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第28巻「闇の竜の戦い」

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86.侵入

 ハルマスの砦の中に取り残されたオリバンとセシルは、防壁の向こうに見え隠れするフルートたちの姿を追って移動していました。

 オリバンたちの後を追って飛び出してきた親衛隊の兵士たちも一緒です。

 禍霧が特に濃くなった部分にフルートたちが攻撃を始めたので、オリバンがユギルを振り向きました。

「我々には何もできんのか!? ここで指をくわえて見ていろと言うのか!?」

「あれはわたくしたちの手に余ります。勇者殿がおっしゃったとおり、ここでお待ちください」

 と占者の青年は答えました。冷静すぎて冷ややかにさえ聞こえる声です。

 歯ぎしりするオリバンの隣で、セシルははらはらしながら防壁を見守っていました。

「ゼンが矢を連射している。フルートも何度も攻撃しているのに、禍霧は去っていかない。彼らの攻撃も効かないんだ。どうしたらいいんだろう──?」

 やがて防御魔法を流した柵が防塁の上に崩れだしました。禍霧がのしかかって柵の杭を溶かしているのです。

 柵が消えた場所から禍霧が入り込んでくるように見えて、オリバンはセシルとユギルにどなりました。

「来るぞ! 下がれ!」

 彼自身は聖なる剣を構えて前に飛び出します。

 すると、ユギルの冷静な声がまた聞こえました。

「いいえ、あれはこちらへ参りません」

 フルートたちが急に攻撃をやめていました。代わりに防壁の上空へやってきたのは、ビーラーに乗ったレオンです。防壁へ手を伸ばして銀の星を打ち出します──。

 とたんに柵がまぶしい銀色に輝いたので、オリバンたちは思わず顔をそむけました。銀色が柵を伝わって広がっていきますが、まぶしすぎて彼らには見ることができません。

「ヤァアァ!」

「痛イ、痛い!」

「焼けるヨ! キエルよ!」

 禍霧が突然大騒ぎを始めたので、オリバンたちは驚きました。目を細めて見上げた防壁で、黒い霧が次々散っていきます。

「彼が魔法で禍霧を消しているのか。すごい威力だな」

 とセシルは感心してレオンを見上げました。天空の国の少年は、飛んで近寄ってきたフルートたちに声をかけられて、得意そうに笑っています。

 なんだ、とオリバンは拍子抜けして剣を下ろしました。

「結局彼らだけで退治してしまったのか。我々の出番がなかったではないか」

「おかげで砦が守られたんだから、そんなに残念そうに言わなくても」

 とセシルがたしなめますが、オリバンは返事をしませんでした。憮然としたまま聖なる剣を鞘に戻そうとします。

 

 すると、ユギルがオリバンの手を押さえました。また驚いたオリバンは、占者が真剣な目で防壁を見ていたので、はっと身構えました。新たな敵が接近していると知ったのです。

 敵はどこだ!? と尋ねるより早く、占者が防壁の一カ所を指さしました。

「あそこでございます」

 言い終わるより早く、何かが防壁を乗り越えて突入してきました。黒い髪、黒い翼と角のトアたち──闇の軍勢です。先ほど禍霧が柵を消した場所から次々と砦に入り込んできます。

「敵だ! 侵入させるな!」

 とオリバンは親衛隊に命じると、自分は敵へ駆け出しました。すぐに立ち止まり、飛んで接近してきた敵へ聖なる剣を振り下ろします。

 リリーン……

 ガラスの鈴を振るような音と共にトアが消滅しました。翼のある悪魔のような姿が、黒い霧に変わって散っていきます。

 オリバンはすぐにまた剣を振りました。霧の向こうから襲いかかってきた別のトアを切り捨て、切り払い、さらにその後ろから飛んできた四本腕のドルガを地面に縫い留めます。闇の戦士たちが悲鳴と共に消滅します。

「管狐!」

 とセシルは叫んで、現れた大狐に飛び乗りました。

 すると、ユギルも狐の背に飛び乗ってきて言いました。

「闇の敵を片端から倒してください! 後始末は親衛隊がしてくださいます!」

 そこでセシルは管狐を敵に向かわせました。

 防御の柵は防塁からたかだか一メートルほどの高さしかありませんが、光の防御の力は上空高くまで及んでいました。飛竜や人は難なく通り抜けることができますが、闇のものは触れたとたん消滅してしまう光の防壁です。

 ところが禍霧が柵を食い破ったので、防壁に穴が開いていました。そこをくぐり抜けて、闇の敵が次々侵入してきます。翼があるトアやドルガたちです。

 管狐はセシルの指示で敵に襲いかかりました。トアにかみついて空から引き落し、空に飛び上がってドルガを地上へたたき落とします。

 ハルマスの砦は地面も光の魔法で守られているので、空から落とされた敵は身動きが取れなくなりました。そこへ親衛隊が駆けつけて首をはね、油を浴びせて火をかけます。

 

 地上で敵を迎え討つオリバンは、十何人目かの敵を切り捨てたところで、ちょっと息を整えました。闇の軍勢が彼の戦いぶりに恐れをなして遠巻きにするようになったのです。彼を取り巻いている敵はすべてトアやドルガでした。地上の光魔法に捉えられないように、空を飛びながら様子をうかがっています。

 オリバンは兜の面おおいを上げると、額から伝う汗を素早く拭いました。

「敵はまだ増えているな。防御の穴がふさげずにいるか。フルートたちは何をしている?」

 禍霧を倒したのですから、勇者の一行はもう自由に戦えるはずだったのです。様子を見たいと思うのですが、彼は防壁のすぐ下で戦っていたので、高い土の壁の上がよく見えません。

 すると、急に別の方向から敵が現れました。防壁の穴がある場所とは違う場所だったのでオリバンが驚いていると、それを隙と見て、様子見していた敵がいっせいに攻撃してきました。オリバンひとりに数十人のトアとドルガが襲いかかります。

 そこへセシルとユギルを乗せた管狐が飛び込んできました。群がる敵を蹴散らすと、セシルがオリバンを呼びます。

「こっちへ来てくれ! 早く!」

 焦る声でした。

 オリバンは管狐に飛び乗って尋ねました。

「敵が新たな方向から現れたぞ! どういうことだ!?」

「光の防御が力を失いつつあります。原因はあれでございます」

 とユギルが防壁の上を指さします。

 そこでは、大きな黒い翼の美女が無造作に防御の蔓を握り、さらに別の手でレオンの腕を捕まえて足元にたたき伏せていました──。

2022年1月14日
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