隕石の爆風はハルマスの東にも広がっていました。
ウード将軍やズァラン将軍と戦う青と赤の魔法使いに、砂混じりの突風が吹きつけたのです。
丘陵地帯にはザカラス軍がいた場所のような森はありません。風はさえぎられるものがないまま、丘を越えて激しく襲いかかります。
「な、なんです、これは!?」
いきなりの砂嵐に視界を奪われて、青の魔法使いが叫びました。彼が操る聖守護獣の大熊も動きを止めます。
敵に飛びかかろうと宙に舞っていた聖守護獣の山猫は、吹き飛ばされて地面に転がりました。
赤の魔法使いが心話で青の魔法使いに言います。
「いきなり隕石が出現して爆発したぞ! ハルマスの真上だ!」
「隕石──? 燃えながら空を落ちてくる石のことですか」
「そうだ。だが石なんてかわいいものじゃない。ハルマスを押し潰すほど巨大な岩だった」
「それが爆発してこの風ですか。何故です?」
「わからん。が、風に光の魔法が混じっている。ポポロ様のしわざかもしれん」
「では敵の攻撃を防がれたのでしょう。こちらにもこれは好機だ」
突然の突風に驚いたのは敵も同じだったのです。ズァラン将軍が操るイフリートは立ち尽くし、巨大化したウード将軍は自分の腕で砂嵐から目を守っています。
「それ、大熊! いきますぞ!」
青の魔法使いは声に出して言うと、青く輝く聖守護獣をイフリートへ突進させました。
火の魔神は地響きを立てて地面に倒れました。飛びかかった大熊に炎を吐こうとしますが、大熊は前脚をイフリートの口に突っ込みました。
「そぉれ!」
武僧の魔法使いは地面をどんと踏み、手にした護具を突き出しました。新たな魔力が青い奔流になって大熊へ流れます。
大熊は強く光りながらイフリートの咽を踏み潰しました。さらに頭にもかみついて食いちぎります。
ごわぁぁぁ……!!!
炎が風にあおられるような音を立ててイフリートは消滅していきました。巨大な魔神が見えなくなります。
一方、赤の魔法使いも山猫をウード将軍へ飛びかからせました。
将軍には六本の腕があります。山猫は砂嵐を防ぐのに掲げていた腕に飛びつき、腕を蹴ってさらに上へ飛び上がります。
ウード将軍は別の手に握っていた短剣を振り下ろしていました。山猫がすでに頭上に飛んでいたので、誤って自分の腕を刺してしまいます。
ぐぁぁ……!
ほえるような悲鳴を上げた将軍に山猫がまた飛びかかっていきました。鋭い爪で将軍の装甲を切り裂き、食いついて引きはがしていきます。
むき出しになったウード将軍の胸へ、赤の魔法使いは護具を向けました。ムヴアの術を最大出力で繰り出します。
将軍はまたすさまじい悲鳴を上げました。巨人のようだった体があっという間に縮んで、元の大きさに戻ってしまいます。
元に戻っても、ウード将軍の胸には大きな穴が開いていました。闇の民の彼にムヴアの術の傷を癒やすことはできません。
「馬鹿な……このわしが、こんなところで……」
ウード将軍はうめいて黒い血を吐き、そのまま動かなくなりました。ついに絶命したのです。
赤の魔法使いは、ほっと護具を下ろしました。とたんに激しい脱力感に襲われて、その場に座り込みました。護具の使用には大量の魔力を消費します。力を使い果たして動けなくなった彼の前で、赤い山猫が薄れて消えていきます──。
すると、そこへ青の魔法使いが飛び込んできました。赤の魔法使いを背後にかばって護具を突き出します。
吹き飛ばされるように大きく後ろへ飛んだのはズァラン将軍でした。動けなくなった赤の魔法使いを襲撃しようとしていたのです。青の魔法使いがまた護具を突き出そうとすると、六本腕を振り回して大声で呼びます。
「来い、サイクロップス! 連中を踏み潰せ!」
新たな敵が出現しました。先ほどのイフリートにも匹敵する大きさのひとつ目の巨人です。
「なんの!」
青の魔法使いも大熊を突進させました。熊はサイクロップスに飛びついて、もつれながら戦い始めます。
「……っとと」
青の魔法使いが急によろめきました。大熊がサイクロップスに投げ飛ばされたのです。聖守護獣が受けたダメージは、操る彼にも伝わってきます。
サイクロップスが立ち上がろうとしたので、大熊が背後からまた飛びつきました。再び激しい格闘になります。
くんずもつれつ、上になり下になりの激闘が続きますが、ついに大熊が巨人の顔をひっかきました。ひとつだけの目を傷つけられて、巨人が顔を押さえてほえます。
「それ!」
青の魔法使いが護具を両手で高く差し上げると、大熊は巨人に食いついて高々と振り上げました。そのまま地面へたたきつけ、襲いかかってかみつきます。
「えぇい、一体では足りん! もっと来い!」
とズァラン将軍はさらに怪物を呼び出そうとしました。巨大な影が戦場に現れます──。
「おっと、それはもう終わりにしてもらいましょうか」
青の魔法使いはズァラン将軍へ飛びました。将軍は怪物を呼び出すのに六本の腕をすべて使っていました。とっさに反撃できずにいるところを、護具で突き刺して光の魔法をたたき込みます。
ズァラン将軍は悲鳴を上げました。体の内側に食らった光の魔法が体を突き破ったのです。将軍はちぎれて消滅していきました。現れかけていた怪物の影やサイクロップスの巨体も、蒸発するように見えなくなります。
青の魔法使いは護具を下ろして大きな息を吐きました。屈強な武僧の彼も、さすがに疲れ果てて汗みずくになっていました。その場にどっかと座り込むと、そのまま立てなくなってしまいます。
護具にもたれかかって彼は言いました。
「ハルマスに向かった敵が心配ですが……これでは当分動けませんな……。しばらくここで休んで体力を回復させてから……」
ところが、彼のひとりごとを赤の魔法使いの声がさえぎりました。
「気をつけろ、青! まだいるぞ!」
なに、と青の魔法使いは振り向こうとしましたが、できませんでした。そのくらい彼は疲れ果てていたのです。護具にすがってあえいでいる彼の背中を剣が貫きました。切っ先が胸の前まで突き抜けて、ぎりりとねじれます。
背後から忍び寄って彼を突き刺したのは、下級兵のジブでした。空を飛ぶこともできなければ、強力な魔法を使うこともできない闇の兵士は、他の兵士が皆ハルマスに向かった後も、この場に隠れて残っていたのです。ひょっとすると、ハルマスに向かえば無駄死にすると思って、将軍の戦闘に紛れて逃げ出そうとしていたのかもしれません。けれども、将軍が次々倒され、敵の魔法使いが疲れて動けなくなったのを見て、これはチャンス、と襲撃してきたのでした。
青の魔法使いが護具と一緒に地面に倒れたので、ジブは剣を引き抜いて歓声を上げました。
「やった! やったぞ! ズァラン将軍を倒した敵を殺してやった! これで俺も昇進だ! 二階級、いや、三階級飛んで将軍になれるかもしれないぞ──!」
「青!」
赤の魔法使いは駆けつけようとしましたが、まだ体に力が入りませんでした。立ち上がろうとして逆にその場に倒れてしまいます。
その音にジブは振り向きました。赤の魔法使いも動けなくなっているのをみて、にんまりします。
「そうだそうだ。もう一匹倒せば俺の将軍昇進も間違いなしだ」
ジブが赤の魔法使いに向かってきました。青の魔法使いの血に柄まで染まった剣を振り上げます。
「そら、おまえも間抜けな仲間のところへ行け──!」
将軍の仇(かたき)! などと闇の兵士は言いません。
すると、赤の魔法使いは急に地面をばんとたたきました。うめくように言います。
「大地よ、食らえ」
たちまちジブの足元の地面に亀裂が走りました。大地が口を開け、ジブを悲鳴と一緒に呑み込むと、また割れ目を閉じてしまいます。
戦場にやっと本当に敵がいなくなりました。
赤の魔法使いは立ち上がれないので、地面を這うようにして青の魔法使いへ近づきました。気持ちはどうしようもなく焦るのに、体はほんの少しずつしか動きません。
ようやくたどり着いて握った武僧の手は冷たくなり始めていました。脈も感じられません。
「青……青!」
赤の魔法使いは必死で呼びましたが、返事はありませんでした。武僧は呼吸もしていなかったのです。
赤の魔法使いは癒しの術を彼に流そうとしましたが、できませんでした。聖守護獣の戦いで力を使い果たし、やっとほんの少し回復した力も、ジブを追い払うために使い切ってしまったのです。
「……あお……!」
赤の魔法使いの呼び声が戦場跡に弱々しく響きました──。