「レオン!!」
フルートたちは空から叫びました。
レオンは防御魔法を吸い取る闇王のイベンセを倒そうとして、逆に彼女に捉えられてしまったのです。ビーラーが風の犬から白い犬になって転がり、レオンは防塁の上にたたきつけられてしまいます。動けなくなったレオンの腕を、イベンセが握っています。
袖先からのぞくレオンの手が紫色になるのを見て、ポポロが叫びました。
「レオンの魔法が吸い取られてるわ! 止めて!」
イベンセは相手の魔力を吸い取って自分のものにすることができるのです。
フルートとポチが突進しましたが、またイベンセの障壁に跳ね返されてしまいました。すぐにUターンして激しく切りつけますが、障壁を破れません。レオンの手が血の気を失って紫から白に変わっていきます。
「レオン! しっかり!」
「馬鹿野郎、逃げろ!」
ルルやゼンに呼びかけられても、レオンは返事どころか身動きすることさえできません。
ポポロは花鳥の上で背筋を伸ばしました。左手をレオンとイベンセに向けて、障壁破壊の呪文を唱えようとします。
ところがメールが背中でどんと突き飛ばしました。
「ダメだよ、ポポロ! それがイベンセの狙いなんだからさ!」
「大丈夫よ! あたしは今日はまだ魔法を一度も使ってないんだもの! やらせて!」
ポポロが必死で訴えますが、メールは彼女の両手を握って阻止しました。
ゼンはイベンセの障壁へ光の矢を撃ち込みますが、やはり障壁を消すことはできませんでした。レオンの体がぐったりと力を失っていきます──。
すると、ビーラーがいきなり跳ね起きてイベンセに飛びかかりました。レオンをつかむ白い腕にがっぷり牙を立てます。
イベンセが反射的に手を放すと、ビーラーは風の犬に変身してレオンを抱き込みました。つむじを巻きながら上空へ飛びます。
「無駄だ」
とイベンセは攻撃魔法を繰り出しました。黒い魔弾がビーラーの後を追います。が、命中する前に破裂して散りました。障壁を切り裂いて飛び込んできたフルートが、光炎の剣で切り捨てたのです。
フルートはレオンとビーラーを背後にかばって言いました。
「みんなのところへ早く!」
レオンたちを守ってゼンが連射した矢も、障壁の裂け目からイベンセへ飛びます。
イベンセは口の端でにやりと笑いました。ただそれだけで美しくあでやかな笑顔が広がり、闇の魔力を発揮しました。光の矢が溶けるように崩れて消えてしまいます。
フルートはまたポチと突進しました。光炎の剣で闇魔法を切り裂いてイベンセに迫ろうとします。
するとイベンセが人差し指を伸ばしました。指さすように指先をフルートへ向けます。
「また来るぞ!」
とゼンがどなりました。
フルートは自分の前に剣を構えます。
ところが、イベンセはいきなり指さす先をゼンに変えました。黒い針のようなものが飛び出してゼンの胸を貫きます。イベンセが自分の長い爪を撃ち出したのでした。胸当てに開いた穴から血を噴き出して、ゼンが倒れます。
「ゼン!!」
仲間たちが悲鳴を上げる中、フルートは即座に飛び戻って金の石を押し当てました。
「くっは──! この野郎! 死ぬかと思ったじゃねえか!」
ゼンは血反吐(ちへど)を空に吐いてイベンセへわめきました。胸の傷は綺麗にふさがりましたが、青い胸当てには穴が開いたままです。イベンセの爪は物理攻撃なので、ゼンの胸当てでも防げなかったのです。
イベンセのほっそりした指にはまた長く鋭い爪が伸びていました。うかつに近づけばまた爪が飛んできそうで、一行は動けなくなりました。フルートが前に出て仲間を守ります。
すると、離れた場所から砦に侵入している敵が目に入りました。禍霧が柵を消した場所から砦に侵入するトアやドルガはいたのですが、それとは別な敵の集団が防壁を越えて侵入していたのです。
「ワン、防壁が効いてない!?」
驚くポチにフルートが言いました。
「イベンセのせいだ! まだ防御魔法を吸い取っているんだ!」
その声が聞こえたのでしょう。イベンセが悠然と笑いました。その片手はまだ防壁の蔓を握り続けていました。光の魔法がほとんど効かなくなった防壁を越えて、敵が侵入を続けています。
フルートとポチは飛んでいって防ごうとしましたが、行く手に障壁が現れて跳ね返されてしまいました。
ゼンとルルも飛んでいこうとしますが、また黒い爪の針に撃ち抜かれそうになって、あわててかわします。
「放して、メール!」
ポポロは魔法を使おうとやっきになりましたが、メールはポポロの手を放しませんでした。
「ダメなんだよ、ポポロ! あいつはポポロに魔法を使い切らせようとしてるんだからさ!」
イベンセに力を吸い取られてしまったレオンは、まだ身動きすることができません。
すると突然──本当に出し抜けに、防壁が強く輝き出しました。柵に張り渡した蔓がまぶしく光り出したのです。
光に触れたトアやドルガが悲鳴を上げて消えていきました。イベンセも手の中にふくれあがった光に吹き飛ばされて、防塁の向こうへ転がり落ちます。
「!?」
一同には何が起きたのかわかりませんでした。
柵はますます明るく輝き、上空まで及んでいた防御の力を障壁のように輝かせていきました。緑がかった青に光る守りの壁です。
メールが目を見張りました。
「これ……父上の魔法だ! 間違いないよ!」
「渦王の!?」
フルートたちは背後を振り向きました。
防壁に囲まれたハルマスの砦の南側には、青く輝くリーリス湖がありました──。