」

 駆けつけてきたのは魔法医の鳩羽の魔法使いでした。鞍の前には金色の巻き毛に紫の長衣の小さな少女を乗せています。

「病院からここまで空間移動ができなかったから、時間がかかったの! 闇王のしわざよ!」

 と巻き毛の少女──紫の魔法使いは言って、すぐにビーラーに目を留めました。

「逝きかけてるわ! どいて!」

 と馬から飛び降りて雄犬に駆け寄ります。

 鳩羽の魔法使いはレオンとペルラをビーラーから離しました。

「紫に任せてください。大丈夫、これはあの子の得意技です」

 安心させるように話しかけながら、ついでに治りきっていなかったレオンの傷も魔法で癒やします。

 紫の魔法使いのほうは、小さな手を犬に押し当て、目を閉じてひとりごとのように話し出しました。

「そう、そうよ……ええ、そう……そっちはダメ……あなたのご主人たちが待ってるわよ……ええ、こっちよ」

 すると、犬の横腹が急に大きく上下してまた呼吸を始めました。黒い目が開きます。

「ビーラー!!」

 また駆け寄ったレオンとペルラを、ビーラーは不思議そうに見上げました。

「ぼくはどうしていたのかな? なんだか遠くに行っていたような気がするんだが……」

「本当に遠くに行きかけていたんだよ。もう少しで君のご主人にも会えなくなるところだったね」

 と鳩羽の魔法使いが答えました。レオンが感極まって泣き出し、ペルラはそれを慰めていたので、二人とも返事ができなかったからです。

「もう大丈夫よ。このひとの怪我も治してあげて」

 と紫の魔法使いが言いました。犬のビーラーも人間と同じ扱いです。

 鳩羽の魔法使いがビーラーの傷を治し始めたので、ユギルは立ち上がって言いました。

「レオン様たちはもうしばらく休む必要がございますので、この場はお願いいたします」

「ユギル殿は?」

 と鳩羽が聞き返すと、ユギルは砦の防壁を振り向きました。水蛇が空の敵をたたき落とし、障壁の穴もふさいだのですが、それでもまだ多くの敵が残っていました。六本腕のタペ将軍が管狐に乗ったオリバンやセシルと対峙しています。

「わたくしは占者です。占者として、するべきことをするだけでございます」

 とユギルは言うと、オリバンたちのほうへ駆け出しました。なびく髪と長衣が銀と灰色の影のように走っていきます。

「あれは将軍だぞ。人間が勝てるわけがない──!」

 とレオンは後を追いかけようとして、また倒れました。怪我が治っても、やっぱり力はまだ回復していません。ビーラーも立ち上がろうとして倒れます。

 だめよ、二人とも! とペルラが泣き声になります。

「お二人はまだ絶対安静です。医者の言うことをお聞きください」

 と鳩羽はレオンとビーラーに言い渡し、周囲へ障壁を張りました。レオンやビーラーだけでなく、ペルラや紫の魔法使いまでが外へ出られなくなってしまいます。

 紫の魔法使いはふくれっ面になりました。

「あたしもなの?」

「そう、君もだ。ぼくはここから離れられないのに、勝手に行かれたら困るからね」

 と鳩羽は言って、またビーラーに癒しの魔法をかけ始めました。そうしながら、そっと戦闘の様子を見守ります。

 そこではオリバンとタペ将軍が互いに迫り剣をぶつけ合って、一対一の激戦を始めていました──。

2022年2月10日
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