ついにフルートたちも出撃しました。
仲間たちと作戦本部の通路を走りながらフルートが言います。
「闇王は闇虫でハルマスの防御を破ろうとして失敗した! だから、今度は禍霧(かむ)に防壁の光を食わせて突破しようとしているんだ!」
「ということは、禍霧の後ろにも敵の軍勢が控えているな!?」
とオリバンも走りながら言いました。腰に下げた聖なる剣を握ります。
「やっぱり狙いはポポロだよね!?」
「冗談じゃないわ! 絶対にポポロは渡さないわよ!」
メールとルルが話し合ったので、後を追ってきたレオンが言いました。
「それならポポロは司令室に残るべきだろう! わざわざ敵の目の前に捕まりに出て行くつもりか!?」
えっ!? とポポロは思わず立ち止まりそうになりましたが、フルートがその手をつかんで引っ張りました。走り続けながらきっぱりと言います。
「ポポロは勇者の一員だ。一緒に戦う」
「だな。ポポロの魔法は俺たちの切り札だもんな」
とゼンも言ったので、レオンは呆れ顔になりました。
「魔法ならぼくも使えるんだぞ?」
けれども、勇者の一行はやっぱりポポロを後に残そうとしませんでした。一丸となって走って本部の外へ出ます。
とたんにポチとルルが風の犬に変身しました。メールは本部の周囲に咲いていた星の花を呼んで鳥にします。
セシルも管狐を呼び出そうとすると、フルートがポチの上から振り向いて言いました。
「オリバンとセシルとユギルさんはここで待機! 敵が侵入してきたら防いでください!」
なにっ!? とオリバンは顔色を変えましたが、そのときにはもう勇者の一行は空に舞い上がっていました。レオンも変身したビーラーに乗って飛び上がります。
「我々に後に残れというのか!? けしからん!」
オリバンが腹を立てて後を追いかけようとすると、ユギルが追いついて言いました。
「勇者殿のご命令にお従いください、殿下。禍霧は触れたものを食い尽くします。馬や管狐は空を飛べないのですから、禍霧の餌食になってしまいます」
「くそっ!」
オリバンは足を踏みならして悔しがりましたが、どうしようもありませんでした。セシルも空を飛んで敵へ向かう一行を恨めしく見送ります──。
禍霧が這い上がる防壁目ざして飛びながらメールが言いました。
「ねえさぁ、これもランジュールのしわざかなぁ?」
「え、ランジュールもここに来ているの!?」
と同じ花鳥に乗っていたポポロが周囲を見回すと、隣を飛んでいたフルートが言いました。
「奴はハルマスには近づけない。紫の魔法使いが幽霊よけを仕掛けているからな。おそらく各地の町や村に怪物を送り込んでいるのがランジュールだ」
「貴族たちが援軍に駆けつけないように邪魔しているんだな」
とレオンが言います。天空軍の貴族は二百名ほどもいましたが、各地での怪物退治に手間どっているので、ここにいる貴族はレオンひとりだけです。
「ワン、禍霧が防塁の上の柵を食ってます!」
「防御の光魔法も食われてるわよ!」
とポチとルルが言いました。
土を積み重ねた防塁の上には、先の尖った杭(くい)に蔓を張り渡した柵があるのですが、禍霧は杭を呑み込んで消滅させていたのです。棘(とげ)がついた蔓が土の防塁の上に落ちますが、そこにも禍霧はおおいかぶさっていました。黒い霧がうごめきながら蔓に流れる光を吸い取っています。
「守れ! 蔓を切られたら防壁全体の光がとぎれる!」
とフルートは言いました。もう胸当てから金の石を引き出していますが、距離があるのでまだ攻撃はできません。
「おら、食うならこっちを食え!」
とゼンがルルの上から銀色の矢を放ちました。矢はまっすぐに飛んで禍霧に命中し、強い光に変わって周囲の霧を消しました。光を食う怪物といっても、強力な光魔法にはやはり消滅するのです。
ゼンは立て続けに光の矢を放ちました。そのたびに命中した場所の禍霧が消えていきます。
すると黒い霧が寄り集まってこぶを作り、小さな人や動物になってしゃべり出しました。
「サッキから痛い矢が飛んでキテ体を溶かすヨ」
「食べようと思うのニ、そのマエに消されちゃうンだよ」
「よければイイんだよ」
「ソウだよ。食ベズによければいいんだヨ」
「よけヨウ」
「ヨケよう」
ゼンの矢が飛んでくると、禍霧はその場所からよけるようになりました。矢が土の防塁に突き刺さって消えると、また押し寄せてきて柵に取りつきます。ゼンがそこを狙うとさっとまた引いて、矢が消えてから押し寄せる繰り返しになります。
「こんにゃろう……!」
ゼンは歯ぎしりしました。いくら狙って射ても全部よけられてしまいます。
そのときには一行はもう防塁のすぐ近くまで来ていました。フルートが金の石をつかんで突き出します。
「光れ!」
金の光が禍霧を照らし、小さな人や動物になった塊が溶けるように消えていきました。霧の表面も蒸発していきます。
が、その奥から新たな霧が湧き上がってきました。盛り上がって延びてきて、金の石とフルートに襲いかかろうとします。
「ワン!」
ポチはとっさにかわして禍霧から離れました。禍霧は太い蛇のように後を追いかけてきます。
フルートは石を剣に持ち替えて切りつけました。光と炎の力を持つ魔剣です。霧の蛇の頭が断ち切られて消え、蛇の体が防塁へ戻っていきます。
「あいつ、金の石の光も食うんだ」
「そういえば前に戦ったときもそうだったわ……」
とメールとポポロは話し合いました。彼女たちが乗った花鳥も星の花で聖なる攻撃ができるのですが、威力は金の石に劣るので、禍霧にはかないそうにありませんでした。攻めあぐねて防塁の上を飛び回ります。
フルートは光炎の剣で攻撃を繰り返しましたが、禍霧はそれも見切ってよけるようになっていました。風に散るように剣を避けてやり過ごすのです。その傍らで禍霧の本体は柵の光を食い続けています──。
フルートは唇をかみ、振り向いて言いました。
「レオン、頼む!」
天空の貴族の少年は見定めるように柵と禍霧を見ていましたが、そう言われてつぶやきました。
「魔法で直接攻撃しても一度には消せないから、二度目からはかわされる──。となると、この方法だな」
彼はおもむろに呪文を唱えると、柵に向かってさっと手を振り下ろしました。輝く銀の星が柵へ飛んでいきます。
ところがそこが禍霧のいない場所だったので、仲間たちは驚きました。
「外れてるぞ、レオン!」
とビーラーが叫びます。
レオンの魔法が柵に激突しました。強烈な銀の光が輝いてあたりを照らしますが、やはりそこに禍霧はいませんでした。近い場所にいた禍霧が光を浴びて身を縮めますが、端のほうだったので全体には効果がありません。
「どこ狙ってんだよ!?」
とゼンもどなったので、レオンは、ふん、と眼鏡を押し上げました。
「これで狙い通りなんだよ。見ていろ」
そのことばが終わらないうちに、銀の輝きがしぼんでいきました。消えたのではありません。柵に張り渡された蔓へ流れ込んでいったのです。棘だらけの蔓を銀色に光らせながら左右へ移動していきます。
「ヤァアァァ!!!」
禍霧がいきなり叫んだので、一同は思わず飛び上がりました。防壁や柵にへばりついた霧の表面が激しく波立ち、人や動物が現れては崩れて消えていました。
「痛イ、痛い、痛イ!」
「焼けるヨ! 体がキエルよ!」
「光のセイだよ!」
「早ク食べヨウ! コノままじゃ消されチャウよ!」
「ムリだよ。ヒカリが強すぎる──!」
禍霧は口々に叫びながら消滅していきました。柵を流れてきた強烈な光の魔法を呑みきれなくて、破裂するように次々に散って空中に消えていくのです。
やがて防壁から禍霧はすべて消え去りました。黒い霧の怪物はもうどこにも見当たらなくなります。
レオンは、ふん、とまた言いました。今度は満足そうな顔をしています。
「ありがとう、レオン。助かったよ」
とフルートが飛んできて言ったので、さらに得意そうな顔になります。
「これぐらいは簡単なことさ。ぼくの魔法に柵が耐られるかどうか、そっちのほうが心配だったんだ。大丈夫だったようだな」
「ワン、エルフの末裔の妖怪たちが作った柵ですからね。頑丈だったんですよ」
とポチも言います。
禍霧がいなくなったので、他の仲間たちも集まってきました。
メールが禍霧のいた場所を指さして言います。
「あそこんとこの柵が壊されたよ。光の蔓は無事だけどさ。柵がないと乗り越えられちゃうから、直さないと」
禍霧が木の柵をすっかり溶かして呑み込んでしまったので、土を重ねた防塁の上に、光る蔓がむき出しで落ちていたのです。
「それならなおさら簡単だ」
とレオンは言うと、その場所へ手を伸ばしました。銀の星が飛ぶと防塁の上ににょきにょきと新しい柵が生えてきて、蔓も一緒に持ち上がっていきます──。
「禍霧が作った突入口だ。勝手に閉じないでもらおう」
突然話しかけられて、レオンとビーラーは全身総毛立ちました。とんでもなく強烈な闇の気配が、いきなり近くに出現したのです。
同じ気配にポポロとルルも飛び上がって息を呑みます。
「誰だ!?」
「どこにいるのさ!?」
ゼンやメールが周囲を見回していると、防塁の上にひとりの女性が姿を現しました。長い黒髪の美女で、黒い大きな翼でマントのように自分の体を包んでいます。瞳は血の色、頭の両脇にはねじれた大きな角があります。
その姿を見たとたん、全員が女性の正体を察しました。
「イベンセ──!」
「そのとおり」
美女は答えました。声は女性ですが口調は男のようです。にやりと笑うと、血のように赤い唇の両脇から鋭い牙がのぞきます。
一同は立ちすくみました。美女が放つ闇の気配があまりに強烈で、圧倒されてしまったのです。レオンでさえ青ざめて絶句しています。
けれどもフルートだけは即座に動きました。ポチを駆ってイベンセへ突進すると、ものも言わずに切りつけます。フルートが握っているのは闇を倒す光炎の剣です。
ところが、剣が届く前に、フルートとポチは黒い壁に激突して跳ね返されてしまいました。イベンセの前にいきなり分厚い障壁が出現したのです。呪文の声も聞こえませんでした。闇王のイベンセは呪文なしで闇魔法が使えるのです。
「フルート!!!」
仲間たちは叫び、その拍子に呪縛から解放されました。宙返りするように停まったフルートとポチへ駆けつけようとすると、フルートにどなられました。
「ぼくじゃない! ポポロを守るんだ!」
彼らは、はっとしました。目を見張ったポポロをメールが背中でかばい、ゼンを乗せたルルとレオンを乗せたビーラーが花鳥の両脇を固めます。
ふっ、とイベンセはまた笑いました。警戒する彼らを馬鹿にしているのです。
フルートはもう一度ポチと突進して切りつけました。やはり阻まれて跳ね返されますが、障壁に深い切り傷ができました。もう一度! とフルートが言います。
イベンセは障壁にダメージを受けてもあわてませんでした。マントのような黒い翼をゆっくり開くと、戦場にふさわしくない赤と黒のドレスが現れます。胸開きが広く裾に深いスリットが入った妖艶な服です。
イベンセは肩までむき出しになった白い右腕を伸ばしました。そのすぐ先には防壁を作る柵があります。柵に張り渡された蔓を、彼女は無造作につかみました。闇のものには命取りの光の魔法が流れている蔓です。しかもレオンの魔法で強化されているはずなのに、まったく平気な顔で握っています。
フルートは顔色を変えました。
「いけない! 奴は──!」
仲間に守られながら、ポポロも叫びました。
「やらせちゃだめ! 光の魔法が吸い取られるわ!」
イベンセは防塁の蔓を流れる光の魔法をレオンの魔力ごと吸収して、自分のものにしているのでした。
柵の蔓が光を失って急激に暗くなっていきました──。