隕石が爆発した影響は、ハルマスからかなり離れた場所まで及んでいました。
ハルマスから西へ出撃したザカラス軍にも、爆風が襲いかかったのです。森がいきなりざわめいたと思うと、背後から強い風が吹きつけてきます。
ザカラス軍はその場に立ち往生しました。黒ずくめの兵士たちはマントを激しくあおられ、屈強の軍馬がよろめいていななきます。軍の先頭にいたトーマ王子などは、体重がまだ軽いので、危なく鞍から吹き飛ばされそうになって必死で踏ん張ります。
重臣のニーグルド伯爵があわてて駆けつけてきました。
「大丈夫でございますか、殿下!?」
「大丈夫だ──! 今のはなんだったんだ!?」
けれども、彼らは敵を防ぐために急いでいたので、背後を見ていませんでした。風もすぐに弱まっていきます。
砂っぽい風に咳き込みながら、伯爵が答えました。
「突風でございます、殿下。雨が近いのかもしれません」
けれども、トーマ王子は疑うように眉をひそめました。頭上の空は青く晴れ渡っていて、急な天候の変化を予兆するような雲は見当たらなかったのです。風の中に雨の匂いもしません。
すると、前方へ偵察に出ていたシン・ウェイが馬で駆け戻ってきました。王子と伯爵に大声で言います。
「とんでもないことが起きたぞ! でっかい隕石がいきなり空に現れて爆発したんだ!」
「隕石?」
と王子は聞き返しました。これまで聞いたことがなかったことばでした。
「空で光る星のかけらだ! それがたまに地上に落ちてくるんだが、あんな馬鹿でかいのは初めて見た! あの場所はおそらくハルマスの真上だ!」
トーマ王子はぎょっとしました。
「敵のしわざか!? 敵が襲撃してきたのか!?」
けれども、ニーグルド伯爵は首を振りました。
「いやいや、そんなまさか……。隕石なら私も昔見せられたことがありますが、本当に小さな石のかけらでした。そんなものであんな強風が起きるとは思えません」
「あれはただの風じゃなかった!」
と王子は強く言って、風が吹いてきたほうを示しました。
「あの風には砂が大量に混じっていた! だが、そんな砂がどこにある!? ここは海岸でも川辺でもないんだぞ!」
王子が示す方角では森がまだ激しく揺れていました。確かに風に巻き上げられるような砂は見当たりません。
シン・ウェイが深刻な声で言いました。
「隕石ってのは流れ星の燃え残りだ。空から燃えながら落ちてくるんだが、あの隕石は空の低いところにいきなり出現した。で、突然爆発したんだ。どう考えたって、あれは魔法のしわざだ。王子の言うとおり敵の攻撃だろう」
正確に言えば隕石を破壊したのはポポロなのですが、そんなところまではわかるはずがありません。
トーマ王子は顔色を変えました。
「ハルマスの真上で隕石が爆発した──隕石が──」
その瞬間、王子の頭に浮かんできたのは、フルートやオリバンたちではなく、メーレーン姫でした。無邪気な笑顔、優しい話し声、薔薇色のドレスで大好きな犬とはしゃぐ姿、砦の中で大勢を前に心を込めて歌う声……そんなものが一気に押し寄せてきます。
王子は歯ぎしりして全軍に命じました。
「ハルマスが敵の襲撃を受けた! 戻るぞ!」
「殿下、私たちは総司令官の勇者殿から西の防御を命じられたのですよ!」
とニーグルド伯爵はあわてて引き止めました。巨大な隕石の爆発をまだ信じ切れずにいたのです。
けれども、王子は停まりませんでした。馬の向きを変えハルマスの方角へ駆け出して命じます。
「全軍続け! 引き返すぞ! ハルマスを敵から守るんだ!」
どんなに年若くても、トーマ王子はザカラス軍の総大将です。しかも王子には祖父譲りの威厳と迫力があるのですから、兵士たちもすぐ命令を受け入れました。全軍が王子の後に従って引き返し始めます。
「殿下……」
困惑する伯爵にシン・ウェイが言いました。
「王子の判断は正しいと思うぞ。やってくる敵を防いだって、肝心のハルマスをやられたら、俺たちの戦いは無駄になるからな」
シン・ウェイが王子を追って駆け出したので、ニーグルド伯爵もしかたなく後に続きました。
メーレーン姫、どうか無事でいてくれ──!
トーマ王子はハルマスへ馬を疾走させながら心で祈っていました。