リーリス湖でペルラはシードッグのシィと目を丸くしていました。
彼女たちはもう水の戒めに捉えられていませんでした。湖の上に浮きながら、まぶしいくらいに青く輝く防御網を見つめています。
彼女たちの目の前には二頭のホオジロザメが引く戦車があって、青い髪とひげの渦王が立っていました。水中の防御網へ三つ又の矛(ほこ)を向けています。
湖の中から突然現れた渦王は、ペルラたちから話を聞くと、おもむろに矛から魔法を撃ち出したのでした。とたん防御網が緑がかった青に光り出したので、シィがペルラに尋ねました。
「これ、何が起きているの? 渦王様は何をなさったの?」
すると、渦王と一緒にやってきたマグロが湖面に跳ねて言いました。
「渦王様は防御の網の魔力が切れかかっていたので、ご自分の魔力を送り込んだんですよ。これで防御全体が復活したはずです」
「叔父上が全力で魔力を注ぎ込んだから、ものすごい魔法の量よ……ほら」
湖の上から空へそそり立ち始めた青い壁を、ペルラは指さしました。あり余る強大な海の魔法は、防御網の上にまで障壁を作ったのです。
確かめるように障壁を見つめていた渦王が口を開きました。
「敵が離れた。わしの力を受けきれなかったようだな」
渦王は防御の魔力が何者かに吸い取られていたことも、海の魔力に弾かれて離れていったことも、感じ取っていたのです。
「それってきっと闇王かセイロスよ、叔父上!」
とペルラは言いました。同時にレオンのことが心配になって砦のほうを振り向きます。
「闇の気配は強い。が、セイロスほど凶悪ではない。おそらく闇王だろう」
と渦王は言い当てると、陸に上がって駆けつけようとする姪をまた魔法の水で引き止めました。
「ペルラが行っても役にたたん。海の魔法は水から離れれば威力が半減する」
ペルラはかっと顔を赤くしました。
「だって叔父上! レオンたちだけを戦わせて、あたしが何もしないなんて、そんなわけにはいかないわ!」
けれども渦王はやはり許可しませんでした。
「敵の戦力は大きい。わしたちを海に留めるためにリヴァイアサンを海底から解放したし、その後もリヴァイアサンの死体から次々闇の怪物を生み出して襲撃してきた。だがそれは、わしたち海の戦士に参戦されてはまずい、と敵が考えている証拠でもある。海の軍勢はわしが開いた扉からここに集結しつつある。ペルラもここで待つのだ。きっとここでも戦闘が始まるだろう」
渦王の声とことばには王ならではの説得力がありましたが、ペルラは納得しませんでした。だって……とまた砦のほうを振り向きますが、渦王の水の手が彼女を離さなかったので、勝手に駆けつけることができません。
すると、湖の中から魚のような頭が出てきて、渦王に言いました。
「第一部隊から第五部隊までが到着いたしました」
渦王の右腕として信頼が厚い半魚人のギルマンです。
「よし、湖の各地で警備につけ」
と渦王が命じると、ギルマンはすぐにまた水中へ姿を消しました。まもなく真っ黒い影のようなものが湖の中を動き出します。海の民や半魚人からなる海の軍勢が、守備につくために移動を始めたのです。
続いて湖面に現れたのは一羽のカモメでした。水中から空に飛び上がり、渦王の前で羽ばたきながら言います。
「我々海鳥部隊も揃いました。出てきてもよろしいでしょうか?」
「おまえたちの中には金の石の勇者と共に戦ったものがいるな? 出てきて偵察をしろ。勇者たちが今どこで何者と戦っているか確かめるのだ」
「承知いたしました!」
カモメはまた湖に潜っていきました。少しの間があってから、湖面が急に沸き立ち始めます。湖底から水面へ何かが上昇してきたのです。
ザバァァァ!!!!
大量のしぶきと水音を立てて湖から飛び出してきたのは、海鳥の大群でした。カモメ、アホウドリ、ウミウ、ウミスズメ、カツオドリ……何千羽という鳥たちが水中から空に飛び上がり、上空を旋回してからいくつかの群れになって散っていきます。
さらにたくさんの魚も湖底から渦を巻いて上がってきました。イワシやマグロ、ニシンやサメといった海の魚たちです。彼らも渦王に率いられた海の戦士たちでした。渦王の魔力で淡水の湖でも泳げるようになっています。魚たちは海の民や半魚人の戦士たちの後を追って湖の警戒を始めました。広いリーリス湖ですが、これだけ数がいれば、敵の侵入を見逃すことはなさそうです。
ハルマスの砦の南側は、海から駆けつけた戦士たちに守られ始めました──。