イベンセは隕石の爆風をやり過ごしてハルマスの防壁の上に立っていました。空にいる勇者の一行を血の色の目で見ています。
フルートは光炎の剣を構えて急降下しました。
「ポポロは渡さない! 闇の国へ去れ、闇王!」
イベンセがポポロを狙っていることも、その陰にセイロスがいることもわかっていましたが、それでも敵へ「死ね!」とは言えないフルートです。
イベンセが攻撃魔法を撃ち出してきたので、ポチは身をひねってかわしました。唸りをたててイベンセへ向かいます。
すると、イベンセは今度は銀色に輝く障壁を張りました。レオンから奪った光の魔法を使ったのです。切り裂こうとした光炎の剣が跳ね返されてしまいます。
「もう一度!」
とフルートに言われてポチはまた突進しました。フルートはさっきより力を込めて剣を振り下ろしましたが、やっぱり光の障壁は破れません。
そこへポポロの声が聞こえてきました。
「何度も切りつけろって、レオンが……! そのうちレオンから奪った力が尽きるはずだからって!」
レオンはまだ回復できなくてビーラーの上にうずくまっていました。フルートまで声を伝える力がなくて、心話で話せるポポロに頼んだのです。
「聞こえたな、ポチ?」
「ワン、もちろんです! いきましょう!」
フルートとポチはまた障壁へ立ち向かいました。レオンの強力な魔力で作られた障壁へ、フルートが幾度も幾度も剣を振り下ろします。
やがて──
ガシャァァ……ン!!
ガラスが割れるような音を立てて銀の壁が砕けました。イベンセの前から障壁が消えていきます。
フルートとポチが突撃すると、背後から矢が飛んできました。ゼンの援護射撃です。光の矢は人間には命中しないので、彼らをすり抜けてイベンセへ飛びました。矢を避けて飛び退いたイベンセへフルートが斬りかかります。
イベンセはとっさに翼を鋼鉄に変えて受け止めようとしましたが、光炎の剣はそれを紙のように切り裂きました。黒い翼が炎を吹いて燃え上がります。
ところが、イベンセがどんと足踏みすると火が消えました。切り落とされたはずの翼も元通りになります。闇王にダメージを与えるのは簡単ではありません。
それでもフルートたちが攻撃しようとすると、イベンセは背後へ言いました。
「出てこい、タペ将軍! ダルダン将軍! 私の役に立ってみせろ!」
呼ばれて飛び出してきたのは六本腕の二人の大男でした。片方は筋骨隆々とした体格、もう一方はとても長身でひょろりと細身です。
「ワン、新しい将軍だ!?」
とポチが驚いていると、フルートが言いました。
「四天王の将軍を倒されたから補充したんだ──。気をつけろ。来るぞ!」
一方、二人の将軍も話し合っていました。
「王の希望は敵の砦を制圧することだ。そのために今は手を結ぼうではないか」
「気は進まんが、連中が手強いことはドルガ時代に見ている。よかろう、今だけ協力してやる」
「私は金の石の勇者たちを倒す」
「では、わしは砦に突入だ」
それぞれに役割分担して部下を呼びます。
命令に応えてどこからか現れたのは、新たな闇の兵士たちでした。空を飛ぶドルガとトアの集団、地上を駆けて砦の防壁に押し寄せるジブの集団。その数は万を超えています。
「なんだ!? んな大軍、どこから現れたんだよ!?」
驚いたゼンにルルが言いました。
「魔法で身を隠していたのよ! こんなにたくさんいたなんて──!」
それは闇王や新しい将軍と共に行動をしていた闇の軍勢でした。先ほどハルマスの砦に侵入した軍勢はほんの一部で、本体は闇王の魔法で姿を隠したまま、砦のすぐ近くに待機していたのです。
フルートとゼンはすぐに引き返して敵を防ごうとしましたが、目の前に細身の将軍が立ちふさがりました。金の石の勇者たちを倒す、と言ったダルダン将軍です。
「行かせないよ。諸君の相手はこの私だ」
六本腕の三本が、すらりと長い剣を抜きました。闇の将軍ですが、どこか人間の貴族を思わせる上品さがあります。
フルートとゼンは先へ進めなくなって将軍とにらみ合いました。剣や弓矢を構えて隙を狙います。
すると、ダルダン将軍が三本の剣を空中で振りました。
「剣に裂かれて散れ!」
たちまち風が湧き起こってフルートたちに襲いかかりました。フルートやゼンの顔に切り傷が走り、犬たちの風の体が切り裂かれます。
「ポチ!」
「おい、ルル!」
犬たちがいくつにもちぎれたので、フルートとゼンは焦りましたが、風の体はすぐにまたくっつき合いました。
「私たちは大丈夫よ」
「ワン、ぼくたちは今、風ですからね。それよりフルートとゼンこそ気をつけてください。あれ、風の刃ですよ」
「わかった」
とフルートが言うと、彼らの前に金の光が広がりました。金の石が守り始めたのです。
それを見てダルダン将軍も風の攻撃はやめました。その隙にゼンが光の矢を放ちますが、将軍に切り捨てられてしまいます。
そこへ部下のドルガたちが襲いかかってきました。フルートとゼンを取り囲み、金の光へいっせいに攻撃魔法を浴びせます。地上からもジブが魔法で攻撃してくるので、フルートたちは身動きが取れなくなりました。
「フルート! ゼン!」
メールとポポロが駆けつけ、花鳥で援護しようとしましたが、敵の数が多すぎました。さらにダルダン将軍が切りつけてきたので、メールはあわてて花鳥を後退させました。聖なる花を切った将軍の剣先が溶けますが、たちまち元に戻ってしまいます。
「この一帯の闇が濃すぎるのよ! だから敵を倒せないし、攻撃も強力になってるんだわ!」
とポポロが言いました。防壁の上にいるイベンセのしわざに違いありませんが、彼女を倒す方法がありませんでした。ポポロの魔法を使えば、ひょっとしたら倒せるのかもしれませんが、そうすればポポロは今日の魔法を使い果たしてしまいます。それは敵の思うつぼなのです──。
一方、タペ将軍が軍勢とハルマスの砦へ突撃すると、イベンセが防壁の上で手を上げました。
「テガウオーナアニベカノミーウ!」
光の魔法の呪文です。彼女はまだレオンの魔力を内に持っているのでした。上げた手を前に突き出すと、青くそそり立っていた砦の障壁に巨大な穴が開きます。
それは、先に禍霧が障壁に穴を開けた場所でした。渦王の魔力で障壁が強化されたので、穴もふさがれていたのですが、今また障壁に新たな穴がうがたれたのでした。
「わしに続け!」
とタペ将軍が穴から砦へ突入していきました。部下の軍勢がそれに続きます。砦の中の地面は光の魔法でおおわれているので、侵入していったのは空を飛べるドルガとトアたちでした。翼がないジブたちは安全に突入できる場所を探して防壁沿いに走っていきます。
「穴を……ふさがないと……」
レオンがビーラーの上で体を起こしました。まだ力は半分も戻っていないので、起き上がっただけでくらくらして、また倒れそうになります。
「大丈夫か、レオン?」
と心配するビーラーに、レオンはしがみつき直しました。片手でビーラーの背中の毛をつかみ、もう一方の手を障壁の穴に向けます。
「レガーサフヨナ──」
障壁を補強して穴をふさぐ呪文を唱え始めたとたん、イベンセがレオンへ目を向けました。そのとたんレオンがビーラーから弾き飛ばされて墜落します。
「レオン!」
ビーラーは後を追い、追いついて風の体でレオンを巻き取りました。そのまま地上へ着陸しようとします。
そこへまたイベンセが目を向けました。彼女は自分の魔法を呪文なしで使うことができます。ビーラーはレオンと一緒に吹き飛ばされ、障壁の穴に飛び込みました。闇の軍勢が続々なだれ込む砦の中へ行ってしまいます。
「レオン! ビーラー!」
あわてて後を追いかけようとしたメールとポポロの前に、イベンセが飛び上がってきました。黒い天使のように翼を広げて空に立ちふさがります。
メールは花鳥の首をたたいて鳥を白くしました。守りを固めながら鳥を後退させますが、イベンセは迫ってきます。
「メール、後ろ!」
とポポロが声を上げました。後ずさるうちに、フルートたちを取り囲む闇の軍勢に突き当たりそうになったのです。ドルガやトアが振り向きます。
「捕らえよ」
イベンセの命令に敵が襲いかかってきました──。