「青は無事に戻ったかね?」
ロムド城の南の守りの塔で、深緑の魔法使いが尋ねました。長い樫の杖を持った眼光鋭い老人です。
白の魔法使いは石の床に座り込んで自分の杖にすがっていましたが、そう言われて顔を上げました。頬を濡らしていた涙を素早く拭ってから答えます。
「ああ、目を覚ましたようだ。もう大丈夫だろう」
隠そうとしても、安堵が声ににじみます。
深緑の魔法使いは彼女に手を貸して立たせながら言いました。
「妖怪軍団がたまたま通りかかったおかげで、本当に助かったわい。あのままだったら、間違いなく青は黄泉の門をくぐってしまったからの」
「そうだ。紫はハルマスの砦にいたから、危なく手遅れになるところだった。そもそも青は油断が過ぎる。戻ってきたら厳重注意だ」
と白の魔法使いは言いながら、少し乱れていた髪を束ね直しました。手に力が入りすぎて、以前よりきつめに束ねてしまいます。
そんな彼女を横目で見て、老人はひとりごとのように言いました。
「まったくじゃな。気をつけてもらわんと、わしは孫の顔が見られなくなるからのう」
白の魔法使いはたちまち真っ赤になりました。
「孫というのはなんだ!? 誰と誰の──いや、そもそも誰が深緑の子どもだ──!?」
むきになった彼女へ、老人はにやにや笑いました。
「おまえさんたちはみんな、わしの子どもじゃよ。白も青も赤もな。わしはおまえさんたちの子どもが生まれてくるのを心底楽しみにしてるんじゃ。戦いなんぞで命を落としてはいかんぞ」
白の魔法使いは顔を赤くしたまま反論をやめました。深緑の魔法使いは妻子を病で亡くして天涯孤独の身の上です。だからこそ、亡き子と同じ年頃の白や青たちを我が子のように思っているのでした。白の魔法使いの髪で光る金の髪飾りは、以前彼からもらったものです。亡くなった娘に似たような髪飾りを買ってやったことがあるんだ、と酒の席で洩らしたことがあります──。
「深緑も気をつけろ。死んでしまったら孫の顔も見られなくなるんだからな」
と彼女は少しつっけんどんに言いました。赤くなった顔はなかなか元に戻りません。
「ほい、むろんじゃ。だが、どうも思わしくない気配がするの」
と老人は言って、長い杖で塔の窓を示しました。外には早春の景色が青空と一緒に広がっています。
なんだ? と彼女が目をこらそうとしたところへ、警戒をしていた部下の魔法使いから心話が飛び込んできました。
「隊長たちに報告します! 敵が西から都に接近中! 緑の防具の騎馬隊──サータマンの疾風部隊です!」
疾風部隊!! と白の魔法使いと深緑の魔法使いは同時に言いました。ハルマスへ向かうと思われていた敵が、ロムド城がある王都に接近しているのです。
「やっぱり連中の狙いはこっちじゃったか」
「そうらしいな」
二人は話し合い、老人はすぐさま持ち場の北の塔へ走って行きました。度重なる魔法戦争の影響で、ディーラでは空間移動ができなくなっているのです。
白の魔法使いは待機している魔法軍団へ命じました。
「疾風部隊が接近している! ディーラにいる者は全員ただちに配置につけ! 偵察隊、敵を詳しく調べて報告しろ!」
「了解!」
「了解──!」
心話を通じてあちこちから声が返ってきました。現在、この王都には五十名ほどの魔法軍団がいます。
じきに都に角笛の警報が響き始めました。都全体が緊張とざわめきに包まれていきます。
「疾風部隊は先駆けだ。後から必ずサータマン連合軍の本隊が来る。都と陛下をなんとしてもお守りしなくては」
白の魔法使いは言って杖を強く握り直しました──。