「レオン、大丈夫か!?」
防壁が突然青く輝いてイベンセを吹き飛ばしたので、フルートたちはレオンに集まりました。フルートが金の石を押し当てますが、吸い取られた力を回復させることはできませんでした。
「大丈夫だ……時間がたてば、自然と回復するよ……」
とレオンが言いました。相変わらずビーラーの背中に突っ伏したままですが、話せるようにはなったのです。二、三度ぜいぜいと息をしてから、また言います。
「闇の気配が少し遠くなったな……何があったんだ?」
「渦王が駆けつけてくれたらしい。弱った防壁を魔法で強化して、闇の軍勢を追い払ってくれたんだよ」
とフルートは答えました。
今、ハルマスの砦は防壁だけでなく、その上にそそり立つ青い光の障壁にも高く守られるようになっていました。闇の兵士がふれると一瞬で消滅してしまうので、敵は大きく退いていました。空の一カ所に集まって、羽ばたきながらこちらの様子をうかがっています。
「イベンセは……? どうした……?」
とレオンがまた尋ねたので、今度はメールが答えました。
「父上の魔法をまともに食らって吹き飛んだよ。これで消滅してくれたら嬉しいんだけどさ」
「そんな生やさしい相手じゃねえだろう。闇王だぞ」
とゼンが言いました。周囲から闇の敵はいなくなりましたが、弓に光の矢をつがえて警戒を続けています。
すると、どこからか呪文を唱える声が聞こえてきました。
「ロレワラアーニラソヨシホノーシイー」
女性の声でしたがポポロの声ではありません。仲間たちはぎょっと防壁を振り向きました。
案の定、そこに立っていたのはイベンセでした。渦王の魔法に吹き飛ばされても怪我ひとつありません。黒い大きな翼を広げ、片手を空に向けて呪文を唱え続けています。
「光の魔法の呪文よ!」
とルルが言いました。
「レオンから吸い取った魔法を使おうとしてるんだわ!」
とポポロも叫びます。
レオンがビーラーの背中から必死に顔を上げて言いました。
「あれは……隕石の魔法だ……! 早く! 早く逃げろ……!」
それを証明するように、頭上の空に巨大な岩の塊が現れました。ハルマスの砦の真上なので、岩が太陽をさえぎって砦が影におおわれます。
「ハルマスが押し潰される!」
フルートは青ざめました。いくら渦王の力に守られていても、とても防ぎきれない巨大な岩です。ハルマスに墜落したら、間違いなく町全体が破壊されてしまいます。
「金の石!」
フルートに呼ばれて精霊が姿を現しましたが、すぐに首を振りました。
「無理だ。あれは空から落ちてくるエネルギーを溜めたまま、あそこで一時停止している。動き出したら、たとえ願いのが力を貸したとしても止めることはできない。天空の国の中で最も強力な魔法のひとつだろう」
内心は焦っているのかもしれませんが、いやに冷静に聞こえる声でした。
一同はどうしていいのかわからなくなってしまいます。
すると、突然レオンが命じるように言いました。
「あいつを……捕まえろ……」
「え? どうしろって、レオン?」
とビーラーが聞き返しました。レオンはまだかなり弱っていて、はっきり話すことができなかったのです。
ところが、そのとたん防壁で爆発が起きました。
フルートたちが、はっとまた振り向くと、イベンセが黒い翼を広げて空に舞い上がるところでした。後を追って細身の人のようなものが飛び上がっていきます。鎧のような白くつるりとした体に細い手足、のっぺりした顔に大きな赤い二つの目──レオンの戦人形でした。
戦人形はレオンの命令に従ってイベンセを捉えようとしていました。翼があるイベンセより高く飛び上がると、落ちながら彼女につかみかかります。
イベンセは振り切ろうとしましたが、できませんでした。至近距離から闇魔法を撃ち出しますが、人形の白い体が受け流してしまいます。イベンセと人形は地上に墜落しました。そのまま防壁の陰になって見えなくなってしまいます。
「今のうちだ……隕石を消そう……」
レオンは起き上がろうとしましたが、やっぱり力が出ませんでした。ほんの少し体を持ち上げただけで、またビーラーの背中に倒れて、ぜいぜいと息をします。巨大な岩は上空に浮いたままです。
そのとき、ゼンは湖の方角から飛んでくる鳥の群れを見つけました。
「こんなところに海鳥──? 渦王の海鳥部隊か!」
歓声を上げると、鳥に向かって大きく手を振ります。
「おまえら! 岩がハルマスに落っこちてくるんだ! 渦王を呼んでこい!」
海鳥たちも頭上に突然現れた巨石には気づいていました。ゼンの命令を了解すると、いっせいに向きを変えて湖へ戻っていきます。
「間に合うかな?」
メールが心配そうに見送りました。
「間に合ってもらわねえとハルマスは壊滅だ」
とゼンが低く答えます。
そこへまた激しい爆発が起きました。防壁の陰から吹き上がった黒煙の中に白い人形がありました。
「戦人形──!!」
レオンだけでなく、フルートたちも思わず叫んで息を呑みました。絶対な強靱さと攻撃力を誇る戦人形が、ばらばらになって煙と共に吹き飛んでいたのです。
と、人形の頭が急に向きを変えました。ちぎれた首だけで地上へ飛んでいきます。
そこにはまたイベンセが立っていました。黒い翼に黒と赤の妖艶なドレスの闇王は、血の色の目で人形を見上げています。
戦人形がイベンセへ口を開けました。口の奥から筒のようなものがせり出します。
「よし、焼き尽くせ──!」
とレオンがまた命じます。
すると、イベンセの翼がいきなり鋭い刃物に変わりました。ひゅぅっと音を立てて空を切り、またばさりと黒い羽根の翼に戻ります。
炎を吐こうとしていた戦人形の頭は、空中で真っ二つになっていました。半分になりながら落ちていってイベンセの左右に転がり、そのまま爆発して燃えてしまいます。
「ワン、戦人形をあんなに簡単に……」
ポチが信じられないようにつぶやきました。彼らも天空の国で戦人形に襲われた経験がありますが、強力でしぶとい戦人形を撃退するのに、本当に苦戦したのです。
イベンセはそのまま手を頭上に向けました。上空に浮かぶ隕石へまた呪文を唱え始めます。
「ロチオヨシーイーセブツシオーオデリー……」
海鳥たちの群れはまだ空の彼方に見えていました。渦王の元にたどり着いていません。
「呪文が完成する!」
ビーラーが叫びました。
レオンが魔法を使おうと手を上げて、また力尽きて倒れます。
フルートは血がにじむほど強く唇をかむと、振り向いて言いました。
「ポポロ、魔法だ!」
「はいっ!」
ポポロはもうこの状況に使える魔法を見つけていました。ためらうことなく両手を石へ向けて唱えます。
「テケダクヨシーイ……レーチ!」
とたんに空で巨石が砕けました。一瞬で濃い砂煙に変わると、そのまま爆発するように広がって散っていきます。
砂嵐が爆風に乗って押し寄せてきたので、一同は思わず悲鳴を上げました。細かい砂粒が雨のようにたたきつけてきます。
犬たちは風の体をねじって尾を頭上に上げ、渦を巻いて砂煙をはね飛ばしました。メールは星の花を白い繭(まゆ)に変えて自分とポポロを守ります。
爆風は遠巻きにしていた闇の軍勢にも襲いかかりました。集団が大きく乱れ、大勢があおられて地上へ墜落します。びりびりと空が震え、砂嵐を浴びた大地が土砂降りのような音を立てます──。
爆風が通り過ぎると、犬たちはまた蛇のように長い姿に戻りました。背中に乗ったフルートとゼンは無事だし、レオンもビーラーにぐったり寄りかかっていますが、やはり怪我はありません。
繭から元に戻った花鳥の上で、ポポロが涙ぐんでいました。
「ごめんなさい、ごめんなさい……こんなすごい爆発になるなんて……ごめんなさい」
けれども、渦王の障壁に囲まれたハルマスは、爆発からも守られていました。ハルマスの周囲は砂混じりの突風にたたかれて荒れていますが、砦の中は無傷です。
「大丈夫。よくやったよ、ポポロ」
とメールは言って、改めて背後にポポロをかばいました。
ゼンも光の矢を構え直します。
翼をぴったり閉じて爆風から身を守ったイベンセが、まだ防壁の上に立っていたのです。
「ポポロは渡さない! 闇の国へ去れ、闇王!」
フルートは光炎の剣を構えてイベンセへ急降下していきました──。